人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

上田敏訳ラフォルグ『冬が来る』

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 上田敏晩年の功績は象徴詩末期の自由詩の先駆者ジュール・ラフォルグ(1860-1887)の紹介だろう。

『冬が来る』

感情の封鎖。近東行の郵船…
ああ雨が降る、日が暮れる、
ああ木枯の声…
万聖節、降誕祭、やがて新年、
ああ霧雨の中に、煙突の林…
しかも工場の…

どのベンチも皆濡れてゐて腰を下せない。
とても来年にならなければ駄目だ。
どのベンチも濡れてゐる、森もすっかり霜枯れて、
トントン、トントンと、もう角笛も鳴つて了つた。

ああ、海峡の浜辺から駆けつけた雲のおかげで、
前の日曜もまる潰れだつた。
(…)

昨夜は、よくも吹いたものだ。
やあ、滅茶苦茶だ、そら、鳥の巣も花壇も。
ああわが心、わが眠、それ、斧の音が響く。

きのふまでは、まだ青葉の枝、
けふは、下生に枯葉の山、
大風に芽も葉も揉まれて、
一団に池に行く。
或は猟の番舎の火に焼ばり、
或は遠征隊の兵士が寝る
野戦病院用の蒲団に入るだらう。

冬だ、冬だ、霜枯時だ。
霜枯は幾基米突(いくきろめえとる)に亘る鬱憂を逞しうして
人つ子ひとり通らない街道の電線を腐蝕してゐる。
(…)

耳につく角笛の音、なんとまあ余韻の深い音だらう…
冬だ、冬だ。葡萄祭も、さらば、さらば…
天人のやうに辛抱づよく、長雨が降りだした。
おさらば、さらば葡萄祭、さらば花籠、
橡の葉陰の舞踏の庭のワットオぶりの花籠よ。
今、中学の寄宿舎に咳嗽の音繁く、
暖炉に火は消えて煎薬が匂ひ、
肺炎が各区に流行して
大都会のあらゆる不幸一時に襲来する。

さりながら、毛織物、護謨(ごむ)、薬種店、物思、
場末の町の屋根瓦の海に臨んで、
その岸とも謂つべき張出の欄干近い窓掛、
洋燈、版絵、茶、茶菓子、
楽は、これきりか知ら。
(ああ、まだある、それから洋琴(ピアノ)のほかに、
毎週一回、新聞に出る、
あの地味な、薄暗い、不思議な
衛生統計表さ。)

いや、何しろ冬がやつて来た。地球が痴呆なのさ。
ああ南風よ、南風よ、
「時」が編みあげたこの古靴を、ぎざぎざにしておくれ、
冬だ、ああ厭な冬が来た。
毎年、毎年、
一々その報告を書いてみようとおもふ。
 (訳詩集「牧羊神」1916より)