人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(10)詩人氷見敦子・立中潤

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立中潤の第一詩集に再び戻ってみよう。詩集の巻頭作品が宣言ならば、巻末作品は詩集全体のエピローグであるのが通例だが、次作の予告=橋渡しを意識した作品が配置されることも多い。立中は編纂済の第二詩集は焼却し晩年の作品を遺したので、この作品が破棄された第二詩集の趣を伝えているかもしれない。

『哀歌』
あなたとうねっていった鍛治塲では鎔けていた
すそのから拡ってゆく確かな星の沃野で
裏切りは燃えてはげしく地上に堕ちた

美しい熟睡の天使はおち尽くせばさらに輝く
ぼくの育むけものたちが吐く
うすいひかりに融けてゆけば
あなたのしろいむねにまっさおの恥丘が刻まれ
そこから伸びる片腕の触手が
あなたのぬるい口唇を
星くずの潤った波間でいたいたしく呟かせる

あやまっちゃ いや!

とおい響きは響きの原石を蔽う
とけた透明なあなたの液は流れずに
ぼくの波間でただ泡立つばかりだ
芳香の跡のひろい激痛の戦野で
疲れたからだは何も吐かない
しだいにとごってくる粘土の胸底で
やさしい果物がただゆらゆらと揺れ
閉じてしまったものへの哀歌
を組み立てはじめるあなたの余剰
(…)

新鮮な愛の共犯の図案は
またたく間に暗号を手放してしまった
切れたぼくたちが励む増殖
の内に巣食ったくらい空洞には
ただれた死夢がいくつもぶらさがり
滅んだものがふたたびは返ることのない
秘匿の渚へ次々に運ばれてゆく
生きたてふてふはやがてその墓地から
またとびはじめるかもしれない
(…)

こわれてゆくいくつもの愛の狭間では
液汁に口をふさがれた失敗の死児達が
青臭い死衣の護符を首にくくりつけられて
幾匹も幾匹も泳ぎ回っている
つるつるの肉塊はただひとつの石塔として
呪禁され密封され
その明証は死で計算された轍となる
ながれてゆくつめたい河のむこう岸で
やわらかな球根を誇る季節は
いつでもその轍をかきけそうとする

けれども 絶たれていった咽喉と咽喉の惑いは
ふたたびせめぎあう血を催さないもう
棄巣することもない
かれた生の泉は街の臓腑を抉ってしまった
そのなかをはってゆくあなた
がふたたびまとったはずの生の仮装とは何?
ふたたびまとえないはずのぼくたちの生の…
(詩集「彼岸」1974より)