人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

あるジャズ・ピアニストの肖像- 1

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彼の名はホープ、フル・ネームはエルモ・ホープ(アメリカ・1923-67)、ジャズ・ピアニスト。エルモは「聖エルモの炎」で有名な聖人から、そしてホープとくれば、これほどめでたい名前は滅多にない。アルバム・タイトルにも「ヒアズ・ホープ(これが希望だ)」「ハイ・ホープ(高らかな望み)」などホープの名前を読み込んだものがいくつもある。
そしてビ・バップ5大ピアニストで「あとひとり誰だっけ?」(クラシックでもロシア5人組とかフランス6人衆とかあるでしょう?)という微妙な評価が没後45年を迎えても未だに変わらないジャズマンでもある。(ちなみにあと4人はバド・パウエルセロニアス・モンクレニー・トリスターノ、ハービー・ニコルズできまりになる)。
ここでジャズのお勉強になるが、ジャズというのもアメリカにあっては歴史の長い音楽だから、約120年のなかで何度かの区切りがある。なかでも最大の変革がアルト・サックスのチャーリー・パーカーとトランペットのディジー・ガレスピーを指導的プレイヤーとするビ・バップ・ムーヴメントで、純粋に音楽の実験だから直接的なビ・バップは短命なものだったが、ビ・バップ以降のジャズはもちろんブルースもロックも、ポップスもビートルズも、どんなアヴァンギャルドもビ・バップがなければ音楽の世界に立脚点を見出だすのが難しかっただろう。それはアーティストとしての自覚の問題だ。
楽器の世界ではビ・バップ以降のジャズで通用するアドリブをこなせるかが、純クラシック以外はプレイヤーの力量の指標になる(ビ・バップそのものの技法でなくても可)。「楽器ができる」のはそのラインだと言ってよい。
まずいちばん上のアルバムから。これは現在発売されているCDで、元のLPでは「エルモ・ホープ/インフォーマル・ジャズ」というタイトルだった。つまりもともとエルモ・ホープの作品として制作・発売されていたものが「オールスター・セッションズ」という主役不明のアルバムにされてしまったことになる。ジャケットには記載がないがベースはポール・チェンバース。さて、この中で出世しなかった人がひとりいます、誰でしょう?
それがエルモ・ホープなのだ。他の共演者は将来のジャズ界を背負って立ったのに、見事に落ちこぼれたのがこの人だった。CD4枚組全集(下)がホープの才能を証明する。ではなぜ?
(続く)