人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

大手拓次『そよぐ幻影』ほか

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萩原朔太郎は同世代のライヴァルから影響を受けるのが実に巧みで、「月に吠える」では室生犀星山村暮鳥、「青猫」では大手拓次(1887-1934・群馬県生れ)の顕著な影響が見られる。犀星は大成したが、暮鳥・拓次の知名度はぐっと落ちる。その一因には生前の評価も低かったこと、萩原や室生のような完成度に欠いていたことがある。

水草の手』

わたしのあしのうらをかいておくれ、
おしろい花のなかをくぐってゆく花蜂のように、
わたしのあしのうらをそっとかいておくれ。
きんいろのこなをちらし、
ぶんぶんとはねをならす蜂のように、
おまえのまっしろいいたずらな手で
わたしのあしのうらをかいておくれ、
水草のようにつめたくしなやかなおまえの手で、
思いでにはにかみわたしのあしのうらを
しずかにしずかにかいておくれ。
(1920年作)

作風が官能的で特異すぎるのだ。拓次の頂点は亡くなる前年に病床で書かれ大雑誌「中央公論」に掲載された次の一篇に尽きる。

『そよぐ幻影』

あなたは ひかりのなかに そうろうとしてよろめく花、
あなたは はてしなくくもりゆく こえのなかの ひとつの魚(うお)、
こころを したたらし、
ことばを おぼろに けはいして、
あおく かろがろと ゆめをかさねる。
あなたは みずのうえに うかび ながれつつ
ゆうぐれの とおいしずけさをよぶ。
あなたは すがたのない うみのともしび、
あなたは たえまなく 生れでる 生涯の花しべ、
あなたは みえ、
あなたは かくれ、
あなたは よろよろとして わたしの心のなかに 咲きにおう。
みずいろの あおいまぼろしの あゆみくるとき、
わたしは そこともなく ただよい、
ふかぶかとして ゆめにおぼれる。

ふりしきる さざめゆきのように
わたしのこころは ながれ ながれて、
ほのぼのと 死のくちびるのうえに たわむれる。

あなたは みちもなくゆきかう むらむらとしたかげ、
かげは におやかに もつれ、
かげは やさしく ふきみだれる。
(1933年作・絶筆)

生前には詩集もなく字も絵も気持悪く、生涯独身・童貞だったというこの詩人に再評価の日はあるか?