人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

太宰治と呼ばれて(笑)

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ぼくは太宰治は全集買って全作品読んだとはいえ、愛読したとはいえません(横光利一堀辰雄は批判的に、梶井基次郎坂口安吾は共感を持って愛読しました)。ですが具体的に作品から指摘(ですよね?)されると、もちろんぼくは病気療養中の廃業ちんぴらライターにすぎませんが、故人との性格や発想の類似に呆れるばかりです。
(ただしぼくには、太宰がヴェルレーヌから引用した「選ばれてあることの/恍惚と不安と/二つわれにあり」という感慨は太宰的な意味でも三島的な意味でもありません。ヴェルレーヌデカダンスは形而上ではなく、もっと卑俗で官能的なものです)。
ぼくがほとんど太宰治について本質的な特質をあえて読み過したのは、実際読んで心地よかったのが「正義と微笑」「右大臣実頼」「惜別」「津軽」「パンドラの匣」といった、戦時下にありながら愛国的作品という制約を巧妙にすり抜けた長篇の系譜だったからです。おそらく遺作「グッドバイ」もこれらの系譜に属す作品になったと想像されます(問題とすべきは実験的私小説、モデル小説の系譜だと承知した上で)。
また、処女短編集として「晩年」は国木田独歩「武蔵野」、志賀直哉「留女」、梶井基次郎檸檬」と並ぶものです。そこには鮮やかな感受性の刷新があります。太宰に前後する芥川龍之介中島敦は作家としての資質・教養は太宰治をはるかに凌駕していたでしょう。だが太宰はモダニズムプロレタリア文学も衰退したエアポケットに廻り合わせた僥倖な作家でした。

日本の現代文学で戦後いち早く英訳が出版され、大きな反響を呼んだのは太宰の「斜陽」「人間失格」です。ウィリアム・C・ウィリアムズの長篇詩「パターソン」にも「斜陽」への言及があるほどです。三島由紀夫が自作の国際的成功に拘泥したのも太宰治の先例があったからでしょう。

太宰は静かにお酒を飲む人で、酒癖の悪い中原中也にしょっちゅう絡まれてはベソをかいていた、なんて話は好きですね。津村信夫の追悼文で「私は中原中也立原道造も好きではなかったが、津村は好きであった」と可愛い仕返しをしています。

作家仲間の間では、遺書があるとはいえ事実上無理心中だろう、あいつは女に迫られて断れる男ではなかった、というのが瞬く間に定説になったようです。これもちょっと耳が痛いですね(笑)。
(写真下は太宰治生家)