人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アモン・デュール Amon Duul - 崩壊 Collapsing / Singvogel Ruckwarts & Co. (Metronome, 1969)

アモン・デュール - 崩壊 (Metronome, 1969)

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アモン・デュール Amon Duul - 崩壊 Collapsing / Singvogel Ruckwarts & Co. (Metronome, 1969) Full Album : https://youtu.be/62ViD3Wku9s
Recorded in Munich, West Germany, Late 1968
Released by Metronome Records SMLP 012, November 17, 1968
Produced by Meisel-Produktion

(Side A)

A1. ブースター Booster (Kolkraben) - 3:03
A2. ベース・ゲストリッヘン Bass, Gestrichen (Pot Plantage, Kollaps) - 3:25
A3. 繁栄のファンファーレ Tusch Ff. - 3:53
A4. 逆さ歌鳥 Singvogel Ruckwarts (Singvogel Vorwarts) - 4:11
A5. ルア・ルア・ヒー Lua-Lua-He (Chor Der Wiesenpieper) - 1:40

(Side B)

B1. 破壊と衰退 Shattering & Fading (Flattermanner) - 4:25
B2. カナビスタンのニュース Nachrichten Aus Cannabistan - 3:13
B3. ビッグ・サウンド Big Sound (Die Show Der Blaumeisen) - 2:09
B4. 暴動 Krawall (Repressiver Montag) - 3:31
B5. ブリキと建築 Blech & Aufbau (Bau, Steine & Erden) - 2:06
B6. 大自然 Natur (Auf Dem Lande) - 1:52

[ Amon Duul ]

Singvogel Ruckwarts & Co.
(Peter Leopold, Ulrich Leopold, Rainer Bauer, Ella Bauer, Uschi Obermaier, Helge Filanda, Angelica Filanda)

(Original Metronome "Collapsing" LP Liner Cover, Gatefold Inner Cover & Side A Label)

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 アモン・デュールのセカンド・アルバム『崩壊』はデビュー作『サイケデリックアンダーグラウンド』と同年の1969年に早くも発表されました。本作は1969年11月17日発売が確認されており、『サイケデリックアンダーグラウンド』は発売月日が未確認ですがレコード番号がMLP 15.332とカタログ上本作より先行されているので、おそらく半年と間隔を置かずに発売されたと推定されています。前回ご紹介した『サイケデリックアンダーグラウンド』は裏ジャケットにAB面3曲ずつが記載されていましたが、アルバムの裏ジャケットの曲名とLPレーベルのAB面が逆転するクレジット・ミスがあり、実質的にはAB面各1曲ずつのシームレス編集になっていました。セカンド・アルバムの本作では2分~4分の曲がAB面で11曲と、一見尋常なロックのアルバムのような構成になっています。そこが曲者で、デビュー作ですらメンバーの担当楽器を載せなかったアモン・デュールは本作ではメンバーや作者の記載すらしていません。デビュー作では作詞作曲編曲アモン・デュール、メンバーもファースト・ネームでニックネームだけとはいえ記されており、序列からバンド内での担当楽器と役割分担が類推できました。今回はアルバム・ジャケットの「逆さ歌鳥社中(Singvogel Ruckwarts & Co.)」がクレジットのすべてです。見開きジャケットの内側にはサイケデリックな鳥のカラー・イラストが載っていますが、アルバム・ジャケットの表裏は黒一色で表面にタイトルのみ、裏ジャケットは真っ黒です。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの『ホワイト・ライト・ホワイト・ヒート』の向こうを張る匿名性で、プリンスやメタリカのブラック・アルバムどころではない無愛想な攻撃的意図を露わにしたジャケットです。『サイケデリックアンダーグラウンド』同様本作も基本はボ・ディドリー・スタイル(!)のビートが炸裂するロック・アルバムなのですが、アモン・デュールのビートは跳ねないので全然ボ・ディドリーに起源があるのに聴こえないどころか、およそロックには聴こえないほど極端に誇張されているのも英米ロックには見られないばかりか、当時の西ドイツのバンドにあってさえ特異なサウンドです。

 本作の発表時には何のインフォメーションなしに発売されたようですが、本作はセカンド・アルバムとは言っても『サイケデリックアンダーグラウンド』との同時録音作品なのがのちに判明しています。デビュー作ではLP片面20分のメドレーに編集されていましたが、本作はデビュー作の素材となった断片的セッションをそのまま断片単位で収めたもので、トータル・アルバムとして仕上げられた『サイケデリックアンダーグラウンド』の原型となるセッションではおよそ曲の体をなしていないサウンド断片だったのがわかります。曲が曲になっていないどころか演奏も演奏の体をなしていない実験的な断片ばかりで、ポスト・パンクやインダストリアルの元祖と言っても通じるサウンドです。ノイズ・ギターにパーカッションが乱打されるA1からすでに既成のロック形式は放棄されており、ベースとドラムスのリフだけによるA2はジョイ・ディヴィジョンのトライバルなポスト・パンク曲「Atrocity Exhibition」を先取りしています。すぐに曲はエイト・ビートの実験に変わってしまいますが、このA1~A2はそれぞれ3分間でアモン・デュールの特徴を凝縮した代表曲でしょう。またB3「Big Sound」はアモン・デュールIIのデビュー作収録曲「Dem Guten, Schonen, Wahren」のサビのコード・チェンジだけを反復した断片ですが、前作では同曲のイントロだけを反復した楽章があり、これはアモン・デュールの初期メンバーでアモン・デュールII結成のため抜けたクリス・カーレルとペーター・レオポルドの置き土産でしょうが(アモン・デュールIIのアルバムでは同曲の完成型が聴けます)、このことからも『崩壊』は『サイケデリックアンダーグラウンド』セッションの未使用部分を断片単位で集めたものと類推できます。アルバムA面最後の「Lua-Lua-He」はLPではエンドレス溝によってそのまま半永久的にホワイト・ノイズが続く処理をされ、アルバム最終曲「Natur」は曲でも何でもなくただの自然音のSEで、個々の曲でもメンバー全員が揃った演奏はほとんどない断片ばかりなので、そうした成立事情から作詞作曲やメンバーの記載も放棄したものと思われます。本作発表当時、本作のA4が『サイケデリックアンダーグラウンド』A1冒頭部分のリミックスであるとすぐに気づいたリスナーがいたとは思えません。さらに本作のB2には次作『楽園に向かうデュール(Paradieswarts Duul)』1970のA1のベースラインが現れます。同期のケルンのバンド、カンもスタジオ・セッション断片から編集してアルバム制作を行っていましたが、カンの場合は編集の結果見事に完成度の高い楽曲を編み出していましたから、断片をさらに断片化していくアモン・デュールの手法とは逆の発想によるものです。

 アモン・デュールはバンドである前に緩いつながりのあるヒッピー・コミューンの交友集団だったので、ミュージシャン指向のメンバーはアモン・デュールIIとして分裂し、『サイケデリックアンダーグラウンド』セッションはアモン・デュールがオリジナル・アモン・デュールとアモン・デュールIIに分裂する最中での録音だったようですが、ノン・ミュージシャン指向のメンバーが残ったのがアモン・デュールとしての作品になったのが『サイケデリックアンダーグラウンド』と『崩壊』を強烈な自然発生的反主流ロックにしています。アモン・デュールは第3作『楽園に向かうデュール』では主要メンバー二人によるダウナーなアシッド・フォークになって自然消滅し、さらに2組の2枚組発掘アルバム『ディザスター(Disaster)』1972、『エクスペリメンテ(Experimente)』1984によって『サイケデリックアンダーグラウンド』はLP5枚分ものセッション断片から編集されたものと判明しますが、それら発掘アルバム2作はアモン・デュール消滅後にレコード会社がセッション断片を断片のまま蔵出ししたものでした。『サイケデリックアンダーグラウンド』と『崩壊』はバンド存続時にメンバー自身が匿名性を打って出た作品であり、対照をなして特異な成立をなした一対のアルバムです。後にイギリスの急進的コミュニズムのポストパンク・バンド、ザ・ポップ・グループ著作権放棄を宣言しましたが(しかも撤回しましたが)、アモン・デュールはポスト・パンクやインダストリアルの10年~20年前にさらに過激かつ徹底して匿名性を貫いていました。音楽的にもそうです。ジャーマン・ロック、特にエクスペリメンタル・ロック=クラウトロックとされる流派に特徴とされる電子音楽的要素もアモン・デュールにはほとんどなく、音楽的素養が皆無で手法が見えないためにかえって謎めいてインパクトに満ちたアルバムをものした存在です。楽曲という概念すらなく編集された、素材が生演奏のコラージュであることからも、本作は既存の音楽的基準からは測れない性質の作品で、これはアモン・デュールが非音楽家の集団だったことだけでは理屈のつかない音楽です。また次作のアシッド・フォーク作品『楽園に向かうデュール』は明らかにラスト・アルバムを意図して作られた異色作ですが(アモン・デュールはLP6枚分の契約を結んでデビューしたそうですから、のちの2枚組の発掘アルバム2作と合わせるとあと1作で契約満了という帳尻も合います)、ライヴすら一切行わなかったらしく、音楽への執着すらほとんど感じられません。本作はアモン・デュールの全アルバムをミキサーにかけて徹底的に断片化したようなアルバムです。使用楽器はギター、ベース、ドラムス、パーカッションとありふれたものなのに通常ロックとされているサウンドとはまったく異なった異形の音楽になっているのは驚くほどで、これが出発点となり得るのかそれとも終着点なのかリスナーを途方に暮れさせるような究極的アルバムです。少なくともオリジナル・アモン・デュールは始まると同時に終わっていたバンドであり、分派のアモン・デュールIIは音楽と折り合いをつけるように'70年代ジャーマン・ロックのもっとも成功したバンドになりました。そのどちらにも発展していく要素が本作には混在しています。