戦後俳句に高柳重信(1923-1983)あれば戦後短歌に塚本邦夫(1920-2005)がいる。紙幅もないので今回はこの2詩人の処女句集・処女歌集の紹介にとどめる。この2冊は自費による共同出版でもあったことを注記しておきたい。
《流竄の歌》
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身をそらす虹の
絶嶺
処刑台
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わが来し満月
わが来し満月
わが失脚
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胸には肋骨
流竄なりや
旅なりや
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佇てば傾斜
歩めば傾斜
傾斜の
傾斜
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裏切りだ
何故だ
薔薇が焦げている
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恋人の 視界のはづれ
ひそかに 死を娶る
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のぼるは夕月
負傷を待っている乳房
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ぽんぽんだりあ
ぱんぱんがある
るんば・たんば
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「月光」旅館
開けても開けてもドアがある
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月下の宿帳
先客の名はリラダン伯爵
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風が死ぬ
胃の腑の中までは逃げてはきたが
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何を葬る
掌上の露
足下の露
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墓標の前
みなうしろむき
その背の目
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夜のダ・カポ
ダ・カポのダ・カポ
噴火のダ・カポ
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終らぬ序曲
終らぬ序曲
終らぬ序曲
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虹
七線
わが箴言をここに書く
(高柳重信「蕗子」1950年)
《未来史》
革命歌作詞家に凭れかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ
輸出用蘭花の束を空港へ空港へ乞食夫妻がはこび
聖母像ばかりならべてある美術館の出口につづく火薬庫
万国旗つくりのねむい饒舌がつなぐ戦争と平和と危機と
楽人を逐った市長がつぎの夏、蛇つれてかえる--市民のために
魚卵孵化所を中心に網状の道成りぬ。市長夫人の歿後
母よりもこいびとよりも簡明で廉くつくダイジェストを愛す
シャンパンの壜の林のかげで説く微分積分的貯蓄学
盗賊のむれにまじりて若者らゆき果樹園にせまりくる雨季
ついにバベルの塔、水中に淡黄の燈をともし--若き大工は死せり
永いながい雨季過ぎ、巨き向日葵にコスモポリタンの舌ひるがえる
梅雨空がずりおちてくる マリアらの真紅にひらく十指の上に
てのひらの傷いたみつつ裏切りの季節にひらく十字架の花
(塚本邦夫「水葬物語」1951年)