人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

2007年9月6日/13日(裁判)

今回もリコメント型式で始めたい。ぼくが獄中でなにを考えたか、裁判がぼくにとってどんな意味を持ったかを思い出してみたいと思う。
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法治国家では捏造や冤罪は珍しいことではありませんし、ぼくを知る人で、ぼくが告訴されたような行為を行ったと信じる人は誰もいません。ぼくが司法に従ったのは、妻が離婚の意向を保健所と警察署に利用されて、捏造された告訴状に署名してしまった以上は、妻と娘たちのために事態を最短距離で済ませたかったからです。
妻はせいぜい数日間ぼくが拘置され、接近禁止条令が適用されるものと思わされていました。ぼくが告訴内容を虚偽として冤罪を主張すれば、妻(実際には刑事による)の告訴自体が捏造であるかをめぐって裁判が長期化し、妻、そして娘たちの生活の平穏も乱すことになります。ぼくも3か月と20日(懲役より長い!)の未決囚監に疲れ果てていました。それらが、ぼくが捏造された冤罪を黙って受け入れた理由です。
もし、本当に本心を言うならば、ぼくは法よりも倫理を上位に置きたいと思います。そして倫理的にぼくには恥ずべきことはなく、卑劣な行為は司法の側にあった、と言い切れます-それはぼくが有罪の宣告をされても同じです。

お粗末な裁判だった。ぼくとの接見時には尊大な態度だったピアスの国選弁護士は法廷では借りてきた猫のように卑屈だった。検事は寝癖髪で遅刻してきて叱責を受けていたが、原稿通りに、「被告の所業は許されざるものであり…」と読み上げる時だけは得意気だった。検察と被告双方の弁論になると、こちらは「すべて告訴内容の通りです」と勝負を投げたが、検事はぼくが獄中から娘への誕生日カードを送り、妻が警察に「獄中から手紙を出させないでほしい」と訴えたことを持ち出し、「被告は今も妻子に執着の念を持っており、反省の念は極めて薄いと…」「それは本件とは無関係として却下する」と裁判官はピシャリと言った。得意気だった検事はとたんに悄気かえった。検事が持ち出した「証拠」が後出しジャンケンでしかないのは法学専攻でもなく、著名な裁判記録書を数冊読んだことがあるだけのぼくにでもわかることだ。
裁判官はまだしも、弁護士と検事の人間的なみすぼらさといったらなかった。こんな連中に運命を左右されようとしているのか、と思うとぼく自身まで下劣な人間の列に組み込まれるようだった。