今回は戦後の恋愛詩のなかで最高の一篇と賞される作品を。戦後俳句の森澄雄、
除夜の妻白鳥のごと湯浴びせり
(句集「雪礫」1949)
と並んで、夫人の神聖化がすごい。文句あるなら前に出ろ、というくらいの迫力がある。
清岡卓行(1922-2006)は大連生まれの詩人。萩原朔太郎に傾倒し、ランボーの研究家でもあった。戦後にデビューした詩人のなかではもっとも早くシュールレアリスムを咀嚼し、継承した人でもある。小説家としても知られ、晩年の大作「マロニエの花が言った」1999は大戦間のパリにおける日本の芸術家群像を描いて自身の芸術観の総決算とし、大きな反響を呼んだ。
では作品の紹介を。恋愛詩というより、これははっきり処女の恋人との初めてのセックスを詠った詩なので、そういうの苦手な方は引き返してください。
『石膏』
氷りつくように白い裸像が
ぼくの夢に吊されていた
その形を刻んだ鑿の跡が
ぼくの夢の風に吹かれていた
悲しみにあふれたぼくの眼に
その顔は見おぼえがあった
ああ
きみに肉体があるとはふしぎだ
★
色盲の紅いきみのくちびるに
ひびきははじめてためらい
白痴の澄んだきみのひとみに
かげははじめてただよい
涯しらぬ遠い時刻に
きみの生涯を告げる鐘が鳴る
石膏のこごえたきみのひががみ
そこにざわめく死の群のあがき
★
きみは恥じるだろうか
ひそかに立ちのぼるおごりの冷感を
ぼくは惜しむだろうか
きみの姿勢に時がうごきはじめるのを
迫ろうとする 台風の眼のなかの接吻
あるいは 結晶するぼくたちの 絶望の
鋭く とうめいな視線のなかで
★
石膏の皮膚をやぶる血の洪水
針の尖で鏡を突き刺す さわやかなその腐臭
石膏の均整をおかす焔の循環
獣の舌で星を舐めとる きよらかなその暗涙
ざわめく死の群の輪舞のなかで
きみと宇宙をぼくに一致せしめる
最初の そして 涯しらぬ夜
(詩集「氷った焔」1959より)