人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

パールズ・ビフォア・スワイン Pearls Before Swine - ワン・ネーション・アンダーグラウンド One Nation Underground (ESP, 1967)

パールズ・ビフォア・スワイン Pearls Before Swine - ワン・ネーション・アンダーグラウンド One Nation Underground (ESP, 1967) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_kX1bMQVxxqmPyZjFFJn1IrsgUQlKCQ4wg

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Recorded at Impact Sound in New York City, May 6-9, 1967
Released by ESP-Disk ESSP 1054, October 1967
Produced by Richard L. Alderson
All compositions by Tom Rapp except where indicated
(Side A)
A1. Another Time - 3:03
A2. Playmate (Saxie Dowell) - 2:19
A3. Ballad To An Amber Lady (R.Crissinger, T. Rapp) - 5:14
A4. (Oh Dear) Miss Morse - 1:54
A5. Drop Out ! - 4:04
(Side B)
B1. Morning Song - 4:06
B2. Regions Of May - 3:27
B3. Uncle John - 2:54
B4. I Shall Not Care (Teasdale, R. Tombs, T. Rapp) - 5:20
B5.The Surrealist Waltz (L. Lederer, R. Crissinger) - 3:29
[ Personnel ]
Tom Rapp - vocals, guitar
Wayne Harley - autoharp, banjo, mandoline, vibraphone, audio oscillator, harmony
Lane Lederer - bass, guitar, english horn, swinehorn, sarangi, celeste, finger cymbals, vocals
Roger Crissinger - organ, harpsichord, clavioline
Warren Smith - drums, percussion

(Original ESP Disk "One Nation Underground" LP Liner Cover & Side A Label)

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 フロリダ州出身で1965年~1971年にかけてニューヨークで活動したパールズ・ビフォア・スワインは、新興フリー・ジャズ・レーベルのESPディスクがホリー・モーダル・ラウンダーズ、ファッグス、ゴッズと並んでロック部門から送り出したフォーク・ロックのバンドです。ファッグスやラウンダース、とりわけゴッズはフォーク・ロックと言ってもダダイズム的なガレージ・プロトパンクをやっていてダーティの極みでしたが、パールズは一聴すると可愛らしいフォーク・ロックを演っているように聴こえます。ですがラヴィン・スプーンフルのようなニューヨークの先輩フォーク・ロックバンドと明らかに違うのは、音楽的背景が薄っぺらく演奏が拙速なせいもありますが、その分純真素朴なためにじわじわとアシッドな空気が垂れこめる不穏なムードを湛えたアンダーグラウンドな味わいでしょう。
 パールズはボブ・ディランやドノヴァン、ファッグスに刺戟を受けたシンガーソングライター、トム・ラップ(1947-2018)がニューヨークに上京して始めたバンドですが、デビュー・アルバムのタイトルが『ワン・ネーション・アンダーグラウンド』(1967年10月)でジャケットがヒロニエム・ボッシュの「快楽の園」ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドからの感化を連想しないではいられません。しかし決定的な相違は、ヴェルヴェットの都会的な倦怠や退廃感、狂気や攻撃性がパールズにはなく、もっと楽観的な陶酔感が支配的なことでしょう。ルー・リードの武骨で鋭く威圧的な姿勢と較べると、トム・ラップの個性はいかにも線が細い柔和なものです。当時からトム・ラップはルー・リードと比較されていたようですが、このパールズのデビュー・アルバムはまったくレコード売り上げ不振だったヴェルヴェットとは比較にならない、当時インディーズとしても新人バンドとしても驚異的な25万枚を売り上げたのです。'60年代末デビューの西ドイツの新鋭監督ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの長編第5作『リオ・ダス・モルテス』1972(撮影1971年)は西ドイツのヒッピーたちの生活を描いた映画でしたが、冒頭から気だるくいい感じのサイケデリックなフォーク曲が流れてきて、これ聴き覚えがあるぞと思ったら本作のB1「Morning Song」でした。当時の西ドイツでは同時代の英米ロックが熱心に聴かれていたのはドイツから数多いバンドが生まれたこともわかりますが、ヨーロッパ中のヒッピーたちにも本作が浸透し、愛聴されたのが25万枚ものセールスにつながったのでしょう。

 このアルバムはA面も好いですが、曲想ではB面の方が多彩な楽曲がそろっています。典型的アシッド・フォークB1「Morning Song」から始まり、ガレージ・パンク反戦歌のB4「Uncle John」、凝った構成の前衛フォーク・ロックB4「I Shall Not Care」、B5「The Surrealist Waltz」と、アレンジにも工夫が凝らされています。しかしA面もいかにも夢見がちなA1「Another Time」から始まりポップでガレージなA2「Playmate」、フォキーなA3、A4に続いてパールズの代表曲と言える陽気なヒッピー賛歌A5「Drop Out !」など楽曲単位の質は高く、A面とB面で異なったトータル感があるアルバムです。もちろん手練れの作曲家ルー・リードの才能と鬼才ジョン・ケイルがアンディ・ウォホールをパトロンにメジャーのヴァーヴから送り出した『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』(1967年3月)を持ち出したら勝負になりませんが、あんな大名盤と比較しても仕方ありません。パールズにはひっそり咲いた路傍の花の可憐さがあります。また使用楽器の多彩さ、異様なサウンド・エフェクトとミキシング(現行CDでは目立ちませんが、オリジナルLP、初期版CDでは曲ごとの音量が極端にまちまちでした)など、インディー・レーベルの低予算録音ならではの安っぽさと自由な制作環境による音響的質感がかえってこのアルバムならではの印象的なサウンドを作り上げていました。
 パールズにそっくりなサウンド、曲やヴォーカル、立ち位置まで似ているバンドが日本にもあり、『休みの国』(URC・1969年6月)がそのアルバムです。これは『ジャックスの世界』(東芝・1968年9月)でデビューしたジャックスの第2作で解散アルバム『ジャックスの奇蹟』(東芝・1969年10月)と表裏一体をなすアルバムで、ジャックスは早川義夫(1974-)のバンドでしたが、ジャックスのローディー高橋照幸(1948-2016)がヴォーカル・ギター・作詞作曲でジャックスのメンバーをバックに早川義夫のプロデュースでインディーのURCからリリースしたのがプロジェクト・バンドの「休みの国」でした。ジャックスのような暗さや狂気ではなくユーモアや哀愁があって、ヴェルヴェットとパールズの対比を思い出させるものです。

 高橋照幸も晩年までマイペースな音楽活動をしていたヒッピー・シンガーでしたが、パールズも次作『バラクラヴァ(Balaklava)』(1968年11月)でほぼラップのワン・マン・プロジェクト化した後、メジャーのリプリーズ(フランク・シナトラのレーベルです)に移籍しパールズ名義のアルバムをさらに4枚発表します。ESPからの2作の好評価だけでよくもまあパールズのような存在がそれだけ続いたものですが、さらにトム・ラップは1976年までにソロ名義で3枚のアルバムを残します。20代で9枚のアルバムを残してソロ時代にはピンク・フロイドの前座に立ったこともあり、1976年にパティ・スミスとの競演ステージを最後に音楽活動から引退しました。その後は映画館や劇場の受付係や映写技師の職に就いていましたが、90年代からは再び癌で逝去する晩年までマイペースの音楽活動を続けました。
 トム・ラップのアルバムはリプリーズからの作品も以降のソロも、基本的にはパールズのデビュー作の作風と変わりはありません。ただスタジオ・ミュージシャンを起用するようになった分サウンドの奇天烈さが薄れ、ラップのヴォーカルや曲からも幻想的な陶酔感が希薄になったとは言えます。それを言うならソロ名義以降のルー・リードもそうですし、瑞々しいアマチュア性からデビューしたアーティストが場数を踏めば練れてくるのは自然の成り行きでしょう。ラップは20歳で『ワン・ネーション・アンダーグラウンド』を残し、これはアメリカのロックでは60年代を代表するアシッド・フォーク・ロックの佳作として記憶されています。『休みの国』はパールズより良いと思いますが、どちらがと言われればどちらも良いわけで、すでにこれらはリリースから半世紀経って遺産となっているアルバムです。『ワン・ネーション~』の裏ジャケットには「Another Time」「Drop Out !」「Morning Song」の3曲だけの歌詞が掲載されています。次作『バラクラヴァ』は今度はブリューゲルの「死の勝利」をジャケットに、ヴェトナム戦争クリミア戦争に喩えた反戦歌のコンセプト・アルバムですが、傑出した曲がない代わりサウンドの統一と完成度は高まっており、本作と対をなす好作です。トム・ラップも今は故人かと思うとESPからの2作は格別の感慨を抱かせるものです。

Pearls Before Swine - Balaklava (ESP-Disk ESSP 1075, Nov.1968) Full Album : https://youtu.be/RXj2dQcaQ_I

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本気を出したウサミミ仮面 Usamimi Rising !

本気を出したウサミミ仮面 : https://youtu.be/GQW3PI8CpoI

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 初登場時は不承不承だったウサミミ仮面ですが(…もともと刑罰だったのです→ウサミミ仮面初登場映像 : https://youtu.be/esoZU6LigzA )、この時ばかりは本気を出したばかりに以降も本気モードの登場が見られるようになりました。知ってる人は忘れられない、知らない人は全然知らないウサミミ仮面について気になる方は過去記事をご覧ください。

ルー・リード Lou Reed - メタル・マシン・ミュージック Metal Machine Music (RCA, 1975)

ルー・リード Lou Reed - メタル・マシン・ミュージック「無限大の幻覚」 Metal Machine Music (The Amine β Ring) (RCA, 1975) Full Album : https://youtu.be/PB1cEyy0fKs

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Recorded at Lou Reed's home studio, 1975
Originally Released by RCA Records CPDL-1101, July, 1975
Composed, Performed, and Produced by Lou Reed
(Side A)
A1. Metal Machine Music A-1. - 16:01
(Side B)
B1. Metal Machine Music A-2. - 16:01
(Side C)
C1. Metal Machine Music A-3. - 16:01
(Side D)
D1. Metal Machine Music A-4. - 16:01 or ∞
[ Personnel ]
Lou Reed - elctric guitar, keyboards, vocal

(Original RCA "Metal Machine Music" LP Front/Liner Cover & Side A Label)

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 ヴェルヴェット・アンダーグラウンド脱退後のルー・リード(1942-2013)は晩年まで30作あまりのアルバムを残しましたが、スタジオ録音アルバムの遺作となったメタリカとの共作名義の『Lulu』2011はメタリカのファンの不評を買い、メタリカのアルバムとしては評価・セールスともに最低を記録しました。しかし同作はテーマの上ではルー・リードのソロ3作目の名盤『Berlin』1973の続編であり、サウンド面ではソロ7作目となった本作『メタル・マシン・ミュージック』を継ぐものでした。本作までのルー・リードは順調にソロ・キャリアを築いており、ソロ・アルバム第1作『Lou Reed』1972.6(全米189位)、第2作『Transformer』1972.11(全米29位・全英13位・フランス1位)、第3作『Berlin』1973.7(全米98位・全英7位・フランス13位)、第4作『Rock 'n' Roll Animal』1974.2(全米45位・全英26位)、第5作『Sally Can't Dance』1974.8(全米10位・全英44位・フランス50位)、第6作『Lou Reed Live』1975.3(全米62位・フランス17位)と中堅アーティストの座を築いており、特にデイヴィッド・ボウイがプロデュースした『Transformer』からのシングル曲「Walk on the Wild Side」はヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代と変わらずゲイとジャンキーの世界を歌った歌詞にもかかわらず全米16位・全英10位の異色のヒット曲になり、アルバムもイタリア、フランスでゴールド・ディスク、イギリスでプラチナ・ディスクを獲得しています。時流に乗ったルー・リードが初の2枚組LPとして発表したのが完全なソロ・ギター・アルバムの本作であり、ライヴ盤と見まがうジャケットに2枚組LP64分フィードバック・ギターの轟音が続く本作はまったく世評から無視されました。次作『Coney Island Baby』1975.12は全米41位・全英52位・フランス12位と安定した支持を集めましたが、A面からD面まで16分1秒、D面はエンドレス・カッティング、しかもアルバムのスリーヴには録音データとして、
「SPECIFICATIONS
Sony 1/2 track
Uher 1/4 track
Pioneer 1/4 track
5 piggyback Marshall Tube Amps in series
Arbiter distortion (Jimi's)
Marantz Preamps
Marantz Amps
Altec Voice of America Monitor Speakers
Sennheiser Headphones
Drone cognizance and harmonic possibilities vis a vis Lamont Young's Dream Music
Rock orientation, melodically disguised, i.e. drag
Avoidance of any type of atonality.
Electro-Voice high filter microphones
Fender Tremolo Unit
Sunn Tremolo Unit
Ring Modulator/Octave Relay Jump
Fender Dual Showman Bass Amp with Reverb Unit (Pre-Columbia) white
No Synthesizers
No Arp
No Instruments?

  • 10 db + 57db
  • 20 hz--+30,000 hz
  • 12 kz--+28,000 kz

Distortion 0.02 bass and treble ceilings
Combinations and Permutations built upon constant harmonic Density Increase and Melodic Distractions.
STRICT STEREO SEPARATION
No panning
No phasing
No」
 とだけ記された本作は発表当時、ルー・リードからの悪い冗談とかたづけられていたのです。

 本作はルー・リードの意図通り一見すると完全な反ロックのノイズ・ミュージック作品でしょう。それでも全米では初回プレス10万枚が最大手メジャーのRCAレコーズから発売されたのは驚愕すべきことで、現代音楽のレコードではなくポピュラー音楽として発売されたのです。ルー・リードはのちの3CDボックスセット『Between Thought and Expression: The Lou Reed Anthology』1993に本作を1分32秒だけ抜粋収録したりしましたが、2002年からはトリオ編成でライヴ演奏するようになり、ライヴでは1時間半~4時間以上におよぶ「Metal Machine Music」を披露しました。メタリカとの『Lulu』はその延長線上にあったわけです。
 発表当時ほどの無視や不評ではないにしても、本作は今なお極端に毀誉褒貶が分かれるアルバムで、実験的エレクトリック・ギター・アルバムの極致という絶賛も賛否両論を前提にした上での再評価であり、今さら本作をロックやポピュラー音楽の基準で測る必要はないでしょう。演った者勝ち、やり逃げという感は否めませんが、本作はすっとぼけたジャケット、録音データも合わせてアンディ・ウォホール門下生ルー・リードの究極のポップ・アート作品です。またジャンルを問わずミュージシャンなら一度はこういうアルバムを作ってみたくなるものではないでしょうか。それにはルー・リードほどの音楽的実績がないと不可能でもあり、またこれしかできないミュージシャンには世間は見向きもしないのです。

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by ホンダアクセス

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - ホワイト・ライト / ホワイト・ヒート White Light / White Heat (Verve, 1968)

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド The Velvet Underground - ホワイト・ライト / ホワイト・ヒート White Light / White Heat (Verve, 1968) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLaVHibd49QFIsKywss9Jh0rati5skWEYD

(Reissued UK MGM Records "White Light / White Heat" LP Front Cover)
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Recorded at Scepter Studios, Manhattan, September 1967
Originally Released by Verve Records V6-5046 (US), MGM Records SVLP 9201 (UK), January 30, 1968
Produced by Tom Wilson
All Songs by Lou Reed except as noted.
(Side 1)
A1. White Light / White Heat - 2:47
A2. The Gift (Reed, Sterling Morrison, John Cale, Maureen Tucker) - 8:18
A3. Lady Godiva's Operation - 4:56
A4. Here She Comes Now (Reed, Morrison, Cale) - 2:04
(Side 2)
B1. I Heard Her Call My Name - 4:38
B2. Sister Ray (Reed, Morrison, Cale) - 17:28
Cf.1. Sister Ray (Apr.20, 1967) : https://youtu.be/pf6wmcqUjV4 - 19:05
Cf.2. Sweet Sister Ray (Apr.30, 1968) : https://youtu.be/MFaOyQbDTKs - 39:25
Cf.3. Sister Ray (alternate "Legendary Guitar Amp Tapes" version, live in Mar.13, 1969) : https://youtu.be/VEM1wayCOjI - 25:55

[ The Velvet Underground ]

Lou Reed - lead vocals, backing vocals, lead guitar, ostrich guitar
John Cale - electric viola, piano, bass, celesta, hissing
Sterling Morrison - rhythm guitar, lead guitar, bass guitar, backing vocals
Maureen Tucker - drums, percussion

(Original US MGM Records "White Light / White Heat" LP Front Cover)

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 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル・スタジオ・アルバム全4作中の極め付き。時代を問わずロック史上もっとも過激な一作。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル・スタジオ・アルバムは、リーダーでソングライター、ヴォーカル、リードギタールー・リード在籍時に、
1. The Velvet Underground & Nico (Verve, 1967.3)
2. White Light / White Heat (Verve, 1968.3)
3. The Velvet Underground (MGM, 1969.3)
4. Loaded (Cotillion, 1970.9)→Loaded (Fully Loaded Edition) (Rhino, 1997, 2CD)
 があります。1はオリジナル・メンバーの4人にゲスト・シンガーの女優ニコが全11曲中4曲に加わったもの。2が本作で、バンドは次作のためのデモテープ録音を2のリリース直後から始めていますが(のち8, 9に収録)、1968年9月にオリジナル・メンバーでリードとともにバンドの双頭リーダーだったジョン・ケイルが脱退し後任にダグ・ユールが加入、ライヴ活動が増加しダグ・ユール、モーリン・タッカーのリード・ヴォーカル曲も含む3をヴァーヴ・レコーズの親会社MGMから発表しますが、アルバム・チャート171位の1、199位の2よりもさらに成績は悪くチャートインしませんでした。ユールの声質はリードと似ており、変声期前のリードが歌っているような雰囲気になっています。バンドはMGMからの次作のためにデモテープ録音を続けますが(のち8, 9に収録)、半ばMGMからクビ、半ば強引なマネジメントの画策でアトランティック・レコーズ傘下のコティリオンに移籍、制作された4の発売月の前月にルー・リードは脱退してケイル同様ソロ・アーティストに転向します。4はチャート202位とトップ200には入りませんでしたが、ロングセラーを続けるヒット・アルバムになり、1997年には別テイクや未発表曲を追加収録した増補版2CDエディションも好評を博しました。

5. Live at the Max's Kansas City (Cotillion, 1972.5)→Live at the Max's Kansas City (Expanded Edition) (Rhino/Atlantic, 2004, 2CD)
6. Squeeze (Polydor UK, 1973.2)
7. The Velvet Underground Live : 1969 (Mercury, 1974.9, 2LP)
 リーダーのリードが脱退してもマネジメントと残りのメンバーの意向でバンドはダグ・ユールを新たなリーダー兼リード・ヴォーカルとし、メンバーを補充してライブを1973年5月まで続けます。オリジナル・メンバーのスターリング・モリソン、モーリン・タッカーもこの間順次脱退していき、最後にはダグ・ユール一人に後任メンバーばかりという状態でしたが、ライヴの仕事や新作制作の企画はありました。コティリオンからは契約満了のためルー・リード最後のヴェルヴェット・アンダーグラウンドでのステージになった公演(1970年8月)を関係者が録音していた音源が5になり、同アルバムは2004年には7曲を増補した2CD版も発売されています。ヨーロッパ・ツアー終了後にダグ・ユールのみが現地セッションマンと制作した新作スタジオ・アルバムがロンドン録音の6になりました。またルー・リードのソロ・アーティスト活動のブレイクを受けてマネジメントの財政難のために1969年10月のダラス、11月のサンフランシスコでクラブ・オーナーが録音していた音源から7が編まれて好評を博しましたが、前年1973年にダグ・ユールのヴェルヴェットも自然消滅していながら正式な解散声明はなかったので、一応7がリリースされ解散が確認された1974年までがヴェルヴェットの歴史と見なせます。デビュー・アルバム1が初めて日本盤で発売されたのも1974年です。

8. V.U. (Verve Polygram, 1985.2)
9. Another View (Verve Polygram, 1986.9)
 '70年代後半のパンク・ロック発生以降ヴェルヴェットは元祖パンクとして再評価が進み、1, 4, 5, 7以外は廃盤になっていたアルバムも全作品(ダグ・ユール一人の6を除く)が再発売されて定番のロングセラー・アルバムになり、そこで発掘発売された未発表スタジオ録音曲集が8と9の2枚になります。ルー・リードのソロ・デビュー・アルバムや発掘ライヴの7に含まれていた曲がもともと2に続く未発表デモテープ、3に続く未発表デモテープでスタジオ録音されていたことがこれで明らかになるとともに、これで2枚のスタジオ録音アルバムが増えたわけです。音源発掘は近年まで続き、4のほぼ全曲分のデモテープ、2から4に渡る時期にまだあった未発表スタジオ録音曲がボックス・セットや再発盤のボーナス・ディスクで発表されましたが、アルバム単位としては8, 9で主要な未発表曲は網羅されており、準オリジナル・アルバムとされています。

10. Live MCMXCIII (Warner Brothers, 1993.11, 2LP)
11. What Goes On (Raven, 1993, 3CD Box set)
12. Peel Slowly and See (Polydor, 1993.9, 5CD Box set)
13. Final V.U. 1971-1973 (Captain Trip, 2001.August, 4CD Box set)
14. The Quine Tapes (Polydor, 2001.10, 3CD Box set)
 さらにバンドはジョン・ケイル在籍時(1, 2)のオリジナル・メンバー4人(ニコは1988年他界、ダグ・ユールは誘われず)で期間限定の再結成ヨーロッパ・ツアーを行い、2枚組のライヴ・アルバムとライヴ・ヴィデオを残しました。スターリング・モリソンは1995年逝去、ルー・リードは2013年逝去したのでオリジナル・メンバーによる再結成は不可能ですが、2017年にはジョン・ケイルが「1967/2017」と名銘ってヴェルヴェットをリスペクトする多数のバンドとデビュー・アルバム全曲プラス代表曲を演奏するフェスティヴァルが開催されました。『The Velvet Underground & Nico』は全曲カヴァーのトリビュート・アルバムも数種類があり、自宅録音によるアップロードもYou Tubeなどに増え続け、半数以上の曲がロック・スタンダードとなり、カヴァー頻度の少ない曲でも十分なほど浸透していますから、ケイル健在中にこうした非商業的な企画があるのも納得いくものでしょう。ケイルの担当楽器はエレクトリック・ヴィオラ、ベース、ピアノ、オルガンと各種エフェクトで、初期2作のアルバムの実験的なサウンドの要となった人です。後任のダグ・ユールはベース以外にもケイルがエレクトリック・ヴィオラ、ピアノ、オルガンで担当していたパートをオルガンで補っていましたが、ケイルのノイジーで強迫的な演奏はエレクトリック・ヴィオラとケイル独自の工夫でディストーションをかけたピアノとオルガンならではのもので、特に音色の工夫がないユールのオルガンでは同じ音列を弾いても平坦になるのは免れませんでした。女性ドラマーのモーリン・タッカーはヴェルヴェットのリンゴ・スターに当たる存在でしたからヴェルヴェットの曲の再演も許されるとしても、オリジナル・メンバーでもなく1993年の再結成に呼ばれなかったダグ・ユールがバンド在籍時の実績があっても、今後ヴェルヴェット・アンダーグラウンド名義で活動するのは無理でしょう。またルー・リード在籍時のアルバム1-4, 8, 9からほとんどの曲を収録したボックスセット11(3CD)がオーストラリアのインディーズから発売され、さらにポリドールから1995年秋のロックの殿堂入りに合わせて発売されたルー・リード在籍時の全アルバムにアルバム3枚分以上の未発表ミックス、未発表テイクを集大成して発売された決定版全集12(5CD)は大好評を博し、現在までロングセラーを続けています。ヴェルヴェット・アンダーグラウンド名義でなくV.U.名義の13はルー・リード脱退後のダグ・ユール時代のヴェルヴェット・アンダーグラウンド1971年~1973年のライヴを4コンサート分集成した日本のインディー・レーベルによる公式リリースの力作で、売れ行きは芳しくなかったらしく通販サイトで75%オフまで値引きされるも今だに完売していないようです。14はのちにニューヨークのパンク・シーンで活躍しルー・リードのバンドメンバーも勤めたギタリストのロバート・クワインが熱烈なヴェルヴェットのファン時代にライヴを追っかけて客席録音したライヴ・テープから1969年末の録音をまとめたもので、劣悪音質ながら発売時には『Live : 1969』以上の臨場感と話題になったものです。

 リード脱退後リード・ヴォーカルとギターに回ったユールは残されたライヴ音源を聴くと予想以上の健闘でバンドを引っ張っていますが、ヴェルヴェットとはまずデビュー・アルバムのオリジナル・メンバー4人のバンドであるというのが後世の見解であるからには補欠メンバーと見なされるのもやむを得ないところです。『Final V.U.』以外のボックスセットはいずれもルー・リード在籍時までに収録範囲が限定されており、オリジナル・アルバム4作は2012年から未発表曲・未発表テイク・同時期の未発表ライヴを追加した「45周年エディション」ボックスセットとして発売されました。

15. The Velvet Underground & Nico 45th Anniversary (Polydor, 2012.10, 6CD Box set)
16. White Light/White Heat 45th Anniversary (Polydor, 2013.12, 3CD Box set)
17. The Velvet Underground 45th Anniversary (Polydor, 2014.11, 6CD Box set)
18. Loaded 45th Anniversary (Rhino/Atlantic, 2015.10, 5CD Box set)
19. The Complete Matrix Tapes (Polydor/Universal, 2015.11, 4CD Box set)
 45周年エディションへの収録によって発掘盤未発表曲集『V.U.』『Another View』収録曲の位置づけも明瞭になりましたがデモ録音、未発表曲などはさすがにマニア向けのおもむきがあり、普通のリスナーはオリジナル・アルバム1~4と未発表曲集『V.U.』『Another View』か、大量の未発表テイク、未発表ライヴを収めた決定版ボックスセット『Peel Slowly and See』で満喫できると思いますが、45周年エディションの『The Velvet Underground』編纂時に『Live : 1969』の元になった大量のライヴテープが保存状態も良好かつ公式盤級の最上音質で発掘されました。1969年11月26日・27日にジェファーソン・エアプレインのリーダー、マーティ・ベイリンがオーナーだったサンフランシスコのクラブ「マトリックス」に出演した時の全4セットの完全録音で、発表目的ではなくクラブ側が記録用にライン録音していたものですが、最新録音と聴き違えるようなヴェルヴェット・アンダーグラウンド史上かつてなかった最上級の高音質録音で演奏・ミックスも良く、45周年エディションに抜粋収録されたのちすぐCD4枚組、42曲、285分にもおよぶ完全版が発売されました。同時期の収録、セットリストもほぼ重複しているためこの新発掘盤の登場で既発表の劣悪な客席録音盤『The Quine Tapes』は録音者ロバート・クワインの熱意だけが取り柄のマニア向けアイテムと化しました。このライヴ盤ボックスもまた、内容の充実から準オリジナル・アルバムに数えていい逸品です。

 長々とヴェルヴェット・アンダーグラウンドの基本的なアルバム発表歴を追ってきましたが、その中にあって本作『ホワイト・ライト / ホワイト・ヒート』(「White Light / White Heat」はオーネット・コールマンのアルバム『Free Jazz』1961のジャケットにも使われたジャクソン・ポロックのアクション・ペインティング作品のタイトルです)はデビュー・アルバムと並んで、またはデビュー・アルバム以上に強烈な、今なおリスナーの賛否両論を呼ぶ問題作であり、ヴェルヴェットのアルバム中もっとも過激で攻撃的かつショッキングな破壊的サウンドで満たされたアルバムです。

(Original US Verve Records "White Light / White Heat" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 音楽性には何も指示しないプロデューサーだったトム・ウィルソンが全曲のプロデュースを勤めた本作はアルバムの全曲がハイライトと言えますが、特にデイヴィッド・ボウイが『ジギー・スターダスト』1972期にステージ・カヴァーしたアルバム・タイトル曲、乱交パーティーを歌った17分以上にもおよぶB2「Sister Ray」はヴェルヴェット究極の代表曲で、参考にジョン・ケイル在籍時のライヴ音源のCf.1、Cf.2と、ダグ・ユールへのメンバー・チェンジ後のCf.3の3種類のライヴ・テイクのリンクを上げました。「Sister Ray」が早くも1967年4月にはライヴ演奏されていたと確認できるのがCf.1で、ジョン・ケイルはオルガンではなくベースを弾いていますが、同年9月にアルバム2のセッションで録音される基本的アレンジはその時点で完成されています。ノイジーな長いインプロヴィゼーションから後半は完全に無調になり拍節も消滅して一定のBPMが続き、やがてBPMも崩壊する演奏パターンです。アルバム・テイク録音から半年経過、アルバム発売から3か月経過したCf.2では「Sweet Sister Ray」ヴァージョンという通称がある通りケイル在籍中ではありますが大胆にBPMを落としたアレンジに改変されており、かえってアルバム・テイクに近いのはケイルが辞めてダグ・ユールに変わったCf.3のヴァージョンです。ユールへの交代後しばらくは演り慣れてもおりレコードで復習もできるアルバム・テイクのアレンジの方が演りやすかったのでしょう。ユール加入後1年経った1969年10月には再び「Sweet Sister Ray」アレンジの演奏がされますが、この曲に関してはケイル在籍時に主にケイルのアイディアでアレンジされたものと思われます。B1「I Heard Her Call My Name」はルー・リードの発狂したようなギター・ソロが聴けますが、「Sister Ray」の3種類のライヴ音源の音質も当時の客席録音としては最上級のレベルです。臨場感の点でも客席で聴くヴェルヴェットのライヴのサウンドはこんなものだったでしょう。デジタル録音以後の解析度の高いサウンドではなく、全体がダマになったようなアナログなサウンド、写真で言えばフィルム撮影時代の質感です。この音の悪さは正規のオリジナル・スタジオ・アルバムでも言えるのがヴェルヴェットの特異な点で、アルバム2と3が長く廃盤時代が続いたのも音質の劣悪さによるものと考えられ、また日本盤発売も1982年にようやく実現したので、イギリス盤再発盤の方がアメリカ盤より遅れて廃盤になったため日本では1と4は国内盤で入手できるものの2と3を買うには長い間プレミアつきのイギリス盤再発盤を輸入盤店に探すしかなかったのが思い出されます。イギリス盤のかっこいいアブストラクトな軍隊ジャケット(ブラック・サバスの『Paranoid』みたいでもありますが)がオリジナルだと思っていたら、日本盤発売はアメリカ盤オリジナル通りの真っ黒なジャケット(実は左下に薄く頭蓋骨の絵が描かれたヘルメットのシルエットが隠れている)だったのでしばらく違和感があったという方も多いでしょう。
 このアルバムはCDによるアップロード音源でもほとんどの人がひどい音質と感じると思いますが、モコモコしてひどい、という感じではないでしょうか。実際のアルバムの音質はこれどころではありません。モコモコしている上ザラザラしていて、ヴォーカルとコーラスとバンドの各楽器のバランスがバラバラにせり出してくる無茶苦茶なミックスがされています。リードもケイルも本作のサウンドの仕上がりに不満を洩らしていますが、この雑音の爆音でしかないロックンロールがヴェルヴェットを不朽のバンドたらしめたのです。ヴェルヴェットのデビュー作は1967年3月(録音1966年11月)、本作は1968年1月(録音1967年9月)発売ですが、この間にロックのアルバムの録音技術に革新的な役割を果たしたのが1967年6月発売(録音1966年12月~1967年4月)のビートルズ『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』でした。次いで1967年11月発売のクリームの『Disraeli Gears』(『カラフル・クリーム』録音1967年5月)が決定的な録音技術革新を成し遂げます。『Sgt. Pepper's~』と『Disraeli Gears』の影響はドアーズの第1作~第3作『The Doors』1967.1、『Strange Days』1967.12、『Waiting For The Sun』1968.9、ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの第1作~第3作『Are You Experienced ?』1967.5、『Axis: Bold As Love』1967.11、『Electric Lady Land』1968.10の録音・ミックスの変遷を辿るとはっきりわかります。セッション・ミュージシャンを大量に使った変則編成で万華鏡のようなサウンドを生んだビートルズの『Sgt. Pepper's~』だけでは定着せず、フェリックス・パパラルディの画期的なサウンド・プロデュースによるクリームの『Disraeli Gears』を経てようやく今日につながる標準的なロックの録音技術とサウンド・バランスの基本的なミックスが根づいた、と言えるでしょう。ところがヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバムはデビュー作(1967.3)でも基本的にプリミティヴだったものが『Sgt. Pepper's~』後の第2作(1968.1)ではドアーズの第2作(1967.12)の洗練とは反対に極端にいびつなものになり、メジャー・レーベル作品のロックがほぼビートルズやクリームの革新を消化していた第3作(1969.3)でも初回プレスのルー・リード自身によるミックス(通称「Closet Mix」)が問題視されて途中でレコード会社専属エンジニアによるリミックスに差し替えられる、などまったく時流を考慮しないサウンドになっています。本作のA3は明らかに電圧不良によるミスで途中でピッチが下がってしまいますが平気でそのまま収録していますし、リード自身のミックスかリード本人が主張するように「レコード会社が勝手に仕上げた」という第4作(1970.9)ではアルバム冒頭の曲から演奏中にメンバーが咳払いする音がそのまま混入しています。ヴェルヴェット自体の演奏は確かに古くさいロック・バンドと感じさせるバタバタしたロックなのですが、アンサンブルの整合感を目指さずただただ直進的に進んでいくだけのビート感覚、耳ざわりの良いポップスとはまったく無関係なノイジーな爆音(または感覚の麻痺したような単調なサウンド)、それらの要素を持ったアヴァンギャルドを指向したバンドはヴェルヴェットと同時代のインディー・レーベル系のアルバムでもかなりの数のグループが確認できるとはいえ、ヴェルヴェットの強みはアヴァンギャルドな試みがルー・リードの優れてポップ性に富んだオリジナル曲を使って行われている点で頭抜けている点です。それがヴェルヴェットをニューヨークのアンダーグラウンド・ロックのライヴァルだったホリー・モーダル・ラウンダースやパールズ・ビフォア・スワイン、ファッグスやゴッズやクロマニヨンと運命を分けて未来へ届く音楽になりました。ラウンダースやパールズも良いバンドなのですが(ゴッズやクロマニヨンは最初からノイズのみを指向していました)、ヴェルヴェットのように「こういうバンドを組んでみたい」と誘い込む因子は弱いのです。ヴェルヴェットのデビュー作と第2作の本作はボストンやニューヨークではモダン・ラヴァーズやテレヴィジョン、スーサイドやトーキング・ヘッズ、ザ・カーズを生み、ロンドンではロキシー・ミュージックやデイヴィッド・ボウイ、コックニー・レベルらのフォロワーを生むことになりました。ジョイ・ディヴィジョンは本作のB2をカヴァーし、キャバレー・ヴォルテールニルヴァーナは本作のA4をカヴァーしています。ヴェルヴェットの調子外れなサウンドはニューヨーク流のヒップ感覚でしたが結果的に時流に外れた音楽だったのが幸と出たので、異端なものが主流に合流した後では判りづらくなってしまいますが、この明快な邪道さがあってこそ広い浸透力を持ち得たとも言えます。デビュー時のビートルズは雑音と呼ばれましたがヴェルヴェットは今なお雑音に聴こえるので、あるのは優劣ではなくポピュラリティの次元の差だけでしょう。これは長く聴くに耐える音楽です。

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ The Velvet Underground & Nico - The Velvet Underground & Nico (Verve, 1967)

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ The Velvet Underground & Nico - The Velvet Underground & Nico (Verve, 1967) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLBkPWPmDlcDFTYkPNfes6HiKyZLPA242u

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All Songs written by Lou Reed expect A1&B4 written by Lou Reed & John Cale, B5 written by Reed, Cale, Morrison & Tucker
(Side 1)
A1. 日曜の朝 Sunday Morning - 2:56
A2. 僕は待ち人 I'm Waiting For The Man - 4:39
A3. 宿命の女 Femme Fatale - 2:38
A4. 毛皮のヴィーナス Venus in Furs - 5:12
A5. ラン・ラン・ラン Run Run Run - 4:22
A6. オール・トゥモロウズ・パーティーズ All Tomorrow's Parties - 6:00
(Side 2)
B1. ヘロイン Heroin - 7:12
B2. もう一度彼女が行くところ There She Goes Again - 2:41
B3. ユア・ミラー I'll Be Your Mirror - 2:14
B4. 黒い天使の死の歌 The Black Angel's Death Song - 3:11
B5. ヨーロピアン・サン European Son - 7:46
Recorded in March to April & November, 1966
Originally Released by Verve Records V/V6-5008 in March 12, 1967
Produced by Andy Warhol expect A1 Produced by Tom Wilson

[ The Velvet Underground & Nico ]

Personnel on the original album:
John Cale - electric viola (A1, A4, A6, B1, B4), piano (A1, A2, A3, A6), bass guitar (A2, A3, A5, B2, B4, B5), celesta (A1), hissing (B5)
Sterling Morrison - rhythm guitar (A2, A5, B1-B3), lead guitar (A3, B5), bass guitar (A1, A4, A6), backing vocals (A3, A5, B2)
Nico - vocals (A3, A6, B3), backing vocals (A1)
Lou Reed - lead vocals (A1, A2, A4, A5, B1, B2, B4, B5), backing vocals (A3), lead guitar (A1-5, B1-5), ostrich guitar (A4, A6)
Maureen Tucker - percussion (A1, A3, B1, B2 B4, B5), drums (A2, A5), snare drum (A3), tambourine (A2-A4, A6, B3), bass drum (A4, A6)

(Original Verve Records "The Velvet Underground & Nico" LP Liner Cover, Gatefold Cover & Side 1 Label)

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 このブログに数年前に書いた記事ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドを主に1968年末~1969年末のライヴ音源でご紹介しましたが、当時はYouTubeでご紹介できるのがほとんどバンド後期のライヴ音源しかなかったのでそうなったわけです。それもいいのですが、ヴェルヴェットというとやはり最重要作はオリジナル・メンバーのジョン・ケイルがいて、ゲスト・シンガーの女優ニコがいたアンディ・ウォホールのお抱えバンド時代のデビュー・アルバム『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ』Velvet Underground & Nico (Verve, 1967.3)でしょう。しかしヴェルヴェット・アンダーグラウンドの全公式音源は現在世界最大手のユニヴァーサル・ミュージック・グループが版権を握っており、私家録音のライヴ音源やプライヴェート音源のうち良質なものは2012年~2015年に発売されたオリジナル・アルバム発売45周年記念デラックス・エディションのボーナス・ディスクに収録して公式音源化してしまい、わずかなサンプル音源を除いてインターネット・サイト上のアップロードには片っ端からロックしていました。同じ元ポリドール系列ではムーディー・ブルースなども同様で、これらはロックの古典的作品ですし、LP時代と違ってCDは物価指数の割安な商品ですし、You Tubeなどで手軽に試聴できる方が商売上手なのではないかと思います。
 そういうわけで'60年代ロックの古典中の古典であるヴェルヴェットの公式スタジオ・アルバム4作は長らくサイト上で試聴できなかったのですが、幸いヴェルヴェットには公式商品化はきびしい音質のものが活動期間の少なさと当時全然売れなかったバンドには珍しく裏流通しており、ただしそれらの大半はマネジメントの交替に伴いジョン・ケイルが脱退して後期メンバーのダグ・ユールが加入して公演回数が増加した1968年末以降のものであり、マルチ・プレイヤーだったケイルに対してユールの担当楽器はベースかオルガンで、またリーダーのルー・リードの嗜好の変化もあってケイル在籍時の2枚のアルバムの楽曲もユール加入後の第3作以降のアルバムの楽曲アレンジと近いものに変わっています。以前ご紹介したライヴ音源がそれに当たります。日本でヴェルヴェット・アンダーグラウンドに相当する突然変異的な'60年代バンドにはジャックスが上げられますが、ジャックスもデビュー・アルバム発売(1968年9月)直前にリード・ギターの水橋春夫が脱退、角田ヒロが加入しセカンド・アルバム(1969年10月発売)を製作途中でリーダーの早川義夫も脱退してしまいアルバム半数の曲はゲスト(辞めた水橋も含む)を迎えて残りのメンバーで仕上げる、という具合にルー・リードが脱退(1970年8月)後にダグ・ユールのバンドになったヴェルヴェットと似た経緯をたどります。ジャックスのライヴ音源も大半が後期メンバーでのもので、ヴェルヴェットほどではありませんがオリジナル・メンバー時代とはアレンジを変えたものです。以前はひと苦労して、わずかなスタジオ・ヴァージョンに加えてデビュー・アルバム製作前後のジョン・ケイル在籍時のデビュー・アルバムのアレンジが聴ける1966年のライヴとリハーサル音源でアルバム『Velvet Underground & Nico』の全曲を試聴できるよう揃え、アルバム未収録曲のデモ音源3曲をオマケにつけました。それら3曲は未だに正規CD化されていないものです。そして今やようやくパブリック・ドメイン音源となってYouTubeでもオリジナル・アルバム通りの11曲が聴ける時代になりました。

 ヴェルヴェット・アンダーグラウンドは1993年にオリジナル・メンバーの4人で(ニコは1988年に逝去していました)期間限定で再結成しましたがスタジオ録音アルバムは作らず、すでにメンバー各自のソロ・キャリアの方が長く、またレパートリーの半数がケイル脱退後の楽曲なので'60年代の前期ヴェルヴェットとも後期ヴェルヴェットともかなり異なる音楽性のライヴ・バンドになっていました。デビュー・アルバム当時24歳前後だったメンバーたちも50歳を迎えていましたから演奏の質感が違っていても当然です。やはり'90年代にソロ・アーティストとしてカムバックした早川義夫のコンサートで新曲とジャックス時代の曲の新アレンジが居心地悪く同居していたのと同様でした。ジョン・ケイル時代の'60年代のライヴ音源は音質良好な1966年11月のクリーヴランドでのライヴと1967年4月のニューヨークでのライヴがデビュー・アルバムの45周年記念版とセカンド・アルバムの45周年記念版のボーナス・ディスクに各々収録されましたが、これらもユニヴァーサルからロックされていました。そこで1曲1曲当たってようやくデビュー・アルバム収録曲全曲分を探し当てたのが前回のリンクだったのです。確かに商品化には耐えない貧弱な録音状態で、演奏もスタジオ・ヴァージョンには及ばない出来ですが1966年にこんな雑音みたいな実験的ロックを演っていた片鱗はお伝えできたのではないかと思います。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのアルバム(CD)は買ったはいいが持て余して中古ショップに売ってしまう人が多く、中古店や通販サイトで捨て値で購入できます。スタジオ・アルバムを聴き較べればそれらのライヴ音源は非常に面白く聴ける内容のものです。スリーヴ画像の通りヴェルヴェットはジャズ・レーベルのヴァーヴからデビューしましたが当時まったく売れなかったにも関わらず、今やヴァーヴのアーカイヴ・カタログではジャンルを超えてもっとも売れるロングセラー・アーティストになっているのは皮肉なことです。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドフランク・ザッパ&ザ・マザーズ・オブ・インヴェンジョンと並んでビーチ・ボーイズボブ・ディランザ・バーズ、ザ・ドアーズに匹敵するアメリカ'60年代の最大のバンドと評価が定まっており、アンダーグラウンド・シーンにおいてはラヴやザ・シーズ、ザ・13thフロア・エレベーターズをしのぎ「(1位をビートルズとして)'60年代のロック・バンド中世界第2の影響力を誇る存在」とまで強大な影響力を持ったカルト・バンドです。前衛的カルト・バンド、実験的ロック自体がフランク・ザッパとヴェルヴェットの2組によって確立されたと言ってもいいでしょう。
 アルバムからは先行シングルA6、B3が1966年7月に発売され(1966年3月~4月ハリウッド録音)、さらに1966年11月には残りの曲がニューヨークで録音されA1、A3が11月に先行発売されました。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドはアンディ・ウォホールをパトロンに、一種の際物的バンドとして売り出されたものの、唯一デビュー作の本作が全米チャート171位に一瞬入っただけで活動中はまったくレコード会社のプロモーションを得られず、名のみ高くしてほとんど商業的成功を収められなかったバンドでした。日本でもウォホールとの関連から美術畑で注目されていた程度で、日本盤の発売もルー・リード知名度が高まった1974年(当時デイヴィッド・ボウイがルー・リードのアルバムをプロデュースし、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの曲をステージ・カヴァーしていました)までお蔵入りされていたほどです。またバンドの音楽性は退廃と破滅を歌ったリアリズム指向から当時のサイケデリック・ロック以上に極端に前衛的かつ実験的で荒々しく悪夢的であり、当時流行だったサイケデリックユートピア的なヒッピー・ムーヴメントには批判的な立場を固持していたため異端視されていました。ザッパを除けばもっとも早くヴェルヴェットに関心を示したのはローリング・ストーンズで、アルバム『ベガーズ・バンケット』1968の数曲はヴェルヴェットのサウンドをヒントにしたとミック・ジャガーが認めています。ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが再評価され始めたのは脱退したルー・リードのソロ活動が軌道に乗り、またドイツやフランスらヨーロッパ諸国の実験的ロック、デイヴィッド・ボウイやロキシー・ミュージックらのグラム・ロック勢、ニューヨーク・パンク、さらにロンドン・パンク以降のポスト・パンク勢までがヴェルヴェットからの影響を公言し、ノイズ、ネオ・サイケ、ゴシック、グランジ、インダストリアルからオルタナティヴ・ロックにいたるバンドがことごとくヴェルヴェット・アンダーグラウンドをルーツに上げるようになってからでした。日本のロックでもパンク以降は言うまでもなくそれ以前からプロト・パンク的スタイルを持っていた裸のラリーズ村八分などはヴェルヴェットとの類似(裸のラリーズは『White Light / White Heat』からの影響を公言しています)によって語られるほどで、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのオリジナル曲ほぼ全曲に無数のカヴァー・ヴァージョンがあるほどです。本作が(発売が遅れたため半年後に一部再録音されたしたが)ストーンズの『Aftermath』、ビーチ・ボーイズの『Pet Sounds』、ディランの『Blonde On Blonde』、ザ・バーズの『Fifth Dimention』、ヤードバーズの『Roger The Engineer』、ビートルズの『Revolver』より早く完成されていたというのは驚くべきことで、オリジナル・アルバム4作『The Velvet Underground & Nico』1967、『White Light / White Heat』1968、『The Velvet Underground』1969、『Loaded』1970をご存知の方なら'70年代~現在にいたるこのバンドの影響力の大きさもすぐにわかります。そうであれば、何度となくヴェルヴェット・アンダーグラウンドについて煩瑣きわまりないご紹介記事を苦心して組んできた甲斐もあろうというものです。

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サン・ラ・ディスコグラフィー Sun Ra Discography

Sun Ra Arkestra - North Sea Jazz Festival 1979 : https://youtu.be/3ZwW3tw86SY

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Live at PWA ZAAL, Congresgebouw, Den Haag, Netherlands, July 15, 1979

(Tracklist)

00:06 - Space Is The Place
13:00 - Springtime Again
19:25 - The Sky Is A Sea Of Darkness When There Is No Sun
26:16 - They'll Come Back

 サン・ラ(1914-1993)は「土星生まれの宇宙人を自称し奇妙な"宇宙ジャズ"を主張する奇人ジャズマン」といまだに際物視されることもある大バンドリーダー兼作編曲家・ピアニストですが、その出自はデューク・エリントン楽団やカウント・ベイシー楽団に先立ってスタイルを確立し、ルイ・アームストロングコールマン・ホーキンスを輩出した「黒人ビッグ・バンドの父」フレッチャー・ヘンダーソン(1897-1952)晩年のヘンダーソン楽団の譜面係・アレンジャー・舞台/音楽監督からプロの音楽家キャリアを始めた、20世紀ジャズの歴史を体現していたジャズマンでした。50代半ばまではシカゴ~デトロイトの黒人音楽プロデューサーとしてあらゆるジャンルのポピュラー音楽をこなしていた背景もあります。サン・ラに天啓が訪れたのは自分自身のバンド「サン・ラ・アンド・ヒズ・アーケストラ(Arkestra=Ark+Orchestraの造語)」を立ち上げる構想を得た1952年で、それまで本名のハーマン・プール・ブラウントだったサン・ラは土星人の転生者と自称するようになり、正式に戸籍名をル・ソニー・ラ(Le Sony'r Ra)と改名し、略してサン・ラ(またはラー、古代エジプトの太陽神)を以降の生涯の芸名とします。
 アーケストラの創設メンバーは新進気鋭奏者のジョン・ギルモア(テナーサックス)、パット・パトリック(バリトンサックス)、マーシャル・アレン(アルトサックス)、ロニー・ボイキンス(ベース)らを起用しましたが、リーダーのサン・ラは1914年生まれと、40年代のビ・バップのジャズマンたちより少し年長なだけでした(ケニー・クラークと同年生まれ、ディジー・ガレスピーセロニアス・モンクは1917年生まれ、チャーリー・パーカー1920年生まれです)。ビ・バップのミュージシャンはモダン・ビッグバンド出身だったのにサン・ラは'20年代ジャズ~'30年代の古典的ジャズに基礎教養があったことが結果的には自身のバンドでのデビューを遅らせていましたが、'50年代半ばになってビ・バップ以降の若手メンバーを見いだし、42歳にしてようやく念願のバンドリーダーとしてデビューします。アルバム第1作『Jazz By Sun Ra』'57はハーヴァード大学法学科出身のインテリ黒人インディペンデント音楽プロデューサー、トム・ウィルソンの自主レーベル「Transition」から発売されたもので、トランジションは10数枚のアルバムをリリース後活動停止しましたがサン・ラ、セシル・テイラードナルド・バードらをデビューさせた功績は大きく、その後ウィルソンはニューヨークの独立プロデューサーになりサン・ラやセシル・テイラーのニューヨーク進出を後押ししたのちはフォーク/ロック畑に転じ、初期のボブ・ディランやサイモン&ガーファークル、アメリカ進出後のアニマルズ、さらにフランク・ザッパヴェルヴェット・アンダーグラウンドをデビューさせた人物です。サン・ラ・アンド・ヒズ・アーケストラは地元シカゴで人気を固めつつニューヨーク進出まで5年以上をかける一方、'50年代から'80年代まで自主レーベルの「サターン(Saturn)」での制作・流通・販売をすべてメンバーでこなしていましたから、サン・ラ・アーケストラのアルバムは制作と発売の時期が非常に錯綜しています。

 プロデューサーからアーティストに転身後のサン・ラは享年までの約40年に180作あまりのアルバムを制作しており、音楽的変遷は5期に分けてとらえるのが妥当でしょう。
●第1期-1956年~1961年・シカゴ時代(デビュー・アルバムからニューヨーク進出準備まで)=15作
●第2期-1961年~1969年・ニューヨーク潜伏時代(本拠地移転後60年代いっぱいのアルバム)=29作
●第3期-1970年~1976年・国際メジャー進出時代(ヨーロッパ進出、メジャー契約成功期)=53作
●第4期-1977年~1979年・国際メジャー定着時代(メインストリーム・ジャズ認知浸透期)=28作
●第5期-1980年~1993年・メインストリーム浸透~晩年期=57作(没後編集盤2作)
 音楽的には第1期を中型モダン・ビッグバンド~エキゾチック・ジャズ期、第2期を小編成のフリージャズ期、第3期をエレクトロニクス導入と大編成のフリージャズ・ビッグバンド期、第4期をソロから小編成~大編成、アコースティック・ジャズからエレクトロニクス・ジャズまで様々な編成で完成度を高めた時期と言え、80年代~享年に至る最後期の第5期は第1期~第4期までのあらゆる作風をアップ・トゥ・デイトした、もっとも円熟しきったサン・ラのジャズが聴けます。このブログでは5年前にサン・ラの全アルバムの約9割をご紹介しましたが、数の上でも膨大なだけに索引代わりに改めてサン・ラの全アルバムのディスコグラフィーをまとめ直してみました。サン・ラはここに上げたアーケストラ結成以前の未発表音源や各年代の発掘音源も毎年数枚ずつリリースされており、このディスコグラフィーもまだ数十枚を加えて改訂しなければならないと思われますが、サン・ラ没後も継承活動しているサン・ラ・アーケストラの公式サイトでのディスコグラフィー掲載アルバムはすべて網羅し、各種文献と手持ちのアルバムからまとめたのが以下のリストです。
 前記のサターン盤の自主制作事情から、メジャーのレコード会社作品ではあり得ないほどサン・ラのアルバムには正確な録音データが残っていないものも多く、中には意図的に録音・制作時期のサバを読んで発表されたアルバムもあるため、同年録音・制作とされるアルバムにも発表年の違いばかりかレコード番号も制作順・発表順の参考にならない場合があまりに多いのもサン・ラのサターン盤の特徴で、便宜上録音・制作・完成順を推定して通し番号をふりましたが、たとえば1973年のアルバム『Deep Purple』は1973年の最新録音を含みながら収録曲の大半はアーケストラ結成当初の1953年の未発表音源だったりとディスコグラフィー上の位置づけに問題のある作品も多数あります。同作についてはサン・ラ側としては20年前の録音をあえて最新作として発表する意図があったと思われ、何しろ宇宙人の時間感覚で活動していた人ですから録音時期や発表時期の混乱も時には無頓着、時にはわざとリスナーを煙に巻いていた節もあり、そこは1作1作を丁寧に聴いて見分けをつけるしかありません。録音・制作後すぐ発表されたアルバムは◎、発表の遅れたアルバムは○、サン・ラ没後の発掘盤は※を付しましたが、初期ほど一旦お蔵入りになっていたアルバムが多いのもわかります(1956年~1961年のアルバムで即時発売されたのは4作しかありません)。さらに今後も発掘音源が発見され、それらを足していくとなると完全なリストにはほど遠いのですが、サン・ラの作品群は20世紀ジャズ至極の秘宝と言えるものです。ご参考、お役立ていただければ幸いです。

[ Sun Ra and his Arkestra 1956-1961 Album Discography ]

●第1期-1956年~1961年・シカゴ時代(デビュー・アルバムからニューヨーク進出準備まで)=15作
◎制作後すぐ新作として発売されたアルバム
○発表の遅れたアルバム
※サン・ラ没後の発掘盤
◎1. Jazz By Sun Ra (Sun Song) (Transition TRLP J-10, rec.1956/rel.1957)
◎2. Super-Sonic Jazz (Saturn H7OP0216, rec.1956/rel.1957)
○3. Sound of Joy (Delmark DS-414, rec.1956/rel.1968)
○4. Visits Planet Earth (Saturn LP No. 9956-11, rec.1956-58/rel.1966)
○5. The Nubians of Plutonia (Saturn LP-406, rec.1958-59/rel.1966)
◎6. Jazz in Silhouette (Saturn LP5786, rec.& rel.1959)
○7. Sound Sun Pleasure!! (El Saturn SR 512, rec.1959/rel.1970)
○8. Interstellar Low Ways (El Saturn SR 9956-2-M/N, rec.1959-60/rel.1966)
※9. Music For Tomorrow's Mood (Atavistic USM/ALP-237CD, rec.1969/rel.2002)
○10. Fate In A Pleasant Mood (Saturn Research LPSR99562B, rec.1960/rel.1965)
○11. Holiday For Soul Dance (Saturn Research ESR508, rec.1960/rel.1970)
○12. Angels and Demons at Play (Saturn 407, rec.1956-60/rel.1965)
※13. Spaceship Lullaby (Atavistic UMS ALP-243CD, rec.1955-1960, rel,2003)
○14. We Travel The Space Ways (Saturn LP409, rec.1956-61/rel.1967)
◎15. The Futuristic Sounds of Sun Ra (Savoy MG-12169, rec.1961/rel.1961)

[ Sun Ra and His Arkestra 1961-1969 Album Discography ]

●第2期-1961年~1969年・ニューヨーク潜伏時代(本拠地移転後60年代いっぱいのアルバム)=29作
◎制作後すぐ新作として発売されたアルバム
○発表の遅れたアルバム
※サン・ラ没後の発掘盤
○1. (16) Bad and Beautiful (Saturn LP-532, rec.1961/rel.1972)
○2. (17) Art Forms of Dimensions Tomorrow (Saturn LP-9956, rec.1961-1962/rel.1965)
◎3. (18) Secrets of the Sun (Saturn London404, rec.1962/rel.1965)
○4. (19) What's New? (Saturn 52735, rec.1962/rel.1975)
◎5. (20) When Sun Comes Out (Saturn LP-2066, rec.1963/rel.1963)
◎6. (21) It's Limbo Time (Dauntless DM-4309, rec.&rel.1963) as "Ron Croney, Queens of Limbo, with Orchestra and Chorus"
○7. (22) Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn LP-408, rec.1963/rel.1967)
○8. (23) When Angels Speak of Love (Saturn LP-1966, rec.1963/rel.1966)
◎9. (24) Other Planes of There (Saturn KH-98766, rec.1964/rel.1966)
○10. (25) Featuring Pharoah Sanders & Black Harold (Saturn IHNY-165, rec.1964/rel.1976)
※11. (26) Other Strange World (Roaratorio roar33, rec.1965, rel.2014)
◎12. (27) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume One (ESP-Disk 1014, rec.1965/rel.1965)
◎13. (28) The Magic City (Saturn lPG-711, rec.1965/rel.1966)
◎14. (29) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Two (ESP-Disk 1017, rec.1965/rel.1966)
※15. (30) The Heliocentric Worlds of Sun Ra, Volume Three (ESP-Disk ESP 4002, rec.1965/rel.2005)
◎16. (31) Impression of A Patch of Blue (MGM SE-4358, rec.1965/rel.1966) Walt Dickerson Quartet
※17. (32) The Ark And The Ankh (CD IKEF-02, rec.1966/rel.2001)
○18. (33) Nothing Is (ESP-Disk 1045, rec.1966/rel.1970)
※19. (34) College Tour Vol,I~Complete Nothing Is... (ESP-Disk ESP4060, rec.1966/rel.2010)
※20. (35) Space Aura (Art Yard AY10001, rec.1966/rel.2013)
◎21. (36) Strange Strings (Saturn LP-502, rec.1966/rel.1967)
◎22. (37) Batman and Robin - The Sensational Guitars of Dan and Dale (Tifton 78002, rec.1966/rel.1966)
◎23. (38) Monorails and Satellites, volumes 1 (Saturn SR-509, rec.1966/rel.1968)
◎24. (39) Monorails and Satellites, volumes 2 (Saturn LP-519, rec.1966/rel.1967)
○25. (40) Our Spaceways Incorporated (Saturn 14300A/B, rec.1966-1968/rel,1974) Various Sessions
◎26. (41) Continuation (Saturn ESR-520, rec.1968/rel.1969)
◎27. (42) A Black Mass (Jihad Productions 1968, rec.1968/rel.1968)
○28. (43) Picture of Infinity (Black Lion 30103, rec.1967-1968/rel,1971)
◎29. (44) Atlantis (Saturn ESR-507, rec.1967-1969/rel.1969)

[ Sun Ra & His Arkestra 1970-1976 Album Discography ]

●第3期-1970年~1976年・国際メジャー進出時代(ヨーロッパ進出、メジャー契約成功期)=53作
◎制作後すぐ新作として発売されたアルバム
○発表の遅れたアルバム
※サン・ラ没後の発掘盤
◎1. (45) My Brother the Wind (Saturn LP-521, rec.1969-1970/rel.1974)
◎2. (46) The Night of the Purple Moon (Saturn LP-522, rec.1970/rel.1970)
◎3. (47) My Brother the Wind Volume II (Otherness) (Saturn LP-523, rec.1969-1970/rel.1971)
○4. (48) Space Probe (aka A Tonal View of Times Tomorrow, Vol.1) (Saturn Sun Ra 14200A/B, rec.1963-1970/rel.1974) Various Sessions
◎5. (49) The Invisible Shield (aka Janus, A Tonal View of Times Tomorrow, Vol. 2, Satellites are Outerspace) (Saturn LP-529, rec.1962-1970/rel.1974) Various Sessions
○6. (50) Out There A Minute (Brast First BFFP-42, rec.1969-1970/rel.1989) Various Sessions
◎7. (51) Solar Myth Approach Vol.1 (BYG Around 40-529340, rec.1969-1970/rel.1974)
◎8. (52) Solar Myth Approach Vol.2 (BYG Around 41-529341, rec.1969-1970/rel.1974)
○9. (53) Nuits de la Fondation Maeght, Volume I (Shandar SR-10.001, rec.1969-1970/rel.1974)
○10. (54) Nuits de la Fondation Maeght, Volume II (Shandar SR-10.003, rec.1969-1970/rel.1974)
◎11. (55) It's After the End of the World (MPS 2120748, rec.1970/rel.1971)
※12. (56) Black Myth/Out in Space (Complete '"It's After the End of the Worlds" Sessions, Motor Music 557656-2, rec.1970/rel.1998)
※13. (57) Live In London 1970 (Transparency 0317, rec.1970/rel.1990)
※14. (58) The Creator of The Universe(The Lost Reel Collection Vol.1) (Transparency 0301, rec.1971/rel.2007)
◎15. (59) Universe In Blue (Saturn LP-200, rec.1971/rel.1972)
※16. (60) The Paris Tapes - Live at Le Theatre Du Chatlet 1971 (Art Yard KSAY 6N, rec.1971/rel.2010)
※17. (61) Helsinki 1971 The Complete Concert And Interview (Transparency 0314, rec.1971/rel.2010)
※18. (62) Intergalactic Research (The Lost Reel Collection Vol.2) (Transparency 0302, rec.1971&1972/rel.2007)
※19. (63) Calling Planet Earth (Freedom CD-741071, rec.1971/rel.1998)
◎20. (64) Nidhamu (Saturn Thoth Intergalactic KH-1272, rec.1971/rel.rel.middle 70's)
◎21. (65) Live in Egypt 1 (Saturn Thoth Intergalactic 7771, rec.1971/rel.middle 70's)
◎22. (66) Horizon (Saturn 1217718, rec.1971rel.middle 70's)
※23. (67) Space Is the Place (soundtrack) (Evidence 22070-2, rec.1972/rel.1993)
※24. (68) The Shadows Took Shape (The Lost Reel Collection Vol.3) (Transparency 0303, rec.1972/rel.2007)
◎25. (69) Astro Black (Impulse! As-9255, rec.1972/rel.1973)
※26. (70) Live At Slug's Saloon (Transparency 0313, rec.1972/rel.2008)
※27. (71) The Universe Sent Me (The Lost Reel Collection Vol.5) (Transparency 0305, rec.1972&1973/rel.2008)
◎28. (72) Discipline 27-II (Saturn 538, rec. 1972/rel.1972)
※29. (73) Life Is Splendid (Alive/Total Energy NER-3026, rec.1972/rel.1999)
◎30. (74) Space is the Place (Blue Thumb BTS-41, rec.1973/rel.1973)
○31. (75) Crystal Spears (Impulse!, rec. 1973/rel.2000)
○32. (76) Cymbals (Impulse! AS-9297, Rec.1973/rel.2000)
○33. (77) Deep Purple (Saturn LP-485, rec.1953-1973/rel.1973) Various Sessions
◎34. (78) Pathways to Unknown Worlds (Impulse! ASD-9298, rec.1973/rel.1975)
○35. (79) Friendly Love (Evidence EDC 22218-2, rec.1973/rel.2000)
※36. (80) What Planet Is This? (Leo Golden Years of New Jazz GY 24/25, rec.1973/rel.2006)
※37. (81) Untitled Recordings (Transparency 0309, rec.1973/rel.2008)
◎38. (82) Outer Space Employment Agency (Alive/Total Energy NER-3021, rec.1973/rel.1973)
※39. (83) Live in Paris at the "Gibus" (Atlantic 40540, rec.1973/rel.2003)
※40. (84) The Road To Destiny (The Lost Reel Collection Vol.6) (Transparency 0306, rec.1973/rel.2010)
※41. (85) Concert for the Comet Kohoutek (ESP 3033, rec.1973/rel.1993)
※42. (86) Planets Of Life Or Death: Amiens '73 (Art Yard STRUTCDJ123, rec.1973/rel.2015)
◎43. (87) Celebration For Dial Times (Saturn unknown number, rec.&rel.1973or1974)
◎44. (88) Out Beyond the Kingdom Of (Saturn 61674, rec.1974/rel.1974)
◎45. (89) The Antique Blacks (Saturn 81774, rec.1974/rel.1974)
※46. (90) It Is Forbidden (Alive/Total Energy Total NER3029, rec.1974/rel.2001)
◎47. (91) Sub Underground (Saturn 92074, rec.1974/rel.1974)
※48. (92) Dance of The Living Image (The Lost Reel Collection Vol.4) (Transparency 0304, rec.1974/rel.2007)
※49. (93) United World In Outer Space-Live In Cleveland (Leo Golden Years of New Jazz GY 29, rec.1975/rel.2009)
◎50. (94) What's New? (Saturn LP-539, rec.1975/rel.1975)
◎51. (95) Cosmos (Cobra COB-37001, rec.1976/rel.1976)
◎52. (96) Live at Montreux (Saturn MS-87976, rec.1976/rel.1976)
※53. (97) A Quiet Place in the Universe (Leo CD LR-198, Rec.1976&1977/rel.1994)

[ Sun Ra & His Arkestra Album Discography 1977-1979 ]

●第4期-1977年~1979年・国際メジャー定着時代(メインストリーム・ジャズ認知浸透期)=28作
◎制作後すぐ新作として発売されたアルバム
○発表の遅れたアルバム
※サン・ラ没後の発掘盤
◎1. (98) Solo Piano, Volume 1 (Improvising Artists Inc., rec.1977.5.20/rel.1977)
◎2. (99) St. Louis Blues (Solo Piano vol.2) (Improvising Artists Inc., rec.1977.7.3/rel.1978)
◎3. (100) Somewhere Over the Rainbow (also "We Live to Be") (Saturn, rec.1977.7.3/rel.1978)
◎4. (101) Some Blues but not the Kind That's Blue (also "Nature Boy" & "My Favorite Things") (Saturn, rec.1977.7.18/rel.1977)
◎5. (102) The Soul Vibrations of Man (Saturn, rec.1977.11/rel.1977)
◎6. (103) Taking a Chance on Chances (Saturn, rec.1977.11/rel.1977)
◎7. (104) Unity (Horo, rec.1977.10.24&29/rel.1978)
◎8. (105) Piano Recital - Teatro La Fenice, Venezia (Leo, rec.1977.11.24/rel.2003)
◎9. (106) New Steps (Horo, rec.1978.1.2&7/rel.1978)
◎10. (107) Other Voices, Other Blues (Horo, rec.1978.1.8&13/rel.1978)
※11. (108) The Mystery of Being (klimt mjj, rec.1978.1/rel.2011)
◎12. (109) Media Dreams (Saturn, rec.1978.1/rel.1979)
◎13. (110) Disco 3000 (Saturn, rec.1978.1.23/rel.1978)
◎14. (111) Sound Mirror; Live in Philadelphia '78 (Saturn, rec.1978.1/rel.1978)
◎15. (112) Of Mythic Worlds (Philly Jazz, rec.1978/rel.1980)
※16. (113) Live at the Horseshoe Tavern, Toronto 1978 (Transparency, rec.1978.3.13,9.27,11.4/rel.2008)
◎17. (114) Walt Dickerson & Sun Ra; Visions (Steeplechase, rec.1978.7.11/rel.1979)
◎18. (115) Lanquidity (Philly Jazz, rec.1978.7.17/rel.1978)
※19. (116) Springtime in Chicago (Leo, rec.1978.9.25/rel.2006)
◎20. (117) The Other Side of the Sun (Sweet Earth, rec.1978.11.1, 1979.1.4/rel.1979)
○21. (118) Song of the Stargazers (Saturn, rec.middle'70's/rel.1979)
◎22. (119) Sleeping Beauty (also "Door of the Cosmos") (Saturn, rec.1979.6/rel.1979)
◎23. (120) Strange Celestial Road (Rounder, rec.1979.6/rel.1979)
◎24. (121) God Is More Than Love Can Ever Be (also "Blithe Spirit Dance", "Days of Happiness" & "Trio") (Saturn, rec.1979.7.25/rel.1979)
◎25. (122) Omniverse (Saturn, rec.1979.9.13/rel.1979)
◎26. (123) On Jupiter (also "Seductive Fantasy") (Saturn, rec.1979.5, 1979.10.16/rel.1979)
※27. (124) Live From Soundscape (DIW, rec.1979.11.10,11/rel.1994)
◎28. (125) I, Pharaoh (Saturn, rec.1979-probably1980.6.6/rel.1980)

[ Sun Ra and his Arkestra Album Discography 1980-1993 ]

●第5期-1980年~1993年・メインストリーム浸透~晩年期=57作(没後編集盤2作)
◎制作後すぐ新作として発売されたアルバム
○発表の遅れたアルバム
※サン・ラ没後の発掘盤
◎1. (126) Sunrise in Different Dimensions (hat Hut 2R17, 2 LPs, rec.&rel.1980)
※2. (127) Live in Rome (Transparency 0315, 2CD, rec.1980, rel.2010)
◎3. (128) Voice of the Eternal Tomorrow (The Rose Hue Mansions of the Sun) (Saturn 91780, rec.&rel.1980)
◎4. (129) Aurora Borealis (Ra Rachmaninov) (Saturn 10480, 12480, rec.&rel.1980)
◎5. (130) Beyond the Purple Star Zone (Immortal Being) (Saturn 123180, rec.&rel.1981)
※6. (131) God's Private Eye (No label, double CD, rec.1981, rel.2000)
◎7. (132) Dance of Innocent Passion (Saturn Sun Ra 1981, rec.1980/rel.1981)
◎8. (133) Oblique Paralax (Journey Stars Beyond) (Saturn IX SR 72881, rec.&rel.1982)
※9. (134) The Complete Detroit Jazz Center Residency Dec. 26th, 1980 - January 1st. 1981 (Complete Oblique Paralax, Transparency 0307, 28CD, rec.1981, rel.2007)
※10. (135) Myron's Ballroom - Audio Series Volume One (Transparency 0236, 3CD, rec.1982, rel.2006)
◎11. (136) Nuclear War (Saturn 1984-A / 1984-C, rec.1982/rel.1984)
◎12. (137) A Fireside Chat with Lucifer (Saturn Gemini 19841; A/B 1984SG-9, rec.1983/rel.1984)
◎13. (138) Celestial Love (Saturn Gemini 19842; C/D 1984SG-9, rec.1983/rel.1984)
◎13. (139) Ra to the Recue (Saturn IX/ 1983-220, rec.1983/rel.1984)
◎14. (140) Just Friends (Saturn XI Saturn 1984A/B, rec.&rel.1983)
◎15. (141) The Sun Ra Arkestra Meets Salah Ragab in Egypt (Praxis CM 106, rec.&rel.1983)
※16. (142) Sun Rise in Egypt vols. 1, 2 and 3 (Sphynx Records, Cairo, ECD 25735, rec.1983/rel.2006)
※17. (143) Sun Ra All Stars Milan, Zurich, West Berlin, Paris (Transparency 0311, 5CDs. rec.1983/rel.2008)
◎18. (144) Love in Outer Space: Live in Utrecht (Leo LR-154, rec.1984/rel.1988)
◎19. (145) Live at Praxis 84 Vol. I (Praxis CM 108, rec.&rel.1984)
◎20. (146) Live at Praxis 84 Vol. II (Praxis CM 109, rec.1984/rel.1985)
◎21. (147) Live at Praxis 84 Vol. III (Praxis CM 110, rec.1984/rel.1986)
※22. (148) Astral Planes & New Moonbeams Live in Atlanta 1984 (Jewells of Jazz, no date, rec.1984/rel.2003) Bootleg LP
◎23. (149) Hiroshima (Stars that Shine Darkly, vol. 1) (Saturn 10-11-85, rec.1983/rel.1985)
◎25. (150) Outer Reach Intensity-Energy (Stars that Shine Darkly, vol. 2) (Saturn Gemini 9-1213-85, rec.1983/rel.1985)
◎26. (151) When Spaceships Appear (Cosmo-Party Blues) (Children of the Sun) (Saturn Sun Ra 101485 A/B, rec.1983-1985/rel.1985)
◎27. (152) Cosmo Sun Connection (Saturn/Recommended SRRRD 1, rec.1984/rel.1985)
※28. (153) Club Lingerie - Audio Series Volume Two (Transparency 0237, 2CD, rec.1985/rel.2006)
◎29. (154) Un"Sung Stories" (Slash Records LP 25481-1, rec.1985/rel.1986)
◎30. (155) John Cage Meets Sun Ra (Meltdown MPA-1, rec.1986, rel.1987)
※31. (156) Live At Red Creek, Rochester, NY (Sagittarius A-Star 03, Italy, rec.1986, rel.2010)
◎32. (157) A Night in East Berlin (Saturn cassette, no number; track 1 only, rec.&rel.1986)
◎33. (158) Reflections in Blue (Black Saint 101, 120 101, rec.1986/rel.1987)
◎34. (159) Hours After (Black Saint 120 111, rec.1986/rel.1990)
◎35. (160) Bratislava Jazz Days 1987 (Opus 9115 2080-81, rec.1987/rel.1988)
◎36. (161) Hidden Fire 1 (Saturn Sun Ra 13188III/ 12988II, rec.&rel.1988)
◎37. (162) Hidden Fire 2 (Saturn Sun Ra 13088A/ 12988B, rec.&rel.1988)
◎38. (163) Stay Awake (A&M AMA3918, rec.&rel.1988)
◎39. (164) Live at Pit-Inn (Cosmo Omnibus Imagiable Illusion) (DIW 824 1988-CD, rec.&rel.1988)
◎40. (165) Blue Delight (A&M CD 5260, rec.1988/rel.1989)
◎41. (166) Somewhere Else (Rounder 3036, rec.1988-1989/rel.1993)
※42. (167) Other Thoughts (ZUW 0001, rec.1989/rel.1993)
○43. (168) Second Star to the Right (Salute to Walt Disney) (Leo LR 230, rec.1989, rel.1995)
○44. (169) Stardust from Tomorrow (Leo LR 235/236, rec.1989/rel.1996)
◎45. (170) Purple Night (A&M 75021 5324 2, rec.1989/rel.1990)
◎46. (171) Live in London 1990 (Blast First BFFP 60, rec.&rel.1990)
◎47. (172) Beets: A Collection of Jazz Songs (Elemental/TEC 90901, rec.&rel.1990)
◎48. (173) Mayan Temples Black Saint 120 121-2, rec.1990/rel.1992)
◎49. (174) Destination Unknown (Enja 7071, rec.1990/rel.1992)
◎50. (175) Pleiades (Leo LR210/211, rec.1990/rel.1993)
※51. (176) Live at the Hackney Empire (Leo LR 214/215, 2CD, rec.1990/rel.1994)
◎52. (177) Friendly Galaxy (Leo LR 188, rec.1991/rel.1993)
○53. (178) Cosmos Visions (Brast First BFFP CD-101, rec.1991/rel.1994)
◎54. (179) At the Village Vanguard Rounder 3124, rec.1991/rel.1993)
※55. (180) Live In ULM 1992 (Leo GY 30/31, rec.1992/rel.2014)
◎56. (181) Destination Unknown (ENJA-7071, rec.&rel.1992)
◎57. (182) A Tribute to Stuff Smith (Soul Note 121216- 2, rec.&rel.1993) 遺作
※58. (183) The Singles (Evidence ECD-22164-2, 2CD, rec.1954-1982/rel.1996) Various Sessions 既発表シングル集
※59. (184) The Eternal Myth Revealed Vol.1 (Transparency 0316, 14CD Boxset, rec.1921-1976/rel.2012) Various Sessions 未発表音源ボックス・セット

カエライフ×はてなブログ 特別お題キャンペーン #ドライブと音楽

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サン・ラ Sun Ra - スペース・イズ・ザ・プレイス Space Is The Place (Blue Thumb, 1973)

サン・ラ Sun Ra - スペース・イズ・ザ・プレイス Space Is The Place (Blue Thumb, 1973)

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Recorded at Streetville Recording Studio, Chicago, October 19 & 20, 1972
Originally Released by Blue Thumb Records BTS-41, 1973
CD Reissued by Universal/Impulse! Records IMPD-249, 1998
Produced by Alton Abraham & Ed Michel
All Composed and Arranged by Sun Ra
(Side A)
A1. Space Is The Place : https://youtu.be/dokLwszdUgY - 21:14 (lead vocal by June Tyson)
(Side B)
B1. Images : https://youtu.be/VAyqzWpm66Q - 6:15
B2. Discipline 33 : https://youtu.be/0k5gmuKc6J8 - 4:50
B3. Sea Of Sound : https://youtu.be/TD4Cozfa8LQ - 7:42
B4. Rocket Number Nine : https://youtu.be/DxhsGrZed_E - 2:50

[ Sun Ra and His Intergalactic Solar Arkestra ]

< collective personnel >
Sun Ra - piano, space organ
Akh Tal Ebah - trumpet, flugelhorn, vocal
Kwame Hadi (Lamont McClamb) - trumpet
Marshall Allen, Danny Davis - alto saxophone, flute
John Gilmore - tenor saxophone, vocal
Danny Thompson - baritone saxophone, flute, vocal
Eloe Omoe - bass clarinet, flute
Pat Patrick - electric bass, baritone saxophone, vocal
Lex Humphries - drums
Atakatun (Stanley Morgan), Odun (Russell Branch) - percussion
June Tyson, Ruth Wright, Cheryl Banks, Judith Holton - Space Ethnic Voices

(Original Blue Thumb "Space Is The Place" LP Liner Cover & Inner Left/Right Gatefold Cover)

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 このブログではヤフーブログ時代にサン・ラ(1914-1993)の生前発表の全アルバム、没後発表のほとんどのアルバムをご紹介していますが、5年前に連載した記事なので音源リンクが消滅していたり当時は音源リンクが揃わなかったアルバムもあります。サン・ラは生前発表のアルバムだけでも軽く120作を超える、20世紀ジャズでもセロニアス・モンクチャールズ・ミンガスマイルス・デイヴィスジョン・コルトレーンと並ぶモダン・ジャズ史上の巨人の上に'50年代から'90年代まで50年間以上に渡って巨大な業績を持つミュージシャンにもかかわらず、先に上げた有名ジャズマンに較べると活動の全容があまり知られていない裏番長的な存在ですので「サン・ラを聴いてみたいがどのアルバムが代表作かわからない」「数枚聴いてみたがよくわからなかった」「サン・ラはいったいどういうジャズをやっていた人だったのか?」と踏みとどまっているリスナーも多いと思います。ブログの過去記事をご覧いただいてもあまりにアルバム数が膨大ですし、やっている音楽の性質上、やはり全アルバム(ただし2000年まで)をご紹介したドイツのロックの巨人クラウス・シュルツェ(1947-)のように第1作から順に聴いていけば自然と発展がたどれるような音楽家でもない。モンク、ミンガス、マイルス、コルトレーンらは同じジャズマンでも初期から晩年までのキャリアをアルバムでたどればはっきり音楽的道筋がつかめるミュージシャンですが、サン・ラのジャズは複数の音楽的指向が絡みあって屈曲しており、傑作と見なせるアルバムを10作上げてもこれが同一ミュージシャンの音楽かと首をひねるくらいに多彩です。ミンガス、マイルスやコルトレーンビル・エヴァンスセシル・テイラーオーネット・コールマンローランド・カークらもやはり非常に多彩な業績を残したジャズマンですが、ミンガスやマイルスらは年代を追っていけば音楽的な指向の変化や試行錯誤がちゃんと見分けられる。発想の根が混沌としていて謎めいているジャズマンにはレニー・トリスターノバド・パウエルエリック・ドルフィーらがいますが、トリスターノやバド、ドルフィーは音楽性が非常に個人的だったのに対してサン・ラの場合は極端な集団即興性が類を見ない混沌をなしていて、シンプルなトリオ編成やシンセサイザー・ソロ、ピアノ・ソロ(サン・ラはピアノ・ソロのアルバムより先にシンセサイザー・ソロのアルバムを制作したジャズマンです)でさえも発想の根に集団即興があると言えるのです。

 そんなジャズマンですから初めてサン・ラの音楽を聴く方にはどのアルバムをお薦めしたものか迷うのですが、この1973年(1972年録音)の『スペース・イズ・ザ・プレイス』はサン・ラの全アルバムでももっともポップでキャッチーな作品で、最高傑作とは言わずともポップさがサン・ラの音楽の本質と違和感なく融合し、ジャズのリスナーならずとも普通のポップス、ロックのリスナーにも楽しめるものです。サン・ラはシカゴに拠点を置いたジャズマンでしたが、ニューヨークでも西海岸のロサンゼルスでもない第3の都市シカゴを出自とするだけある都会的かつ土着的、かつサン・ラらしいスペーシーなジャズ・ファンクが生き生きとしている、サン・ラ作品中でも折衷的作風が成功したアルバムです。サン・ラはコアなファン向けの実験的アルバムは自主レーベルのサターンから膨大にリリースしていましたが、本作は黒人大衆音楽の大手インディー・レーベル、ブルー・サムからの唯一のサン・ラ作品のリリースで、ジャケットからアルバム内容まで幅広い層のリスナーに送る、しかもサン・ラ本来の音楽性は妥協しない点でも大成功しており、最新の新曲「スペース・イズ・ザ・プレイス」をLPのA面21分に渡ってサン・ラのバンド、サン・ラ・アーケストラの歌姫ジューン・タイソンのヴォーカル・チューン版にしたのも魅力です(同曲はライヴではバンド全員とコーラス隊の合唱曲として演奏されていたナンバーでした)。新曲は同曲とB2「ディシプリン」(キング・クリムゾンより先のネーミング)とB4「シー・オブ・サウンズ」で、B1「イメージズ」は1959年録音(同年発表)のアルバム『Jazz in Silhouette』、B4の合唱曲「ロケット・ナンバー・ナイン」は1960年録音(1966年発表)のアルバム『Interstellar Low Ways』からの再演ですが、まったく違和感ない'70年代のサン・ラ・アーケストラのサウンドに生まれ変わっています。「イメージズ」はマイルスより早くモード・ジャズをやっていた実験的な曲、「ロケット・ナンバー・ナイン」はシカゴの隣の工業都市デトロイトのプロト・パンク・バンドのMC5の改作ロック・ヴァージョン・カヴァー(アルバム『Kick Out The Jams』1969)や最近ではレディ・ガガのカヴァーでも知られており、両曲とも初演のサターン盤アルバム・ヴァージョン以来サン・ラ・アーケストラのライヴの定番曲として演奏年代ごとにアレンジ、編成を変え'90年代まで再演される代表曲です。コアなジャズ・リスナーならずともポップなコスミック・ジャズ・ファンクとして気軽に親しめ、しかもこれが全体像ではなくてもサン・ラの音楽的本質が十分に凝縮され発揮されたアルバムとして、本作は幼稚園の運動会からドライブ、夕食のBGM、ダンスフロアまで場所を選ばす楽しめるアルバムです。巨大なサン・ラ音楽の全容から見れば巨匠のデッサンのような軽さがありますが、本作はその軽さがサン・ラの音楽を親しみやすくした一作で、何十枚やほとんど全部サン・ラのアルバムを聴いても飽きのこない気さくさがあります。初めてサン・ラを聴くという方には、メジャーのユニバーサル/インパルス!盤CDが手軽に入手できる本作は格好なアルバムで、これをお気に入りになればさらに170枚あまりのサン・ラのアルバムが待っているのです。

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フェラ・クティ・ディスコグラフィー Fela Kuti Discography

 フェラ・クティ(1938-1997)の全アルバムは100枚以上におよびますが、内容の重複を避けてまとめてみました。共演作も出しているジンジャー・ベイカーのアルバムや、フェラのバンド、アフリカ70のメンバーだったトニー・アレンやトゥンデ・ウィリアムズのリーダー作のプロデュース兼参加作品も含みますが(14・21・33・42)、初期シングル集やフル・コンサートのDVD2種、発掘ライヴ盤を含めても約60作と、ベスト盤類を除けば案外すっきり見渡せます。フェラの場合はCD26枚+DVD1枚の全集『The Complete Works Of Fela Anikulapo Kuti』(Wrasse Records/Knitting Factory Records/Label Maison/Kalakuta Sunrise WRASS276, 2010)がロングセラーを続けているので、リストで太ゴシック体にしたアルバムは全集に収録されており、収録漏れのアルバムを足せばほぼ全貌を聴くのもそう難しくはありません。フェラ・クティは生前には『Black President』(Arista, 1981)、没後にはCD2枚組の決定版ベスト『The Best Best of Fela Kuti』(MCA, 1999)があり、同内容で『The Best of The Black President』(Knitting Factory, 2004)、さらに続編の『The Best of The Black President 2』(Knitting Factory, 2013)も合わせれば代表アルバムのタイトル曲の大半が聴けるので、ほとんどのアルバムがAB面各1曲かAB面で1曲のフェラの場合は、各アルバムを揃える前に最適の好選曲の2枚組ベストCDから入るのが便利です。
The Best Best of Fela Kuti (MCA, 1999) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=OLAK5uy_lzdkBVkPOG8HQ9T-i9sGkajc3EkYJlE7s
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(Disc One)
1. Lady - 13:49
2. Shakara - 13:26
3. Gentleman (edit version) - 11:02
4. Water No Get Enemy (edit version) - 9:50
5. Zombie - 12:25
6. Sorrow Tears and Blood - 10:15
7. No Agreement (Part 2) - 7:54
(Disc Two)
1. Roforofo Fight - 15:41
2. Shuffering and Shmiling (Part 2) - 12:25
3. Coffin for Head of State (Part 2) - 13:22
4. I.T.T.(International Thief Thief) (Part 2) - 13:42
5. Army Arrangement - 17:02
6. O.D.O.O.(Overtake Don Overtake Overtake) (edit version) - 6:54

 以下は各種文献からまとめた、フェラ・クティの全アルバム・ディスコグラフィーです。ご参考、お役立ていただければ幸いです。ご要望があれば順次、全アルバム紹介を試みるつもりです。

1. Koola Lobitos 64-68 (Barkley/Universal 549 461-2, France, 2001) Rec.1964-1969

2. Fela Fela Fela (EMI HNLX 5033, Nigeria, 1970) Rec.1964-1968

3. The '69 Los Angeles Sessions (Stern's STLP/STCD 3005, UK, 1993) Rec.1969

4. Fela's London Scene (EMI HNLX 5200, Nigeria, 1971)

5. Fela with Ginger Baker Live! (Regal Zonophone SLRZ 1023, UK, 1971)

6. Why Black Man Dey Suffer (African Songs AS 0001, Nigeria, 1971)

7. Open & Close (EMI HNLX 5090, Nigeria, 1971)

8. He Miss Road (EMI 006N, Nigeria, 1975) Rec.1971-1972

9. Na Poi (EMI HNLX 5070, Nigeria, 1977) Rec.1971

10. Shakara (EMI 008N, Nigeria, 1972)

11. Roforofo Fight (Jafabro Nigeria Ltd. JILP 1001, Nigeria, 1972)

12. The Fela Singles (Barkley/Universal 549 380-2, France, 2001) Rec.1972

13. Afrodisiac (EMI 062, Nigeria, 1972)

14. Ginger Baker - Stratavarious (Atco SD 7013, US, 1972)

15. Gentleman (EMI NEMI 0009, Nigeria, 1973)

16. Alagbon Close (Jafabro Nigeria Ltd. JILP 1002, Nigeria, 1974)

17. Expensive Shit (Sound Workshop Records SWS 1001 2L, Nigeria, 1975)

18. Noise For Vendor Mouth (Afrobeat ABR 0-11, Nigeria, 1975)

19. Confusion (EMI NEMI 0004, Nigeria, 1975)

20. Everything Scatter (Phonogram-Coconut PMLP 1000, Nigeria, 1975)

21. Tony Allen & Africa 70 - Jealousy (Sound Workshop 1004, Nigeria, 1976)

22. Monkey Banana (Phonogram-Coconut PMLP 1001, Nigeria, 1976)

23. Excuse-O (Phonogram-Coconut PMLP 1002, Nigeria, 1976)

24. Kalakuta Show (EMI number unknown / Makossa International Records #2320, Nigeria, 1976)

25. Ikoyi Blindness (African Music International AMI LP001, Nigeria, 1976)

26. Yellow Fever (Decca/Afrodisia DWAPS 2004, Nigeria, 1976)

27. Upside Down (Decca/Afrodisia DWAPS 2005, Nigeria, 1976)

28. Unnecessary Begging(No Bread) (Soundwork Shop Record SWS 1003, Nigeria, 1976)

29. Zombie (Phonogram-Coconut PMLP 1003, Nigeria, 1977)

30. J.J.D.(Johnny Just Drop Live!! at Kalakuta Republic) (Decca/Afrodisia DWAPS 2023, Nigeria, 1977)

31. Sorrow Tears and Blood (Kalakuta Records KK 001-A, Nigeria, 1977)

32. Opposite People (Decca/Afrodisia DWAPS 2026, Nigeria, 1977)

33. Tunde Williams and The Africa 70 - Mr. Big Mouth (Decca/Afrodisia DWAPS 2030, Nigeria, 1977)

34. Stalemate (Decca/Afrodisia DWAPS 2033, Nigeria, 1977)

35. Fear Not For Man (Decca/Afrodisia DWAPS 2035, Nigeria, 1977)

36. No Agreement (Decca/Afrodisia DWAPS 2039, Nigeria, 1977)

37. Perambulator (Lagos International LIR6, Nigeria, 1983) Rec.1977
38. Berliner Jazztage'78 (Kino Lorber KNLZ991, US, 2012) Rec.1978(DVD)
39. I Go Shout Plenty (Decca/Afrodisia DWAPS 2251, Nigeria, 1986) Rec.1977

40. Shuffering and Shmiling (Phonogram/Coconut PMLP 1005, Nigeria. 1978)

41. VIP(Vagabonds in Power Live in Berlin) (Kalakuta Records/Jafabro KILP 001, Nigeria, 1979)

42. Tony Allen with Africa 70 - No Accommodation For Lagos (Phonogram POLP 035, Nigeria, 1979)

43. ITT(International Thief Thief) (Kalakuta Records KALP 002, Nigeria, 1979)

44. Unknown Soldier (Phonodisc/Skylark SKLP 003, Nigeria, 1979)

45. Authority Stealing (Kalakuta Records no number, Nigeria, 1980)

46. Fela And Roy Ayers (Phonodisc PHD 003, Nigeria, 1980)

47. Coffin For Head of State (Kalakuta Records KALP 003, Nigeria, 1981)

48. Original Sufferhead (Lagos International LIR2, Nigeria, 1981)

49. Fela, Live! (Hendring HEN 2 091, UK, 1984) Rec.1981(DVD)

50. Live In Amsterdam (EMI 24.0129~0130.1, UK, 1984)

51. Army Arrangement (Celluloid CELL 6115, US, 1985)

52. Teacher Don't Teach Me Nonsense (London LONDP 28, UK, 1986)

53. Live in Detroit, 1986 (Strut/Knitting Factory Records STRUT095CD, UK, 2012)

54. Beasts of No Nation (Eurobond JD-EUR 760153, France, 1989)

55. ODDO(Overtake Don Overtake Overtake) (Kalakuta Records KALP 009, Nigeria, 1989)

56. Confusion Break Bone (Kalakuta Records KALP 010, Nigeria, 1990)

57. Underground System (Kalakuta Records KALP 013, Nigeria, 1992)*遺作

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創作童話『偽ムーミン谷のレストラン・修正版』より抜粋5話

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  (11)

 第二章。
 従者は伝令の役目を果たして引き上げて行きました。戸口まで見送ったのは好奇心旺盛なくせに気取り屋なので谷の陰口を一身に集めているスノークで、ぼんくら揃いでは例外ない谷の住人であるからにはスノークもまたぼんくらのひとりでしたが、だからこそ回避できている住人同士の衝突もあるものです。ムーミン谷は幸か不幸か絶対主(いわゆる神)の概念からは自由でしたが、それには思わぬ利点もあって誰もがぼんくらならばぼんくらの上にぼんくらはなく、ぼんくらの下にもぼんくらはない、という無関心に支えられた平等主義でしたから、スノークが出すぎた真似をしたところでそれは谷にとって不利益を招く心配もなければ、もし利益をもたらすとしても決してスノークの手柄ではなく誰がしても結果は同じだったでしょうから、このムーミン谷の市民道徳はあながち衆愚主義とは言えない美点があったのです。そして今ムーミン家の居間には、いる人もいない人も含めて主要なムーミン谷住民ほぼ全員が顔を揃えていました。すなわち、
ムーミンパパ、ムーミンママ、偽ムーミン(偽核家族)
スノーク、偽フローレン(偽兄妹)
・ヘムレンさん、ジャコウネズミ博士(学者、哲学者)
・ヘムル署長、スティンキー(警官と泥棒)
ミムラ、ミイ、他総勢35名(多産系兄弟姉妹)
ミムラ夫人(その母、かつ放浪者スナフキンの母)
・ヨクサル(放浪者スナフキンの父)
・ロッドユール、ソースユール、スニフ(ムーミン家友人の冒険家夫妻とその息子)
・フレドリクソン(ロッドユール叔父、発明家)
・3人の魔女
 その一、トゥーティッキ。気のいい世話好きな魔女トロール
 その二、モラン。すべてを凍らせる冷たい灰色の魔女トロール
 その三、フィリフヨンカ。きれい好きで神経質で気が小さい魔女トロール
・ガフサ(フィリフヨンカ友人)
・エンマ(フィリフヨンカ叔母、劇場掃除婦)
・グリムラルンさん(小言爺さん)
・トフスランとビフスラン(双生児夫婦)
・ホムサたち(谷のガキども)
・ニンニ(影の薄い少女)
ティーティウー(自我を探す這い虫)
・ニョロニョロ(群棲担子菌類)
・ご先祖様(暖炉の裏に住む老ムーミン)
・その他大勢
 ――だいたいそんなところです。いないのはムーミン、フローレン、スナフキンくらいのものでした。しかし観客がいなくても芝居の上演はできるように、ムーミンたちの不在も谷には何ら影響はなかったのです。


  (12)

 スナフキンの遺体は濡れた新聞紙を何重にも重ねて隙間なく包まれていました。乾いた新聞紙は意外なほどに丈夫で破れにくいものですが、濡れた新聞紙ほど破れやすい包み紙はないことからも遺体はまず乾いた新聞紙で包まれて、その後にまんべんなく水浸しにされたものと思われました。新聞紙の表面には水ににじんだために読み取れないのか、もともとこの状況で予想される発見者には読めない種類の言語なのか、あるいは言語ですらなく単に新聞紙らしき体裁のためだけに雑多な記号を組み合わせてあるだけかも確実には判別できない印刷がほどこされていました。ただしもしこの新聞紙が新聞紙を模したダミーだとすれば、何も伝えない新聞を新聞とは呼べないことからも、そもそも新聞紙ですらない可能性すら浮かんできます。その場合この遺体を包んでいるものは新聞紙でないのならば印刷された紙の様子をした屍衣にすぎず、スナフキンは新聞紙で包まれた遺体ではないことになります。
 まずいな、とスナフキンは思いました、心臓が破裂しそうだ。
 ホットケーキの発祥は古代エジプトと言われ(要出典)、小麦粉に玉子と砂糖を加えて混ぜたものをバターで焼いたものがそれに当たるといいます。現在市販されているホットケーキ粉は70年ほど前に発売され、当初はまんじゅうを作る粉としても使えるようにするため砂糖は含まれずなかなか広まりませんでした。やがて砂糖を加えたミックス粉が発売されホットケーキは家庭料理菓子として普及しますが、これをホットケーキと呼ぶのは150年程度前に伝播したごく一部の国で、ホットケーキに先だってパンケーキ(フライパンで焼くケーキ)が材料・調理法とも大部分の国では行われています。バターを乗せはちみつをかけて食べるのも同じです。パンケーキとホットケーキの違いは生地を薄く焼くのがパンケーキ、厚く焼くのがホットケーキと言うだけにすぎません。ちなみに厚く焼くこつは円周状に重ねて生地を足すとたっぷりした厚さに仕上がります。
 スナフキンの遺体を包んだ新聞紙の家庭欄にはそうした記事が掲載されていました--もしそれが新聞紙であれば、です。ですがもしその新聞に家庭欄がなかったら、またはその記事の部分だけがていねいに切り抜かれているとしたら、あるいは辛子マヨネーズを塗って食べるものとされていたらどうでしょうか。
 それは考えられないことでした。あまりに無理がありました。


  (13)

 ムーミンは退屈になってきたので考えごとでもしてヒマつぶししようと思いつきました。たとえば国勢調査などの統計調査で、回答者が年齢や生まれ年を、キリのいい数字(典型的には下1桁が0や5である数字)や、文化的に好まれる思える数字(よくある例ではサバを読んだりその逆だったり、縁起の良い年生まれとしたり)で不正確に報告することがあります。ウィップル指数とは人口統計学で用いられる指標で、そういった統計が年齢や生まれ年を不正確に報告する傾向を測る方法のひとつとして知られます。それは人口ピラミッドなどの年齢統計で0または5で終わる年齢が特に値が突出して多くなるという、エイジ・ヒーピングと呼ばれる現象に基づいています。それは自分の年齢を正確に知らない人が自分の年齢を回答する場合、自分の年齢に近いと思われる、切りの良い数字で回答することが主な原因となります。この現象は発展途上国の統計に多く見られますが、発展途上国の場合でも十二支が社会的習慣として浸透している国では必ずしもそうとは限りません。エイジ・ヒーピング(10進法とその中間値としての0、5)が診られる統計結果では末尾が0または5の回答を全人口に平均化すれば完全値に近い精度が求められる、というのがウィップル指数の考えで、これが完全値との偏差の大きい統計ほど回答の平均値を許容値の中心とすると、非常に不良、不良から、比較的正確、非常に正確まで信憑性・精度を判定できるとするのがウィップル指数の応用による人口統計学の基本になっています……。
 ああ喉が乾いた、とムーミンは(思っただけですが)思いました。思いついた飲み物はマヨネーズでした。マヨネーズ、とムーミンは声に出してみました。まあ言うだけはタダですから。でもパンの耳につければマヨネーズはサンドイッチのスプレッドになる、つまり飲み物じゃなくて食べ物になるわけだ……。
 ウィップル指数が統計情報の分析に使えるのは一部の哺乳動物だけで、動物一般にはぜんぜん役に立たないのも自明のことです。では応答反応が観測できる生物ならば、バクスター効果が得られる植物であってもウィップル指数による統計分析が可能ではないか。マヨネーズが飲み物にも食べ物にも分類できるように、また概念の実体化であるムーミントロールの谷にも樹木や草花があるように、メタフィジックとフィジカルが両立するシステム環境が観測できるのではないか……。


  (14)

 案外手間はかからなかったようだな、とムーミンパパはレストランのドアの前に立ち、ムーミンムーミンママを振りかえりました。ムーミン、実は偽ムーミンムーミン家の居間の会話中、危険を察してトイレに立ち、本物のムーミンと入れ替わっていたのです。
ムーミンが抱いた疑惑とは主に、
・情報源があやしい
・謎のレストランという設定がやばい
・特上の料理が出る
・挙句に食材にされる
 その根拠としては、半年に一度の新聞が今朝届いたとは思えませんし、ムーミンパパの頭はどうも不思議な電波を拾っているらしい。顧客を肥らせ食材にする話はいくつか知っている。偽ムーミンムーミン谷の公立図書館に隠れて勝手に住んでおり、女性司書とも肉体関係があるので耳年増なのです。ムーミン谷の識字率は小数点を越えてマイナス値に達していますので当然利用者も皆無に近く、これほど偽ムーミンに好都合な施設はありません。
 さらに、
ムーミン谷には通貨がない
 ――というのも偽ムーミンの抱いた疑惑の根拠でした。正確には現在は通貨がないが、過去には1ムーミン2ムーミンという単位が存在していたらしい。だがこれはかつて貨幣経済が行われていた、というよりも人身売買経済がムーミン谷の制度だったのではないか、と半ばタブーになっています。おそらくそれはムーミン族が高次意識体たるトロールに到達する前で、食事や運動、買い物、排泄、性交、入浴などはトロール化以前の生活習慣の名残ではないか、と偽ムーミンは性交中に女性司書から教わりました。そんなの学校じゃ習わなかったよ。学校で教わることなんてみんなウソなのよ(笑)。
 ただし偽ムーミンはおいしいところはいただくつもりでしたので、注文が済んだらトイレに立つようにムーミンを脅してありました。トイレで入れ替わり、食事が済んだら食後のコーヒー中にまたムーミンと入れ替わる。そうすればお勘定は1.25ムーミンでございますという事態にも居合わせずに済む。家族三人の片足・片腕ずつでいいかね?それでは勘定に合いません。パパどうするの?何ならいいのかね?臓器などはいかがでしょうか?
 それに若い臓器ほど高くお引き取りいただけます、と偽ムーミンは想像し、親友の不運に憐憫を禁じ得ませんでした。
 その頃ムーミンパパはメニューを開いて給仕に尋ねていました。このけったいな模様は何かね?はい、と給仕、それはロールシャッハ・テストと申します。


  (15)

 さて、今ムーミン谷のレストランには、いる人もいない人も含めて主要なムーミン谷住民ほぼ全員が顔を揃えていました。すなわち、
 ムーミンパパ、ムーミンママ、ムーミン/スノーク、フローレン/ヘムレンさん、ジャコウネズミ博士/ヘムル署長、スティンキー/ミムラ、ミイ、ミムラ族35兄弟姉妹/ミムラ族とスナフキンの母ミムラ夫人/スナフキンの父ヨクサル/冒険家ロッドユールとソースユール夫妻と息子スニフ/発明家フレドリクソン/3人の魔女トロール・トゥーティッキ、モラン、フィリフヨンカ/フィリフヨンカの叔母エンマ、女友だちガフサ/小言じじいグリムラルンさん/双子夫婦トフスランとビフスラン/谷のガキどもホムサたち/見えない少女ニンニ/迷い這い虫ティーティウー/群棲担子菌類ニョロニョロ/ご先祖様(暖炉の裏に住む老ムーミン)
 その他ここにいない人たちです。上に挙げた人たちでも必ずしも今レストランにいるわけではなく、たとえばムーミントロールのなれの果てとはいえもはやムーミンでもトロールでもないようなご先祖様をいかにして暖炉の裏から引っ張り出せるというのでしょうか。
 ご先祖様はムーミンをミイラにしたような身体に全身から長い毛を生やした姿をしていました。誰もその毛を触ってみた者はおらず、抜け毛らしいものも見当たりませんでしたが、山はりねずみのように毛を立てることができるのか、または静電気を帯びて膨らんでいるのか、毛の立った状態では亀の子だわしのように膨らんでいるので本体はしわくちゃに痩せ細ったわら人形というか、そのものずばりミイラ化したムーミンであることは先に教えられていなければ惑わされてしまうかもしれません。このような不気味な新種の、または未知のトロールがいるのかと腰がひけるだけです。では幽霊の正体見たり枯れ尾花でわかってしまえば何も言うことはないかというと、このご先祖様の存在ほどムーミン谷の人びとにとって頭の痛い懸案はありませんでした。
 つまり谷の誰もがこのご先祖様がいつから存在しているのか、ひょっとすると谷よりも古くから存在していたのかもわかりませんでした。この物体は知られた時にはすでに対話は不可能なほど老化していました。そしてもしもいつか将来、今いる谷の住民がすべて存在を失ってしまっても、ご先祖様だけは暖かな、または誰も火を灯すことのない暖炉の裏でじっとうずくまっているかもしれないのです。


(初出2017年/全80回より抜粋・お借りした画像は本編と関係ありません)

フェラ・クティ Fela Ransome Kuti & Africa 70 - エクスペンスィヴ・シット Expensive Shit (Sounds Workshop, Nigeria, 1975)

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フェラ・ランサム・クティ&アフリカ70 Fela Ransome Kuti & Africa 70 - エクスペンスィヴ・シット Expensive Shit (Sounds Workshop, Nigeria, 1975) Full Album: https://youtu.be/yUNkimxj0Vo

Recorded in 1975
Originally Released by Sounds Workshop (Nigeria), Editions Makossa (US), 1975
(Side A)
A1. Expensive Shit - 13:13
(Side B)
B1. Water No Get Enemy - 11:00
All songs written and produced by Fela Kuti

[ Fela Ransome Kuti & Africa 70 ]

Fela Ransome Kuti - composer, arrangement, tenor saxophone, electric piano, vocal
Tunde Williams - trumpet
Lekan Animashaun - baritone saxophone
Franco Aboddy - bass guitar
James Abayomi - stick

Allmusic Rating ★★★★1/2

User Rating ★★★★★

Review by Lindsay Planer
This disc is an overt response to the consistent harassment afflicting Fela Kuti's Kalakuta Republic in the early '70s under the oppressive Lagos authorities. The title track is a direct reference to an actual incident that occurred in which the cops planted a marijuana cigarette on Kuti -- who promptly swallowed it and therefore destroyed any evidence. He was then held until he could pass the drugs from his system -- which miraculously did not occur when his fecal sample was then sent for analysis, thanks to some help from his fellow inmates. Because of the costs incurred during this debacle, Kuti proclaimed his excrement as Expensive Shit. Musically, the Afro-funk and tribal rhythms that Kuti and his Africa '70 put down can rightfully be compared to that of James Brown or even a George Clinton-esque vibe. The beats are infectious with a hint of Latin influence, making the music nearly impossible to keep from moving to. Although the band is large, it is also remarkably tight and malleable enough to accompany and punctuate Kuti's vehement and indicting lyrics. The nature of what Kuti says, as well as infers, amounts to much more than simply whining or bad-rapping the law. His witty and thoughtful raps not only relate his side of the incident, but do so with tongue-in-cheek humor -- such as the statement that his oppressors must really enjoy his feces because they want to examine it so urgently. Yet, he tries to stay away from it, for somewhat obvious reasons. The album's B-side contains the metaphysical "Water No Get Enemy." This is a comparatively jazzy piece, with Africa '70 again exploring and stretching out its impulsive beats behind Kuti's singing. The track features some of his finest and most inspired keyboard work as well. He weaves hypnotic and ethereal electric piano lines over the earthy-sounding brass section. The laid-back groove works well in contrast to the manic tempo of "Expensive Shit."
(allmusic.com)

 このブログではだいたいジャズとロックを交互に紹介していますが、フェラ・クティ(1938~1997)の位置づけはどうしたらいいものでしょうか。この12作目のアルバムはLPでは片面1曲ずつ、それぞれ13分・11分とコンパクトで、フェラ・クティのアルバムはだいたいこういう一気に聴ける構成になっています。アルバム・タイトル曲のA面の攻撃性、B面の内向的にうねるグルーヴ感など両曲とも甲乙つけがたく、A面の路線は77年のアルバム『ゾンビ』Zombie : https://youtu.be/SVMmnYp_Zxsのタイトル曲で頂点を極めるので、ベスト・アルバムにはB面の「ウォーター・ノー・ゲット・エネミー」が採られることが多いようです。
 ナイジェリア人のフェラ・クティは元々はジャズ・ミュージシャン志望で、大学時代はイギリスに留学しており、テナーサックスとエレクトリック・ピアノを手がけるバンドリーダーでした。帰国後ジャズ・ミュージシャンとして活動を始め、60年代末にはアメリカ公演を行います。そこでテナー奏者ではジョン・コルトレーンに心酔し、アメリカの黒人運動からアフリカ人としてのアイディンティティに向かう思想的影響も受けますが、音楽的にはジェイムズ・ブラウンのブラック・ロック=ファンク・スタイルに傾倒することになりました。その結果フェラが生み出したのが、「アフロビート」(Afrobeat)と自称したミニマルで実験的でもあればプリミティヴでもある不思議なファンク・ジャズ・ロックでした。この音楽的発明は、クリーム解散後のジンジャー・ベイカーがフェラとの共演アルバム制作に乗り出し、フェラのバンドの演奏を見たジェイムズ・ブラウンが自分のバンドのアレンジャーにフェラの演奏の採譜をさせる、という逆影響まで生むことになります。

 ボブ・マーレイ、ジミー・クリフらレゲエが英米で早くから受け入れられたのは、レゲエが元々ロック・ステディと呼ばれる英米ロック系ポップスの改作から始まったことによる音楽的親近性と、ジャマイカは地理的に近くレゲエにはスター性のあるミュージシャンがいた、という事情があります。フェラのアフロビートは基本的にはフェラ独自のスタイルであり、伝統的音楽はもっと穏やかなもので、かつナイジェリアは19世紀以来イギリス植民地ではあったもののあまりに広大だったため第1次世界大戦前後には間接統治となり、1960年の独立後には伝統的首長制と軍事政権の力が強まりジャマイカのような英米文化圏ではありませんでした。その上フェラはナイジェリアのミュージシャンとして内政状況に強い抗議の姿勢を音楽によって示す、はっきりと政治的立場を明確にした人でした。自国での人気は高く、専属のライヴ・スポットを持ち、1974年にはフェラの政治的影響力を警戒した警察局から冤罪をかけられて逮捕・カラクタ刑務所に拘置されます。証拠不十分で釈放されたフェラは自宅敷地を高さ4メートルの有刺鉄線で囲み、カラクタ共和国を名乗って独立国を宣言し、本格的なコミューン生活に入りました。翌75年、再度の見せしめ逮捕を経て作られた政権批判アルバム『エクスペンスィヴ・シット』はまたもや国内大衆の支持を得てヒット作となります。
 警察や軍部からの度重なる弾圧は代表作『ゾンビ』発表の77年にピークに達し、1000人の軍隊によってカラクタ共和国は包囲・襲撃され、家屋を全焼させられます。フェラは逮捕され、以後カラクタ共和国の名称を禁じられた上に国内でのライヴ活動も制限されてしまいます。一時的に活動休止に追い込まれたフェラは釈放後、メンバーのコーラス隊女性27人と合同結婚式を挙げました。おそらく『エクスペンスィヴ・シット』の、フェラを中心にわんさかいる上半身裸体の女性たちが全員フェラの奥さんだったのでしょう。前面に張られている有刺鉄線はカラクタ共和国の領地でしょうから、本作制作当時から『ゾンビ』の頃までのフェラはもっとも順調かつ攻撃的だったろうと思われます。

 その後フェラはバンド名をエジプト80と改め、皮肉にもナイジェリアでの弾圧がきっかけとなりヨーロッパのジャズ・シーンから国際的評価を高めていきます。ヨーロッパのジャズ界では70年代にサン・ラ・アーケストラやアート・アンサンブル・オブ・シカゴなど黒人性を強く打ち出したフリー・ジャズの評価が高く、アート・アンサンブルのメンバーは早くからフェラの音楽に着目していました。ロックではブライアン・イーノとデイヴィッド・バーンが目をつけ、イーノのプロデュースするバーンのバンド、トーキング・ヘッズがアフロビートの導入に『フィア・オブ・ミュージック』1979で着手し、『リメイン・イン・ライト』1980で大成功します。『フィア・オブ・ミュージック』に参加したロバート・フリップが『リメイン・イン・ライト』のフィーチャリング・ギタリストであるエイドリアン・ブリューを迎えたキング・クリムゾンの『ディシプリン』1981はアフロビートをよりミニマムに解釈し、ファンク色を抽象化したものでした。日本では暗黒大陸じゃがたらパンク・ロックとアフロビートを折衷した作風を生み出します。80年代以降フェラの国際的評価は高まりましたが、活動制限や健康問題でかつてのカラクタ共和国大統領の創作力は寡作になっていきます。1997年、エイズによる合併症で死去。享年58歳。2010年にはアルバム46作分のCD26枚組(+ライヴDVD1枚)の全集(収録漏れ曲・アルバムもあるので完全版とは言えませんが)がリリースされました。
 フェラは生涯12回逮捕されましたが、いずれも政治的弾圧によるもので全件不起訴または証拠不十分による釈放、または無罪となっています。『エクスペンスィヴ・シット』は「最初の収監体験から生まれたアルバムで、タイトルと歌詞は「大麻所持容疑で逮捕されたフェラに対し、証拠品として大便を執拗に要求した警察に対する皮肉」(ウィキペディアより)とされ、スカトロジーによる権力批判というフランク・ザッパ的な着想です。ザッパとフェラは無類のバンドリーダー、マルチプレイヤー、ハイブリッド的音楽性でも共通性が多い音楽家でした。ザッパもエイズによる合併症で逝去した人です(フェラより2年年少の1940年生まれ、'93年没・享年52歳)。もっともナイジェリアのフェラの場合は、ザッパと異なりアフリカの風土病という環境にありました。このブログではサン・ラの全アルバム紹介、クラウス・シュルツェの全アルバム(2000年代以前まで)紹介を編年体で載せてきましたが、フェラ・クティは20世紀音楽の巨匠の中でも音楽的業績の大きさだけでは語り尽くせない複雑な背景を持った存在だけに紹介が難しいミュージシャンです。今後代表的アルバムなりともご紹介してみたいと思います。