人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

エルモ・ホープ・アンサンブル Elmo Hope Ensemble - サウンズ・フロム・ライカーズ・アイランド Sounds from Rikers Island (Audio Fidelity, 1963)

エルモ・ホープ - サウンズ・フロム・ライカーズ・アイランド (Audio Fidelity, 1963)

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エルモ・ホープ・アンサンブル Elmo Hope Ensemble - サウンズ・フロム・ライカーズ・アイランド Sounds from Rikers Island (Audio Fidelity, 1963) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_mMCkrvGIvOf9sV-OxU81bRFG_LJ2yqG50
Recorded at Rikers Island, New York, August 19, 1963
Released by Audio Fidelity Records AFLP 2119, 1963
A&R and Produced by Sidney Frey
Produced by Walt Dickerson
All compositions by Elmo Hope and Sidney Frey except as indicated

(Side 1)

A1. One for Joe - 4:34
A2. Ecstasy - 3:15
A3. Three Silver Quarters - 4:45
A4. A Night in Tunisia (Dizzy Gillespie, Frank Paparelli) - 5:57

(Side 2)

B1. Trippin - 3:19
B2. It Shouldn't Happen to a Dream (Duke Ellington, Don George, Johnny Hodges) - 4:07
B3. Kevin - 4:15
B4. Monique - 3:02
B5. Groovin' High (Dizzy Gillespie) - 2:59

[ Elmo Hope Ensemble ]

Elmo Hope - piano
Lawrence Jackson - trumpet (expect A3. B3)
Freddie Douglas - soprano and alto saxophone (expect A3. B3)
John Gilmore - tenor saxophone (expect A3. B3)
Ronnie Boykins - bass
Philly Joe Jones - drums
with
Earl Coleman - vocal (B2)
Marcelle Daniels – vocal (B5)

(Original Audio Fidelity "Sounds from Rikers Island" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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Sounds from Rikers Island

Elmo Hope Ensemble

Elmo Hope

AllMusic Ratings★★★★1/2
AllMusic User Ratings★★★★1/2
AllMusic Review by Thom Jurek
 幻のアルバムとされ、ほとんど知られていない本作をスペインのフレッシュ・サウンド・レコーズが再発売してくれたのは称賛に価するだろう。作曲家のシドニー・フレイ、ピアニストにして作曲家のエルモ・ホープ、そして演奏には参加していないがヴィブラフォン奏者ウォルト・ディッカーソンらによって企画されたこの1963年のセッションは、薬物中毒への誤解や、ライカーズ島のような場所で薬物中毒から奴隷のような境遇を強いられたミュージシャンたちの絶望的な鬱憤を吹き飛ばす記録となった。ナット・ヘンホフのライナーノーツで力説されているほどには本作は文化的、また社会的に認識を改めさせることには成功したとは言えない。しかし本作は音楽によるドキュメンタリーとしては圧倒的な成功を収めている。本作のホープは今では伝説的存在となっているミュージシャンたち、フィリー・ジョー・ジョーンズジョン・ギルモア、ロニー・ボイキンス、ローレンス・ジャクソン、フレディ・ダグラスに囲まれている。ホープとフレイは全9曲のうち、吹き抜けるようなハード・バップ曲「Ode for Joe」ではフィリー・ジョーがアレンジを飛び越えてバンドをドライヴさせることを可能にし、ゴージャスでロマンティックな「Monique」を含む6曲を作曲している。またワルツからブルースに転じる「Kevin」があり、「Trippin'」は驚くべきリズム・チェンジによって素早く転調をすり抜けていく工夫に富んだブルースになっている。セッションのハイライトは、誰もが楽しめる「A Night in Tunisia」と、マルセル・ダニエルズのヴォーカルをフィーチャーしアルバム全編を締めくくる「Groovin' High」だろう。大ヴェテランのヴォーカリスト、アール・コールマンはデューク・エリントンの曲「It Shouldn't Happen to a Dream」に参加しており、これら2曲のヴォーカル曲でも音楽的共感と即興的な相互関係のレヴェルが刺激的に迫ってくる。本作はほとんど知られていないアルバムだが、ホープとギルモアの最高の演奏が所々で聴け、フィリー・ジョーにとっても稀少かつ非常に生彩を放った演奏が聴けるため、見落とされるには惜しまれる作品だろう。

註(1)*allmusic.comの評には事実誤認が見られる時もあり、些細な取り違えは修正して訳していますが、本作のレビューはもっと抜本的な勘違いがあるので修正せず訳しました。まず本作は世界初CD化こそ2003年のスペインの復刻レーベル、フレッシュ・サウンド社ですが、LPでは日本盤とアルゼンチン盤が1977年に再発売されており、アメリカ本国でも1980年に『Hope From Rikers Island』と改題されてAudio Fidelity社を買収したレコード会社の傘下のレーベルから再発売されています。また日本盤LPでは日本センチュリーから1990年にアナログ盤限定再発されていました。レビューの記述はフレッシュ・サウンド盤CDにも復刻されたオリジナル盤のナット・ヘンホフのライナーノーツやジャケット・クレジットに基づいていますが、ヘンホフによると本作の企画はオーディオ・フィディリティー社主シドニー・フレイがウォルト・ディッカーソンと立案したそうで、ディッカーソンはプレスティッジ社との契約が満了しオーディオ・フィディリティー社に『バイブ・イン・モーション(Vibes In Motion)』を吹きこんだばかりでした。フレイの企画はジャズマンの麻薬禍が社会問題になっているからそれを題材にできないか、というものであり、おそらく映画化もされたオフ・ブロードウェイのヒット舞台劇『The Connection』の話題に便乗する発案だったと思われます。ディッカーソンは麻薬問題で度々入獄したホープをリーダーとするセッションを調整し、ニューヨークの麻薬犯更正施設のあるライカーズ島でホープと顔見知りだったジャズマンたちでホープとメンバー調整を固めました。アルバム・タイトルも「巣鴨刑務所からこんにちは」といったニュアンスです。オーディオ・フィディリティー社は1954年にフレイが設立、いち早くステレオ録音を導入した、ジャズというよりはオーディオ・マニア向けのレーベルでした(1965年に売却)。本作のホープのオリジナル曲6曲がホープとフレイの合作名義になっているのは著作権登録上の都合で、実際はホープ単独の作曲であり、裏ジャケットにはホープとフレイが作曲者に併記されていますが、レコード・レーベルにはホープ単独名義で記載されています。フレイはあくまでA&Rを兼務した実業家であり、企画立案者で社主としての立場です。ホープのオリジナル6曲中A2「Ecstasy」は原題「Vaun X」、B1「Trippin'」は原題「So Nice」で初演はハロルド・ランドを含むメンバーでホープが1957年10月に初めてロサンゼルスで録音したパシフィック社へのオムニバス・アルバム用録音3曲中の2曲の再演であり、またピアノ・トリオでのB3「Kevin」は1961年の『Here's Hope !』でもトリオで再演したばかりですが、ホープのジャズ・デビューとなった1953年6月のブルー・ノートでのルー・ドナルドソンクリフォード・ブラウンクインテットで初録音した「De-Dah」の改題です。本作のためのホープの書き下ろし新曲はA1「One for Joe」、A3「Three Silver Quarters」、B4「Monique」の3曲で、ホープのオリジナル曲としては最高水準を行く名曲揃いになり、しかもこれらはテーマ、ソロ・スペースともほとんどホープの独壇場となっており、これまで不得手だった管楽器入りの曲も含めリヴァーサイド・レコーズでの『Homecoming !』以上にホープがひさびさに活き活きとした演奏を聴かせてくれる、トリオでの2曲も含め管楽器入りのアルバムとしてはホープ11作目にしてもっとも強烈にリーダーシップを発揮した名盤になっています。

註(2)*言わずもがなの旧友フィリー・ジョーはもちろんテナーサックスにジョン・ギルモア、ベースにロニー・ボイキンスと2名もサン・ラ・アーケストラのメンバーがおり、またB2「It Shouldn't Happen to a Dream」でヴォーカルを取るのはジェイ・マクシャン、アール・ハインズなどのオーケストラでヴォーカルを勤め、チャーリー・パーカーの1947年2月の「Cool Blues」セッションでパーカー指名により2曲でヴォーカルを取った伝説的歌手アール・コールマンです。ディジー・ガレスピーのバップ・クラシックのB5「Groovin' High」でヴォーカルを取るマルセル・ダニエルズは他にジーン・アモンズ楽団くらいにしか録音がなく、またトランペットのローレンス・ジャクソン、アルトサックス(本作ではほとんどソプラノサックスを吹いていますが)のフレディ・ダグラスは本作の他にレコーディングがありませんが、サン・ラ・アーケストラの中核メンバー+濃厚なビ・バップ臭が非常にデフォルメーションの効いたアレンジで演奏されているのも本作の風格を高めています。本作のデータは信憑性が稀薄で、音質重視のオーディオ・フィディリティー社がライカーズ島に赴いて1963年8月19日の1日のみで録音したとは信じ難く、ピアノ・トリオによるB3、B4、またピアノ・トリオに一部3管アンサンブルが重なるだけのA3はB2、B5のヴォーカル曲ともども別日程でオーヴァーダビングされ、そのためにミュージシャンであるディッカーソンがサウンド・プロデュースを手がけたのではないかと推定されます。

註(3)*本作のホープの演奏は意識的にフリー・ジャズに近い奏法に踏みこんでおり、その萌芽はロサンゼルス移住中最後になった1961年8月録音のハロルド・ランドクインテット『The Fox』にもありました。ただし同作では明らかに意図的にピアノレス・カルテットに近いミックスがなされて、ホープのピアノがほとんど聴こえないほどの音量でミックスされ、またリズム・セクションの一体感にも問題がありました。本作のホープはフィリー・ジョーを大きくフィーチャーするとともにごく初期のブルー・ノート作品、またマイナー・インディーでの『Here's Hope !』『High Hope !』にようやく管入りセクステットでも存在感を示すほどの力演を見せ、大半の曲では力強いテーマに続いて管入り編成で初めてホープが先行ソロを取る、というかつてない自信に満ちています。これもオーヴァーダビングの条件があるレコーディングだったからか、サウンド・プロデュースを手がけたディッカーソンの提案かわかりませんが、本作では結果的にホープが先行ソロを取ること、しかもかつてないほどフリーに接近した、まるでポール・ブレイを黒くしたようなプレイが新たな境地を感じさせ、A1のようなラテン・リズムによるフリー~モード・ジャズ(ホープのモード奏法は徹底していませんが)は当時のブルー・ノートの新主流派作品、それもケニー・ドーハムハンク・モブレージャッキー・マクリーンらビ・バップ~ハード・バップを経てきたジャズマンらのアルバムとの親近性が見られます。本作はブルー・ノートやリヴァーサイド、ベツレヘム、またプレスティッジからのリリースならばまだしも注目されるに値する、ホープの起死回生になるかもしれないアルバムでした。しかしオーディオ・フィディリティー社という注目されないインディー社でなければ、本作のような企画は実現しなかったことに皮肉があります。しかも次作のホープのレコーディングは3年後の1966年、それも翌1967年にホープが逝去し、1977年まで発売されない遺作となるのです。