人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

長篇小説「眠れる森」第1章

次女はあまり自分から感情を表す子供ではなかったが率直な性格で、表情や仕草から自然に心の動きが読み取れ、無口だが言葉に嘘はなかった。たまに自分から話してくる時には前後に脈絡なく、思いつくままに話題が変わるので、
「そうか。それでどうなったの?」
と聞き役になるしかなかった。傍らから姉が、
「あやちゃん、何言ってるんだかよく判らないよ」
と横槍を入れると、パパは(そうだ、かつてぼくはパパだったのだ)、
「いいんだよ。パパはあやちゃんのお話をもっと聞きたいよ」
と次女に話の続きをうながした。
言いたいことを言い終えると、幼児から年配者まで慰安効果があり、信頼や意欲に繋がっていく。ライターという職業経験が育児にも役立つとは思わなかった。しかも自分の娘たちばかりでなく。
保育園に迎えに行くと、娘の同級生の幼児たちがワッと押し寄せてくる。
「あやちゃんのパパ、今日ブランコでね…」
「あやちゃんのパパ、今日鉄棒でね…」
と方膝つけたぼく(同じ目の高さで話したいから。膝には半年ごとに穴が空いた)に話しかけてくる。
「そうか泰ちゃん、びっくりしたね」
「ふみちゃん、とても頑張ったね」
次々話して次女の様子を見ると、数人までは「人気のパパ」に満足毛なのがだんだん不機嫌になっている。ぼくにスキンシップを求めてくる子がいると、
「桜ちゃんのパパじゃないのよ!あやちゃんのパパなのよ!」
と怒り出す。こういう時の彼女には周囲を圧する威圧感があったので、じゃあ明日ね、とそそくさと子供たちの頭を撫で、保育士の先生方に挨拶済ませてさっさと引き上げた。不満を発散するとすぐに円満になる次女は、とても愛らしかった。