人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

市島三千雄の詩(後編)

『市島三千雄詩集』越後屋書房・平成3年(1991年)7月15日刊
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(市島三千雄<明治40年=1907生~昭和23年=1948年没>)
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 市島三千雄(明治40年=1907生~昭和23年=1948年没・新潟生れ)は詩誌「日本詩人」への投稿詩を萩原朔太郎に見出だされてデビューした詩人です。新潟商業中退後、家業の洋品店を経営しましたが、その後上京。大正14年(1925年)2月に詩誌「日本詩人」への投稿詩が萩原朔太郎の推薦で入選、「市島三千雄は一種の天才である」と賞賛を受けました。その後新潟の詩友と同人誌「新年」を創刊。大正15年(1926)年8月以後は同誌への発表が中心となります。これがかつて知られていた市島の全履歴になります。角川文庫『現代詩人全集第二巻・近代2』(昭和37年=1962年4月15日刊)に収録された11篇・15ページが最初にまとめられた市島三千雄集でした。のち長い間、市島三千雄は忘れられた詩人になっていましたが、平成3年(1991年)に郷土の詩人・樋口恵仁によって全19篇(初期詩篇3篇・後期詩篇5篇を角川文庫版に増補)の『市島三千雄詩集』(越後屋書房・7月15日刊)が私家版で刊行されました。以後新潟での郷土詩人としての盛名が高まり、新潟の詩人・齋藤健一氏を中心とした「市島三千雄を語り継ぐ会」が起こり、平成29年(2017年)には同会によって新たな私家版『定本市島三千雄詩集』(喜怒哀楽書房・11月10日刊)が刊行され、翌平成30年(2018年)には「ひどい海」を刻んだ詩碑が建立されました。

 『現代詩人全集第二巻・近代2』に収録された市島三千雄の詩は大正15年(1925年)2月から昭和2年(1927年)7までの2年半に11篇。18歳から20歳までですべての現存作品を創作・発表したことになります。前回に書いた通りの、ほんとうに大まかな履歴しか知られていなかった詩人だですから、作品から人となりを推測するしかありません。……といっても、市島三千雄の詩は推測してどうするのかというような、分析的理解を拒むような作品ばかりです。これは作品の出来・不出来とは関係ありません。

 市島の詩を特異なものにしているのは、当時としては文法破壊が極限まで達していることで、ここまでやっていたのは河東碧吾桐、荻原井泉水らの自由律俳句しか思い当たりません。しかしそれらは俳句という圧縮詩型だからかろうじて成立したので、もともと散文表現を基本に成立している口語自由詩が市島三千雄の詩ほど崩壊しているのは類をみません。せめてエッセイや批評などの散文作品でもあれば手掛かりになったでしょうが、市島三千雄の場合はそうした散文もないのです。市島三千雄の詩篇は長めの作品、それも無題詩ばかりなのも読解を困難にしています。作品のみをご紹介してきましたが、市島三千雄は東京の有力な詩派とも一切交わらなかったため影響関係や時代性とも関連づけれないのです。その点、同時代のマイナー詩人でも、東京の中央詩壇で活動していた逸見猶吉や千田光とは対照をなしており、ますます手がかりがつかめない詩人です。18歳から詩作を始め、20歳で詩作を辞めています。41歳の逝去までまったく詩に還るつもりがなかったのかもわかりません。市島三千雄にはおそらく方法的な自覚はなかったのに、西脇順三郎・岡崎清一郎の詩法の先駆をなしているとも言える作風です。ようやく詩集が編まれて以来、新潟の郷土詩人として密かに愛読されているのは思いもがけない僥倖ですが、今なおもっとも評価の困難な伝説的詩人に上げられる謎めいたマイナー詩人・市島三千雄のような存在があったのを知るだけでも現代詩への見方が変わってくるという意味では、市島三千雄の詩が読み継がれていく価値は大きいのです。

「●無題(砂漠に隠れて…)」

 市島三千雄

砂漠に隠れて海動搖無く青いのが水感じない
丘の底の乾き具合ひ
発生の羽の馬鹿蜻蛉であるが赤
日本海に削られて
小さい時の渚は沖の赤い永遠に當たるんだらう
泡のいつぱいな秋のつめたいの
丘の掘り反すとひびが切れる
すぐ下の聖の鳴き轟きの怒海
青空の薄いのと長く出た赤い燈臺の一つを思はせて
幅がせまい海濱に赤蜻蛉の羽上へ下動いてばつかりで昔有るおもひの一帯ずうつと
一番早くかすれてしまふ海岸線測量地が、
甘地子の眞黄ろ、
赤白の棒を持つて數十里沿うて行つて、秋になると測量が始まつて
発生の蟲群は陽溜まりに飛行してゐる
赤い季節はぽかぽか暖かくて一面が冷くて
船も轉覆してさあつと洗って北極の跡
なぜ砂地一帶無用なのである
大部分の海、
一日をおもわせるひより
認識の目に入つた光り
どんどん開けて
思つたより大きい構圖であつた
砂山の海抜魔山だらう
變じると進み動く。

(「新年」昭和2年=1927年2月)

「●無題(半球面の…)」

 市島三千雄

半球面の正確の平ら、四角の薄い
ルシアに夕暮れらし、狼群の毛並に、水つぽいとおもふ
流山はどうした北極が出來ると
この舞臺装置に俳優の腰細い鼠色のヴェール風に動く冩眞色のルシア
流れた氣流が我等を越えてゆく
この時南米の草立ち
我等は遊ばれない、離れゆく赤切の性質ばかりだが
水平線、動揺するのたしか僕最初の發見人
フローラーは灰色海水の土地に來てしまつて
赤い先端の灯台の思つたより遠い沖の、晝なら暴風ばつかり
金属板に印刷した黒縁のイリュージョンの熱帯
二ツ並んだタンクの港が不思議に粉雪
氣分の劇的構成の不動存在
名称のない氣候
雑婚の太古の儘の部落へ歩んで行くのだつた
すべてを構成する色
愚鈍兒は行かない
夜の屋上に開幕を知らせに来た風鳴
漂ふ中に水の浸み込む海岸に
サイレンで水平河口は夜の綱曳が
組立ての一二三の地帯、岬の空氣の分間(わけま)のいかめしい顔が動いた。

(「新年」昭和2年=1927年3月)

「●無題(空氣は…)」

 市島三千雄

空氣は流動體で貯つている
渚が水のエキスで実に質朴なのである
虹の境目であるから水氣の区別は線が引かれない
水氣は蛋白質であるから固つて内氣である
積極的に行つて見ないとわからない
内弁慶であるから遊覧地小屋の中間の位置が一番良いのである
海は側ばかり騒いでゐる
中間の所は斷崖から見下ろすやうなのである
中間は誰も居ない
渚は水で硬くなるのである踏むと跡が乾燥する様である
渚は全体が見えて自分が立つて居る所が先の様である
海に居るものは鳳五郎鳥で足ばかりである
海は音であるし光るのが音の様なのである
五月の濱は太陽の味がわからない少しも手應えが無い
人間は双眼鏡でどす黒いうるさいのである黴菌で動いてゐる賑う音がして浪の音が無い
水氣は散歩しないとわからなかつたし
そして有形なのである
陸が海より上で平面でない
耳垂だから低腦の體格である
渚は平凡でシャープでないから円い
海岸は一日中、やかましい。光迄が騒音しいのである
渚は一尺しか無くて
水氣は人が居ると駄目なのである
中間が何時もすいている。そして谷底のようなのである
旗も小屋もないから漂白物が多いし
鴎を見ると恐ろしくなつてしまふのである
草が多い様なのである
少し離れると小屋も人間も見えなくなつてしまふ
水氣は多すぎる様なのである
僻地で何も變つてゐる
中間は通るにすぎないし、波が異つてゐる様なのである
全体が波の音なのである
草が大きいのである。

(「新年」昭和2年=1927年4月)

「●無題(草は赤を…)」

 市島三千雄

草は赤を持つて來るのである地主であるから願くば地球を根で真白にして火星の様な線状の所にしようとしてゐる
根は蛆と同じ體格を持つてゐたから道が無い固つてしまふのである動いてゐる
草は何處から赤を持つて來るかわからない場所は一點地なのである
空は青いから花を咲すと餘色を呈するのである
体格が惡るかつたから變人なのである反對の色を出してしまうのであるし低いから誰よりも宇宙の事が大きくなつて見えるのである巍然となんか居られない斷崖には居たくないのである
種によるから仕事がない努力をしたつて何もならない代表者は先祖の遺風であるから世襲なのである
良い草となる糸口がないのである
小學校の理科の實驗を利用して體の青を赤に變へてしまつたのである
水を飲むと固體の體が成長するのである少しも土が減らない體ばつかしが出來るのである
だから地球がだんだん大きくなるのであるそして宇宙にはまつてしまふのである動かないし草が流れるのであるから斜面からすべる人間なんか見えなくなるのである
春なのである畑は景色しかないのである
限り草の上半身で地下室に體の製造室がある
鬱金香畑は算術的に合つて氣持がいい地球が春である緑より他に無い無意識に廻つてゐるのである
火星から見ると地斑が合圖してゐる様に見えるそしていい春なのであるどこ迄も續いてゐるのである
土から赤を取るから魔術師で形が見なれない毛唐物である
風が不思議に出る公園は樂しいのである
草は誰にでも自分の色を取らせない獨特であるから一番偉い
人が折れれと思ふと折れてしまふのである弱いから多産者でないのである火星通信の第一要器である惡星が地球に衝突すると第一に草は死んでしまふのである最も物らしいのであるもう根は大分巻かれてゐるのである
春は土臺がしつかりとするのである
何でも生れるから地球も重く落ちつくのである白い息なんか出さない地球儀は之がモデルなのである
宇宙には地球が一番大きいのである
赤い色なんか火星にないのである。

(「新年」昭和2年=1927年5月)

「●(此の偉大な…)」

 市島三千雄

此の偉大な無題詩を
天主の婢永眠大正拾五年十月×日ローザ××××で
切地を敷いて春球上に
俺は明るい光線に突き出たアイアンイージで無題詩を持って俺はあらゆる者を罵倒にすると
俺等変人は蒸発するよう
農民校教師の砂地の戀愛物語は星の権威なんだ?
百千萬も戀人で更らに硫酸煙にこの小市は一面に向つて石を敷く都市計畫の戀人に捧ぐ
或る時
防砂植林地帯まで歩んで行く勇氣はあるまい鳥がある猟師か有る縁のついた麺麭が塞がるS町から來た娘さん着ましよさうすると俺が無題詩を作りましよ讀み上げましよ
顯れた天の一角に行者が私をあわてさせて
自轉車は危ない雀斑さん俺はサークルに乘つてゐる
耳は聞こえなくても別世界は俺のみが來た故に、人造光線の色は
五月は來た俺達は革命した我達偉大な詩人等に大抵低腦児即興詩人ども
戀愛が進めば大樹木も進む
それに、戀人は古木から降つて來た千代紙をひろひあつめた
窓へ入るか上の、或は道路の
直立したのは花畠の土の俺達は此處に
我達は生物だ天を衝いたんだ
かの星人は青龍刀は使はなかつた口笛で同様に其の儘
羅馬(ローマ)の衣裳は長つたらしくて
星人(スターマン)という奴はすぐ隕石の粉をふりまくので
五月のやつて來たのか草花の眞盛り農園に金魚が居た何かを動かさう遠くに橋があればレンズ風に曇ってゐたので
フェルト帽
天主
顔料
ポプリン

傾向
鈍化
振動
新しいの事はあれている
戀愛
泥棒
羅列
環(リング)
合槌
合同
輕るい聲で諸種の花が咲いてゐる。

(「新年」昭和2年=1927年7月)

(旧稿を改題・手直ししました)