現役詩人のなかで巨匠格にしてもっとも旺盛な活動を続けているのが吉増剛造(1939-・東京生れ)で、国際的評価も高く、もし次のノーベル文学賞が詩人から選出されるなら最大の候補と目される。作風はシュールレアリスムとビートニクの影響が強いが数行でこの人とわかる独自の文体を持つ。吉増の存在を決定した第二詩集「黄金詩篇」1970からご紹介する。
『朝狂って』
ぼくは詩を書く
第一行目を書く
彫刻刀が、朝狂って、立ちあがる
それがぼくの正義だ!
朝焼けや乳房が美しいとはかぎらない
美が第一とはかぎらない
全音楽はウソッぱちだ!
ああ なによりも、花という、花を閉鎖して、転落することだ!
一九六六年九月二十四日朝
ぼくは親しい友人に手紙を書いた
原罪について
完全犯罪と知識の絶滅法について
アア コレワ
なんという、薄紅色の掌にころがる水滴
珈琲皿に映ル乳房ヨ!
転落デキナイヨー!
剣の上をツツッと走ったが、消えないぞ世界!
(前記詩集より)
この巻頭詩から、ほとんど中学生の作文のような稚拙さと空回りする大仰さがかもしだすユーモア、これまでの日本の詩に滅多に見られなかった風通しの良さが感じられる。吉増剛造(第一詩集は「出発」1964)、岡田隆彦(「史乃命」1964)らはビートルズと同世代のもっとも早い詩人だった。巻頭から二番目の作品もいい(この詩集は後半ほど長詩が増えてくる)。吉増は以後ほとんど長篇詩の詩人になるので、密度の高い初期の短詩は嬉しい。
『燃える』
黄金の太刀が太陽を通過する
ああ
恒星面を通過する梨の花
風吹く
アジアの一地帯
魂は車輪となって、雲の上を走っている
ぼくの意志
それは盲ることだ
太陽とリンゴになることだ
似ることじゃない
乳房に、太陽に、リンゴに、紙に、ペンに、インクに、夢に! なることだ
凄い韻律になればいいのさ
今夜、きみ
スポーツ・カーに乗って
流星を正面から
顔に刺青できるか、きみは!
(前記詩集より)
以上の二篇はふたつでひと組だろう。一種のメドレーだ。この詩人は80年代の大作「オシリス、石の神」「螺旋歌」で大詩人となるが、初期の短詩は忘れられない。