人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - Monorails and Satellites, Vol.1 & Vol.2 (Saturn, 1968/1969)

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Sun Ra - Monorails and Satellites, Vol.1 (Saturn, 1968) Full Album & Bonus Tracks : http://www.youtube.com/watch?v=QRfQyZCgdPo&list=PLm4w7C3_vBpgiyjEY7sXzkFzvdYNxWMhM
Recorded at the Sun Studios, New York, (the commune where the Arkestra lived), 1966
Released by El Saturn Records SR-509, 1968
All Songs by Sun Ra except Easy Street & Don't Blame Me
(Side A)
1. Space Towers - 3:35
2. Cognition - 6:30
3. Skylight - 3:55
4. The Alter Destiny - 3:04
(Side B)
1. Easy Street (Jones) - 3:35
2. Blue Differentials - 2:50
3. Monorails and Satellites - 5:31
4. The Galaxy Way - 3:16
(CD Bonus Tracks)
1. Soundscapes - 3:26
2. The Eternal Tomorrow - 5:43
3. The Changing Wind - 3:52
4. World Island Festival - 6:18
5. Don't Blame Me (McHugh, Fields) - 4:37
6. Today is Not Yesterday - 7:09
[ Personnel ]
Sun Ra - piano
*

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Sun Ra - Monorails and Satellites, Vol.2 (Saturn, 1969) Full Album : http://www.youtube.com/watch?v=aibuvU5egAs&list=PLm4w7C3_vBpgpcQ_Yxn9nVjgY6CL7aI-6&sns=em
Recorded at the Sun Studios, New York, (the commune where the Arkestra lived), 1966
Released by El Saturn Records ESR-9691, 1969
All Songs by Sun Ra
(Side A)
A1. Astro-Vision - 3:15
A2. The Ninth Eye - 9:05
A3. Solar Boats - 4:59
(Side B)
B1. Perspective Prisms of Is - 6:18
B2. Calundronius - 8:07
[ Personnel ]
Sun Ra - piano, and electronics on Astro Vision

 サン・ラのアルバムも30枚を越えてようやくソロ・ピアノ作品が登場しました。Vol.1とVol.2は同時期の録音からアルバム化に際して振り分けられたもので特に大きなコンセプトの違いはなく、CD化されたVol.1にはさらにLP1枚分相当の未発表テイクがボーナス収録されています。Vol.2はまだCD化されていませんから(レコード起こしの海賊盤しかCDになっていないので)、正規盤CDの『The Complete Monorails and Satellites Recordings』の発売が待たれます。ただし例によってサターン盤ですから、Vol.1分と未発表テイクは残っていたのにVol.2のマスター・テープは所在不明になっているのかもしれません。ご覧の通りVol.1とVol.2は裏ジャケットに至るまで一色刷りの同一イラストの使い回しという体裁ですし、レコード起こしの海賊盤を聴いてもサターン作品には珍しく音質良好(自宅録音のソロ・ピアノなので無理がなかったのでしょう)ですから、SPレコード時代の音源のCD復刻ではレコードからリマスタリング・マスターを作成するのが普通に行われているようにサターン盤も踏襲すれば良かろうにと思いますが、サン・ラはアルバムが多すぎて割を食っている作品もあるということでしょう。ソロ・ピアノ作品も70年代後半以降のものが知られています。
 このアルバムはサン・ラのアーケストラが軌道に乗った絶頂期になってから制作されただけあって自信に満ちた優れたものですし、サン・ラ初のソロ・ピアノ作品という意義も担う重要作である上に音質も上々と言うことなしなのですが、Vol.1とVol.2では楽曲のまとまりに差がある程度ですし(Vol.2の方はやや作・編曲のスケッチ風です)、さらに言えばピアノ・アルバムとして優れた作品と認めた上でサン・ラ・アーケストラ作品の注釈として聴けるリスナーでなければ入りづらい側面があります。アーケストラと関わりなく聴けば変わり種のフリージャズ・ピアノ・アルバムとして好盤なのですが、それではサン・ラの全貌を反映したアルバムという性格は見えないのです。
(Original El Saturn "Monorails and Satellites, Vol.1" Liner Cover & Side A Label)

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 ジャズ・ピアノの父ジェリー・ロール・モートンからジャズ・ピアノの帝王アート・テイタム、さらにビッグバンドリーダー兼ピアニストの二大巨匠デューク・エリントンカウント・ベイシーらサン・ラが聴いて育ってきた黒人ジャズ・ピアノの歴史と、サン・ラより後輩の黒人モダン・ジャズ・ピアノの革新者であるセロニアス・モンクセシル・テイラーまで。『Monorails and Satellites』はサン・ラによる黒人ジャズ・ピアノ史のショーケースと言われます。それにはアルバム3枚分のレパートリーを演奏したかった(そのうち2枚分を発表した)ということになるのでしょう。はっとする箇所がどの曲にもあります。モダン・ジャズでもバド・パウエル系のビバップにはならないのは左手のベース・ラインが強靭なためにむしろ高音域は装飾音的に使われることが多いからで、イタリア系白人の理論派クールジャズ・ピアニストで鬼才と知られるレニー・トリスターノの醒めきったベースライン中心のプレイを彷彿させる場面が多いのも意外です。
 というのは、サン・ラのソロ・ピアノはアーケストラのアレンジのデッサン的性格が強くうかがわれ、通常ピアニストはそれほど広い音域は使いません。88鍵あるピアノの音域はフル編成のオーケストラよりも音域が広いのですが、耳に心地良い音楽は人間の自然な声の音域です。楽器による合奏の場合でも主旋律自体はそれほど激しく音域を上下するわけではなく、激しい音の跳躍や細分化され高速化されたフレーズは実際は単純な主旋律に装飾音を混ぜて複雑化したような錯覚をさせたものです。サン・ラのソロ・ピアノを聴くと、ピアノという単一の楽器でおそらく金管楽器パート、木管楽器パート、ピアノパート、ベースパート、ドラムパート(ドラムスも記譜上では音程で表せます)を同時進行で演奏するはなれわざが行われているのがわかります。ソロ・ピアノ演奏として完結しているというよりパートの分割を聴きとれない聴き手にとってはピアノによるサウンドクラスターのような演奏に聴こえるので、ばらばらなフレーズが2オクターヴも跳躍するのも珍しくなくメロディとして認識できない、という現象が起こります。ところがそれはサン・ラにとってはトロンボーンの持続音、サックス陣によるリフとトリル、トランペットが放つ高音域のヒットの同時演奏で、当然左手ではポリリズミックなピアノ、ベース、ドラムスのパートの同時演奏も行われているのです。
(Original El Saturn "Monorails and Satellites, Vol.2" Liner Cover & Side A Label)

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 そうしたピアノ1台によるマルチ奏法は1930年代のアート・テイタムの頃には確立されており、ビバップはピアノをもっとソリッドなソロイストの楽器に見直しましたが、セロニアス・モンクセシル・テイラービバップから出ながらピアノの機能に再びオーケストラ的混沌を与える、というサン・ラに近い立場にいました。実際もっとも『Monorails and Satellites』が近いのはセシル・テイラーのピアノ演奏です。サン・ラはアーケストラのアルバムではピアノを抑制し、総勢8~12人のメンバーに役割分担させていたのがわかります。テイラーのバンドは3~5人、特にベースレスのサックス/ピアノ/ドラムスのトリオを好みましたから、ピアノの役割はフルメンバーのサン・ラ・アーケストラより大きなものでした。
 本アルバムのタイトル『Monorails and Satellites』は映画『2001年宇宙の旅』1968から採られたものだそうです。映画ではロケットの目的地はモノリスからの信号が発射された木星の衛星になっていますが、小説版では土星の衛星です。土星人音楽家であるサン・ラがこの設定に歓喜し興奮しただろうとは推察するにあまりあります。あの映画にインスパイアされたアルバム・タイトルにしてはジャケット・アートは20年古いSFパルプ・マガジン並みですが、アルバム内容は逆に『2001年宇宙の旅』が古く見えるような、正真正銘21世紀になって初めて真価がわかるような進みすぎた音楽でした。サン・ラのアナクロニズムと先取性の奇妙な混合は本作ではオーソドックスなソロ・ピアノ演奏(Vol.2のA1のみエレクトリック・パーカッションが入りますが)ですら全開しており、ジャズ・ピアノが流れるバーでかかろうものならブーイングは必至でしょう。一般的なジャズの認知などその程度のものです。