人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

病状の現状

ちょうど季節の変り目もあり、ぼくのような病状の人間には気候の変化をモロに受ける時期にさしかかっています。温暖な日と寒波のきびしい日では、まるで地球を半周してきたかのようです。そんなことだけでまったく駄目になります。主治医や訪問看護士の方には逆に、季節的なものだから(個人的症状ではないから)気にかけないように慰められますが、個人的なものでなくてもつらいものはつらい。自分が自分でなくなるような気がします。

主治医によれば納期に追われる仕事(さらに技術職、専門職)の人はストレス障害から鬱や躁鬱を発症しやすいそうです。ぼくなども雑誌ライターだったから条件的にも躁鬱ど真ん中でした。仕事自体に躁鬱でもあれば統合失調的性格があり、資質的に躁鬱気質が潜在していた(ぼくの父も祖父も躁鬱です)ぼくの場合は職業適性もあったけれど、長い目で見れば自滅的なものでした。もともと定年40歳みたいな仕事ですしね。いまは病気療養しながらブログの作文で作業療法して、社会復帰は病状の快復を待つしかありません。精神疾患は必ずしも目標を通りにひとつずつ達成していく、というわけにはいかないのです。主治医にも言われました、『治すんじゃない、治るまで待つんだよ』。ぼく自身も、改善された面と、病状の進行がともにありました(全体的には良好になっていますが、悪化時には以前よりさらに悪い症状を示します)。

服薬は、通院当初は不信感や不快感(血中濃度が一定に達しないとおこる)もあり、わざと飲まない時もありましたが、ほんの最初の頃だけです。コンプライアンス結構じゃないか、と治療に全面的に従うことに決めたのです。入院中のように模範的に服用し、訪問看護士にチェックしてもらい、生活の様子ともども通院先のクリニックに報告が行くようになっています。ただし薬だけしっかり飲んでいれば大丈夫、とはいえません。調子を左右するのは生活全体です。

恋愛という究極の精神状態でどうなるかは、離婚の時とは反対ながら鏡像のように似たような状況になったことを思い出します。去年のことです。結局別れましたが、答えが見えているとはいえ決断はつらく、苦しい別れでした。まるで最初から最後まで第三者によって綴られた短篇小説のようでした。

昨年の今頃は閉鎖病棟でした。それに較べればどれだけマシか、と思います。