「ラスト・デイト」はぼくにとっては啓示のようなアルバムだった。ぼくはそれまでもロック・バンドでギターを弾いたり、聴いてきたアルバムのほとんどのギター・パートをコピーして楽しんだりしてきた。だがぼくが求めている自由、殺気、緊張と寛ぎ、諧謔、それらを同時に鮮烈に表現してくれるものはロックの分野にはなかった。なんだ、そんなことはとっくにジャズがやっていたんじゃないか。それに初めて気づいたアルバムが「ラスト・デイト」だった。
さらにツイていたのは別の同僚が「姉の旦那さんからもらったんだけど、LPプレイヤー持ってないから」とロリンズ「サキソフォン・コロッサス」、ウェス・モンゴメリー「インクレディブル・ジャズ・ギター」、ジョン・コルトレーン「コルトレイノロジー」、そしてチャールズ・ミンガスの「プレゼンツ・ミンガス」と、まるで冗談みたいに名盤揃い踏みを譲ってくれたことで、ロリンズとコルトレーンはテナーの二大巨匠だし、ロリンズ盤とウェス盤はピアノがトミー・フラナガンだし、コルトレーン盤とミンガス盤は言うまでもなくドルフィー参加の名作だった。
ミンガスやコルトレーンがロックではビート・グループがより複雑な音楽性に変化した時期の直接の手本になったのはすぐわかった。変革期のロック・ミュージシャンはロックからスタートしたのではない。ジャズからスタートしたのだ。