人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

高村光太郎『原・道程』( 前編)

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『道程』

僕の前に道はない
僕の後ろに道は出来る
ああ、自然よ
父よ
僕を一人立ちにした広大な父よ
僕から目を離さないで守る事をせよ
常に父の気魄を僕に充たせよ
この遠い道程のため
この遠い道程のため
(詩集「道程」1914より)

高村光太郎(1883-1956)の中でも『レモン哀歌』(「智恵子抄」より)と並んで教科書採用頻度が高く、もっとも人口に膾炙した一篇だろう。言葉のセンスの射程が長い。古びない。
高村は複雑な性格の詩人で、しかも本人はその自覚がなかった。戦前の社会批判詩、戦中の愛国詩、戦後の心境詩は教材にはきつい。その点この詩は青少年向けの希望に満ちている。
ところでこの詩は大正3年10月刊行の詩集ではこの通り9行を決定稿としたが、同年3月の雑誌掲載では102行の長詩だったのは意外に知られていない。以下、原『道程』を行ツメで紹介します。

『道程』
どこかに通じている大道を僕は歩いているのじゃない/僕の前に道はない/僕の後ろに道は出来る/道は僕の踏みしだいて来た足あとだ/だから/道の最端にいつでも僕は立っている/何という曲りくねり/迷いまよった道だろう/自堕落に消え滅びかけたあの道/絶望に閉じ込められたあの道/幼い苦悩にもみつぶれたあの道/ふり返ってみると/自分の道は戦慄に値いする/支離滅裂な/又むざんな此の光景を見て/誰がこれを/生命(いのち)の道と信ずるだろう/それだのに/やっぱり此が生命に導く道だった/そして僕は此処まで来てしまった/此のさんたんたる自分の道を見て/僕は自然の広大ないつくしみに涙を流すのだ/あのやくざに見えた道の中から/生命の意味をはっきりと見せてくれたのは自然だ/これこそ厳格な父の愛だ/子供になり切ったありがたさを僕はしみじみと思った/どんな時にも自然の手を離さなかった
僕は/とうとう自分をつかまえたのだ/丁度そのとき事態は一変した/俄に眼前にあるものは光りを放射し/空も地面も沸くように動き出した/そのまに/自然は微笑をのこして僕の手から/永遠の地平線へ姿をかくした/そして其の気魄が宇宙に充ちみちた/驚いている僕の魂は/いきなり「歩け」という声につらぬかれた/僕は武者ぶるいをした/僕は子供の使命を全身に感じた/僕の肩は重くなった
(後篇へ)