人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ムルナウ「吸血鬼ノスフェラト」

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1922年ドイツ、サイレント・B/W・84分。映画史初の吸血鬼映画でドライヤーの「吸血鬼」1930と並ぶ古典中の古典、岸田森は言うにおよばず後のベラ・ルゴーシやクリストファー・リーのドラキュラ伯爵よりも主演のマックス・シュレックが凄い。人間に見えないのだ(スチール写真参照)。
異様に細い体、異様に長い手足、肩幅だけあってほとんど厚みのない上体に首なしに大きな頭だけが載っていて、眉毛は蛾のように太いが頭髪は一筋もなく、ところどころ青筋が浮き出ている。このヴィジュアルが強力すぎて、ルゴーシもリーも独自のドラキュラ像を産み出さなければならなかった(ドライヤー作品は「ドラキュラを描かない」という逆手をとった)。

ヘルツォーク監督による「ノスフェラトゥ」1978はムルナウ作品の忠実なリメイクでヘルツォーク作品恒例のキンスキー(いい名前だ)父娘主演、娘キンスキーが犠牲者・父キンスキーがシュレックのドラキュラをメイクも演技も忠実にコピーするのだが、やはりどうしても現代の映画になってしまい、トリビュート作品の域を越えなかった。
それを考えると、1838年(と幽霊船の航海日誌を調べるシーンにあった)から間もない時代を描いてドキュメンタリー的な趣きさえ感じさせるこの映画はドラキュラの実在どころではない魔力が宿っている。監督のフリードリッヒ・W・ムルナウは名作・傑作を連発してハリウッドに招かれ、ちょうどこの作品から10年後に42歳の若さで早逝(交通事故)した天才。映画史的にはドイツ表現主義(アンチ・リアリズム)を代表する映画作家のひとりだが、表現主義映画の代表作「カリガリ博士」(ロベルト・ヴィーネ)ともこの時期のフリッツ・ラング、G・W・パプストとも違う端正な作風の映画作家だった。 この作品なども19世紀中葉のブレーメンを描いて、むしろリアリズム映画だといってよい。

ドイツ表現主義は元々演劇から始まり、絵画や音楽、詩・小説に広がり、映画に取り入れられた。「カリガリ博士」が国際的ヒット作になったのは異常性の誇張とオチで明らかになる設定のどんでん返しがあったからで、精神医学先進国ドイツのブランド(フロイト心理学)があったからだ。
ムルナウ作品は異常性の追究ではない。続く傑作群でもわかる。現実の中に異常なものがひとつだけ現れる。だからこそ効果は絶大になるのだ。