人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

フラワー・トラヴェリン・バンド

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原著2007年(英)、翌年翻訳刊行されたジュリアン・コープの名著「ジャップロック・サンプラー」は日本の70年代ロックの仔細な研究書です。コープといえばエコー&ザ・バニーメンと並び称された80年代のネオ・サイケ・バンド、ティアドロップ・エクスプローズのリーダーだった人。ミュージシャンが非英米ロックについてこれほど詳細な大著を物した例は他に見当たりません。

GSから始まりマジカル・パワー・マコのデヴュー(74年)で締め括られる著者の名盤基準は巻末のトップ50リストでも異彩を放っています。ベスト5までを見てみましょう。
1.フラワー・トラヴェリン・バンド《SATORI》
2.スピード・グルー&シンキ《イヴ 前夜》
3.裸のラリーズ《Heavier Than A Death In The Family》
4.ファー・イースト・ファミリー・バンド《多元宇宙への旅》
5.J.A.シーザー《国境巡礼歌》

いかがでしょうか?特に著者の《SATORI》評価は絶大で「比較できるアルバムは未だに作られていない」とまで言い切っています。

フラワーの前身は内田裕也プロデュースによるフラワーズで(画像5・1969)、翌年には実力派GSザ・ビーバーズ(画像4・1968)のギタリスト・内間秀樹と強力なシンガー、ジョー山中を加え(画像6・1970)、内間・ジョー・上月ジュン(b)・和田ジョージ(ds)に固定されデヴュー作「エニウェア」(画像1)が発表されたのが70年10月です。これはブルース曲と「朝日のあたる家」に、当時日本未発売のブラック・サバスキング・クリムゾンのデヴュー作からさらに長尺なヘヴィ・ロックにカヴァーするという、バンドの演奏力のお披露目的なもの。
本領発揮にして最高傑作になったのが完璧なオリジナル5曲でまとめた「サトリ」1971(画像2)でしょう。バンドはカナダに渡りシングルをチャート入りさせ、次作「メイド・イン・ジャパン」1972をリリース。帰国後はセールスの伸び悩みから解散を睨んだ活動になり、「サトリ」と並ぶ代表作となったライヴ+スタジオの2枚組大作「メイク・アップ」1973(画像3)を完成し解散しました。

再評価の高まりから2008年には再結成アルバムを発表、国内・海外ツアーで遂に名実ともに真価を知らしめて、ジョー山中は逝去しました。見事な晩年でした。