人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アイアン・バタフライ Iron Butterfly - ボール Ball (Atco, 1969)

アイアン・バタフライ - ボール (Atco, 1969)

f:id:hawkrose:20200530140411j:plain
アイアン・バタフライ Iron Butterfly - ボール Ball (Atco, 1969) Full Album with Bonus tracks : https://www.youtube.com/playlist?list=PL8a8cutYP7foyl6zTTWP0dcsxfSehmCMz
Recorded at Gold Star Studios, Hollywood, CA & The Hit Factory, New York, NY in 1968
Released by ATCO Records , January 17, 1969 / US#3(Billboard)
Produced by Jim Hilton

(Side one)

A1. In the Time of Our Lives (Doug Ingle, Ron Bushy) - 4:46
A2. Soul Experience (Ingle, Bushy, Erik Brann, Lee Dorman) - 2:50
A3. Lonely Boy (Ingle) - 5:05
A4. Real Fright (Ingle, Bushy, Brann) - 2:40
A5. In the Crowds (Ingle, Dorman) - 2:12

(Side two)

B1. It Must Be Love (Ingle) - 4:23
B2. Her Favorite Style (Ingle) - 3:11
B3. Filled with Fear (Ingle) - 3:23
B4. Belda-Beast (Brann) - 5:46

(1999 CD Bonus tracks / Post Album Single)

10. I Can't Help but Deceive You Little Girl (Ingle) - 3:34
11. To Be Alone (Ingle, Robert Woods Edmondson) - 3:05

[ Iron Butterfly ]

Doug Ingle - organs, lead vocals (except on "Belda-Beast")
Erik Brann - guitars, backing vocals, lead vocal on "Belda-Beast"
Lee Dorman - bass, backing vocals
Ron Bushy - drums, percussion

(Original Atco "Ball" LP Liner Cover, Gatefold Left/Right Inner Cover & Side one Label)

f:id:hawkrose:20200530140428j:plain
f:id:hawkrose:20200530140443j:plain
f:id:hawkrose:20200530140459j:plain
f:id:hawkrose:20200530140518j:plain
 アイアン・バタフライというとどうしてもセカンド・アルバム『ガダ・ダ・ビダ(In-a-Gadda-da-Vida)』'68とLP時代にはB面全面を占めていた17分のタイトル曲ばかりが語り草になって、Atcoレコーズ時代(1968年~1970年)の全5作のうち他の4作や、MCAレコーズに残した1975年の再結成時の2作は等閑視されがちです。それどころかアルバム『ガダ・ダ・ビダ』ですらLPではA面だったポップな5曲は大して聴かれていないのではないかというくらいタイトル曲「ガダ・ダ・ビダ」が際立っていて、実際のバタフライのアルバムではリスナーが同曲から期待するような作風は一面でしかありません。イーグルスと「Hotel California」みたいなもので、演奏力といい個性・オリジナリティといいバタフライとイーグルスは同程度のバンドとも言えますが、一般的にはイーグルスの方がはるかに人気が高いのはヒット曲の多さによるものでしょう。「Hotel California」路線の曲ばかりではなくイーグルスには俗受けするポップ曲が豊富で、下積み時代の長いメンバーたちが売れ線狙いで結成したバンドですからマーケティングから割り出したような流行りに乗った曲ばかりを演っていたのがイーグルスでした。バタフライもその点では五十歩百歩ですが、少なくとも積極的な先進性を姿勢としていただけイーグルスよりはアーティスティックな創造性を認められます。これはどちらを良しとするのではなく、イーグルスは拙い演奏なりに聴き流すにはちょうどいい耳ざわりの良いポップスを量産できたバンドで、バタフライはそれなりに高い理想を持っていたバンドだったでしょうがそれに見合うだけの作曲力と演奏力がなかったというだけの違いでしょう。その上、流行のサイクルも速い時代だったのに時流に乗る才覚も乏しく、大ヒット作を1作出してあっという間に過去のバンドになってしまい、それがかえってバタフライを時代の徒花と呼べる存在にしています。

 ジミ・ヘンドリックス(エクスペリエンス、バンド・オブ・ジプシーズ)からザ・ドアーズ、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドまでバタフライと同時期に活動し今なお表現の水準が風化しない存在感を誇るロック・アーティストもいますが、バタフライは今日何の影響力も持たないので、イーグルスを引き合いに出すのはそういう意味でもあります。また、イーグルスのようなバンドはバタフライのような先例を見てきたので、轍を踏まない知恵をつけた上でデビューしたとも言えるでしょう。'70年代のアメリカン・ロックにもオールマン・ブラザース・バンドやリトル・フィートレイナード・スキナードのような風格の大きなバンドがいましたが、本質的な才能では優れていたのにそれがかえって仇になり、才能に見合うだけの持続力に恵まれなかった不幸がありました。バタフライのように年間チャート1位の記念碑的アルバムを持ちながらデビューから3年目で解散してしまい、しかも在籍メンバーが第一線のミュージシャンとして活動を続けたわけでもないから発展的解散とはとても言えない、そういう例は珍しいですし、なろうとしてもなれません。そして大ヒット作『ガダ・ダ・ビダ』だけがバンドの看板として残り、他のアルバムはそれにつられたひと握り(とはいえ相当数)のリスナーが買うだろうと金魚のフンのように再発売されているのが実情でしょう。

 ところが今サード・アルバム『ボール』を聴くとイギリスのヴァーティゴ・レーベルのアルバムのように聴けるのは面白いことです。ヴァーティゴはブルース・ロックとサイケデリック・ロックハード・ロックやジャズ・ロック、プログレッシヴ・ロックが未分化で混沌としていた時代を反映していた、大半はアルバム1、2枚で消えて行った幻のバンドを多くリリースしたレーベルでした。ヴァーティゴの第1弾アルバムは1969年5月発売(同年初頭録音)のコロシアムの『Those About to Die Salute You』(レコード番号上は同年11月発売の同バンドの第2作『Valentyne Suite』がヴァーティゴ第1弾扱い)ですから、コロシアムがヴァーティゴの後続バンドの指針になっていたとしても、実際はイギリスの新人バンドはロックの本場アメリカの最新バンドから学び、それぞれのバンドなりの個性を添えようとしていたと思われます。ヴァーティゴの新人バンドはオルガンをフィーチャーした編成が多く、漠然とヴァーティゴのバンドを並べていくと公約数的に見えてくるのがアメリカのオルガン・バンドのザ・ドアーズやヴァニラ・ファッジ、とりわけアイアン・バタフライになるのです。ドアーズやファッジよりもバタフライに比重が傾くとすら言えるのは、バタフライが個性が稀薄で応用の利きやすい音楽性のバンドだったからでしょう。ヴァーティゴ最大の商業的成功を収めたバンドがブラック・サバスユーライア・ヒープだったのは見落とせない事実です。また、ヘヴィな8ビート中心だったデビュー・アルバム『ヘヴィー』と、専任ヴォーカリストをクビにしギター、ベースを一新したセカンドの『ガダ・ダ・ビダ』を較べると、タイトル曲は前作のヘヴィ路線の発展ですしヴォーカルがダグ・イングルの潰れた声なので仕上がりはちっとも似ていませんが、セカンド・アルバムA面のポップな5曲にはモータウンの黒人ポップスのリズム・アレンジが取り入れられている違いがあります。これはベースのリー・ドーマンのセンスでしょう。

 前作の大ヒットによってバタフライのアルバム中もっとも豪華なジャケットで、チャート順位も前作の最高位4位(それでもロングセラーで年間チャート1位になりましたが)を上回る最高位3位を記録した本作は、イギリスのプレ・プログレッシヴ・ロックのバンドのようなど派手に大仰なA1から始まります。つまりヘヴィ路線がまた戻ってきており、A4、B2、B3、B4もそうです。A2、A3がホワイト・ソウル路線、AB面をまたがってA5、B1がモータウン系と、プレ・プログレッシヴ・ロック的なヘヴィ路線の曲でソウル系リズム・アレンジの曲を挟む構成なのでまるでヴァーティゴのアルバムのような気がしてきます。ヘヴィ路線の曲もソウル路線の曲もドーマンのベースが躍動的で、ファッジのティム・ボガートには一歩を譲りますしベースのミックスがまずいのがせっかくのプレイを生かしきっていませんが、ドーマンのベースを中心に聴くと一流とまでは呼べなくてもアンサンブルに工夫を凝らして丹念な演奏をしていたバンドなのがわかります。イングルのしゃがれた声もソウル路線の曲を上手く歌いこなしています。アルバム最終曲B4はギタリストのエリック・ブランの力作でヴォーカルもブランが取り、インストルメンタル・パートのリズム・チェンジとトーンを変えた多重録音のリード・ギターのソロの掛け合いが聴きもので、1975年の再結成バタフライがブランとドラムスのロン・ビュッシーの2人で行われたのも納得のいく曲です。アルバム発表後発売された新曲シングルがボーナス・トラックの2曲で、これはAB面とも完全にプログレッシヴ路線のヘヴィ・ロックの力作になっており、バタフライの読み違いはリスナーはこの路線はすでに「ガダ・ダ・ビダ」と『ボール』で満腹しており、それ以上凝ったサウンドに向っても食傷するばかりだったことでしょう。しかし一周回って本作(ボーナス・トラック含む)をアイアン・バタフライというバンド名を取り外して聴くと、英米問わずこれが無名のローカル・バンドの幻のインディー盤だったりしたらマニアの間で(のみ)評判の高いコテコテのプレミア廃盤の座は堅いと思われます。本作は『ガダ・ダ・ビダ』A面とB面の作風の乖離を改善して構成と統一感に優れた力作で、バタフライが実力以上の成果を収めた成功作です。それに、次作のライヴ盤を除くと(発掘アルバムを含めて)、イングル、ブラン、ドーマン、ビュッシーの黄金メンバーのバタフライのスタジオ・アルバムは『ガダ・ダ・ビダ』と本作『ボール』の2作しかないのです。

(旧稿を改題・手直ししました)