人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ボードレール『己れを罰する者』

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シャルル・ボードレール(1821-1867)の出発点はやはりヴィクトル・ユゴーが旗頭に立ったフランスのロマン主義になるだろう。小説ではスタンダール赤と黒」、音楽ではベルリオーズ幻想交響曲」に最高の達成を見ることができる。1830年の小説や音楽がいまでもダイレクトな衝撃力を持つのは、現在でもロマン主義の有効性を物語っているのかもしれない。
ロマン主義とは人間主義、自我主義だった。ユゴーの「エルナニ」やドイツのシラー「群盗」に描かれたように権威や体制の否定であり、個人主義・個性主義でもあった。封建体制が民主国家に進むために歴史的に必要とされた思想でもあった。現在でも有効性を持つのはそれゆえになる。
ボードレールの独創は、末期ロマン主義の状況でむしろロマン主義は頽廃的な個人主義人間主義に陥るのを見抜いたことにある。

『己れを罰する者』

怒りもなく悲しみもないのに
お前を打ってやろう、屠殺人のように、
岩を打つモーゼのように!
そしてお前のその瞼から
苦痛の水をほとばしらせよう、
わたしのサハラ砂漠を潤おすために。
期待をはらんだわたしの欲望は
塩からいお前の涙の海を泳ぐだろう、

沖をめざす船のようにだ。
そして涙に酔うわたしの心の中で
お前のいとしい啜り泣きは
突撃を告げる太鼓のように鳴りどよむだろう!

神の奏でる交響曲のさなかで
わたしは不協和の軋り音ではあるまいか、
わたしを揺ぶったり噛みついたり
飽くことを知らぬ皮肉(イロニー)のなせるわざなのだ。

軋り音のそやつはわたしの声の中にいる!
この黒い毒液、これがわたしの血潮!
性悪女がおのが身を映す
不吉な鏡、それがわたしだ!

わたしは傷口にして短刀!
わたしは打つ掌にして打たれる頬!
わたしは引き裂かれる四肢にして引き裂く刑車、
死刑囚にして死刑執行人!

わたしはわれとわが心の吸血鬼、
-永劫の笑いの刑を宣告されながら
もはや微笑するすべもない
見放された大いなる者たちのひとりだ!
(詩集「悪の華」1857より、出口裕弘訳)

思想のスケールは狭いが、ドストエフスキーよりもニーチェよりも早く、鋭く到達した。反ロマン主義者の面目躍如はこの作品が代表している。