人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アイアン・バタフライ Iron Butterfly - In-a-Gadda-da-Vida (Atco, 1968)

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アイアン・バタフライ Iron Butterfly - In-a-Gadda-da-Vida (Atco, 1968) Full Album : https://youtu.be/TAP5gK9_-KU
Recorded at Gold Star Studios, Hollywood, CA and Ultra-Sonic Studios, Hempstead, New York in First half of 1968 (side two was recorded on 27 May '68)
Released by Atco Records SD 33-250 in June 14, 1968
All songs written and composed by Doug Ingle except where noted.
(Side one)
1. 君が望むもの Most Anything You Want - 3:44
2. 花とビーズ Flowers and Beads - 3:09
3. 私の空想 My Mirage" - 4:55
4. 終末 Termination (Erik Brann, Lee Dorman) - 2:53
5. アー・ユー・ハッピー Are You Happy - 4:31
(Side two)
1. ガダ・ダ・ビダ In-A-Gadda-Da-Vida : https://youtu.be/ZCkHanF4v1w - 17:05
[ Personnel ]
Erik Brann - guitars, backing & lead vocal (A4)
Doug Ingle - organ, lead vocals (all but A4)
Lee Dorman - bass, backing vocals
Ron Bushy - drums, percussion

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Iron Butterfly - In-A-Gadda-Da-Vida (Single Edit Ver.) : https://youtu.be/Xv1k4Dug7_8 - 2:56

 まず本作のチャート記録から入りましょう。
1968.6 In-A-Gadda-Da-Vida (ATCO) - US#4, US No.1 Album of Billboard 200 in 1969 Year End Charts*
*Top 5 Albums of Billboard 200 in 1969 Year End Charts
1. Iron Butterfly / In-A-Gadda-Da-Vida (ATCO)
2. Original Cast / Hair (RCA)
3. Blood, Sweat And Tears / Blood, Sweat And Tears (Columbia)
4. Creedence Clearwater Revival / Bayou Country (Fantasy)
5. Led Zeppelin / Led Zeppelin (Atlantic)
 この『In-A-Gadda-Da-Vida』はアメリカのレコード市場、つまり世界的にも初めて100万枚を超える売り上げを記録したアルバムとして記憶されることになりました。それは前年1967年から見直された著作権法によるアルバム規格・内容への制約の緩和が一因でもありますが、より大きな原因は第二次大戦後の出産率のピーク(いわゆるベビーブーマー)のレコード購買力がフォーク/ロックを中心としたポピュラー音楽の売り上げを著しく増大させたことによるでしょう。しかしレコード史上初のミリオンセラー・アルバムが『In-A-Gadda-Da-Vida』だったというのはいったいどういうめぐり合わせでしょうか。タイトル曲は1968年7月発売の短縮版シングルが最高位30位の中ヒットを記録しましたが、1969年にも3曲入りEPで再発されチャート下位でロングラン・ヒットを続けることになります。特にラジオ・オンエア率が頻繁で、深夜帯番組ではアルバムの17分5秒ヴァージョンをそのまま放送する局が多かったのがシングル・ヒット以上にアルバムの売れ行きに拍車をかけました。そして本作は現在までに累計3000万枚(!)という記録的なセールスを上げることになります。1967年の全米年間アルバム・チャート1位がジミ・ヘンドリックスのデビュー・アルバムだった頃からロックのアルバム売り上げは急上昇していましたが、実売ではまだポピュラー音楽では映画音楽やミュージカル音楽が優位でした。LPレコードは高級品で大人の買う物だったからですが、『In-A-Gadda-Da-Vida』はチャート順位こそ最高位4位だったものの140週間、つまり2年半あまりもチャート・インを続けて、結果的に全米年間アルバム・チャート1位になります。参考に1969年の年間アルバム・チャート5位までを引きましたが、この年最高の話題を呼んだヒッピー・ミュージカル『Hair』サントラ、BSTやCCRツェッペリンのデビュー作よりも上位なのです。
 本作はヒット実績、発表当時の反響では後年のニルヴァーナNevermind』にも匹敵しましたが、「おそらくセールスに反する貧弱な内容ではロック史上最悪のアルバムの最右翼に上げられるだろう」というのが大方の評価でもあります。一例として、本作発表からほぼ10年後のアメリカでの評価は次の引用が代表的なものになるでしょう。

●IRON BUTTERFLY
アイアン・バタフライ
★★In-A-Gadda-Da-Vida/Atco 250
☆Iron Butterfly-Live/Atco 318
 時代の雰囲気を映しだしたとも思える1968年のサイケデリックヘヴィメタルな作品、《In-A-Gadda-Da-Vida》のB面全部にわたるタイトル曲を聞いて、アイアン・バタフライはロックン・ロールの記号学者なのだ、と考えた人もいただろう。また同じ曲を、叙事詩をまねてエデンの幸福を語っている、ととらえた人もいただろう。しかし、一時はアトランティックとアトコのレコードのなかでいちばんよく売れたこのアルバムは、グループと同様、急速に忘れてもよいものになりさがってしまった。したがって、その価値について議論するのも意味がなくなった。このレコードはいまやがらくただ。(ジョン・スヴェンソン)
(『ローリングストーン・レコードガイド』デイヴ・マーシュ/ジョン・スヴェンソン編・原著1979年・日本語版1982年刊行)

(Original ATCO "In-A-Gadda-Da-Vida" LP Liner Cover & Side 1 / Side2 Label)

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 にもかかわらず、本作は21世紀にも売れ続けているアルバムになりました。タイトル曲に惹かれてアルバムを購入した人の大半は、フラワー・ポップなオルガン・サイケのA面曲にがっくりくるでしょう。実はこちらの方が本来のバタフライの作風で、ドアーズ、SRC、ヴァニラ・ファッジを安っぽくしたような楽曲とサウンドで演奏も拙い、というよりはあまり良いセンスを感じられないものです。ただしリー・ドーマンの加入でモータウン系リズムが導入されたのは注目できます。ヴォーカルもこけおどし風で二流っぽさに輪をかけていますが、これで歌だけは上手かったらかえって浮いてしまったかもしれません。ただB面全面を使った「In-A-Gadda-Da-Vida」はクレイジー・ワールド・オブ・アーサー・ブラウンの「Fire」やクリームの「Sunshine of Your Love」に似たヘヴィなリフで押していくミディアム・テンポの曲で、ピンク・フロイドより前の大学生のグラス・パーティでは定番曲だったに違いないムード音楽です。実用的な音楽ならドアーズやファッジの精密な音楽よりも「In-A-Gadda-Da-Vida」くらいザックリした曲の方がいい、ともいえるでしょう。また端的に言ってバタフライはオルガン・サイケですが、元祖ヘヴィ・ロックとしても「In-A-Gadda-Da-Vida」のリフはブラック・サバス系とユーライア・ヒープ系のハード・ロックに大きな影響を与えただろうと思えます。ブルー・オイスター・カルトの出発点がドアーズやサバスとともに「In-A-Gadda-Da-Vida」なのは間違いなく、後に歴代のバタフライを去来したメンバーが参加したラマタム、ニュー・カクタス・バンド、キャプテン・ビヨンドは実力では明らかにバタフライより優れたハード・ロック・バンドでした。
 ですが「In-A-Gadda-Da-Vida」はアイアン・バタフライだけに降ってきた突然変異的楽曲で、村上春樹氏のエッセイに結婚入場曲ならドアーズの「Light My Fire」か「In-A-Gadda-Da-Vida」がいい、というジョークがありましたが、それもドアーズの曲同様に偶然タイトルの意にもかなっています(Vidaはラテン語、イタリア語で「生」、"In a Garden of Life"を呪文化したのがタイトルの由来だそうです)。現在はわかりませんが、旧FEN(現AFN)では80年代になっても月に2、3回は深夜にアルバム・ヴァージョンで「In-A-Gadda-Da-Vida」を流していました。この17分5秒ヴァージョン、長いのは中間部でオルガン→ギター→ドラムスのソロ回しがあるだけだからですが、ドアーズやファッジのようなセンスの良いバンドには出せないアイディアの乏しいバンドゆえの呪術性が横溢していて飽きそうで飽きないのです。ソロはとりませんがベースも含めて、メーターの針が振り切れています。いくつか残された同一メンバーのライヴでは、このスタジオ録音を超える出来の演奏もあります。一見稚拙に見えて本当に稚拙なだけかもしれませんが、トライバルなタムタムの連打に掻きむしるようなギターが絡み、ドスの効いたベースと教会音楽風のオルガンがたなびく後半の展開は粋なバンドにはできないもので、やった者勝ちの栄誉と引き換えに永遠の二流バンド扱いを受けたとしても持て瞑すべしというものでしょう。本作にはそんな刹那的な感覚だけは確かにあります。それがアルバムのB面で、フラワー・ポップなA面とコントラストをなしているのも案外本作の人気の秘訣になっているのかもしれません。