人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(その瞳は太陽に似ず…)

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ひさびさに文学関係の読み物で年末を締めたい。ごくありふれた慣習だが、詩を語ることを古来「清談」と言う。そんな感じで行けたら嬉しい。

ソネット130(その瞳は太陽に似ず…)

ぼくの女、その瞳は少しも太陽に似ておらず
唇でさえ珊瑚の赤さにはかなわない
雪の白さに較べれば胸の色は闇
髪を針金だとすれば黒い針金をはやしている。
赤と白の精妙な色まじりの薔薇を見たことがあるが
彼女の頬にはそんなに立派なものはない
ぼくの恋人の吐息よりも
もっと甘美な香料はある。この女のしゃべり声は心地よいが
音楽の美しさはそれより勝るのはわかる
歩行する女神を見たことはないが
ぼくの女は地面を踏んで歩く
―だが絵に描いたような女もめったにいないが
ぼくの恋人もめったにいない女だと誓って言える。
(シェイクスピアソネット集」1609年刊)

晦日の詩にこれを選んだのは、今年の年末に、六年半前の離婚以来やっと理想的な女性とめぐりあえたからだ。この六年半にもなにもなかったわけではなかったが、望んだような関係になれた相手はなかった。女性関係について言えばことごとく女難続きだった。それが原因で病状が悪化し入院すれば入院先でも女難に遭う、といった具合で悪い冗談のような歳月だったから、今後は「ごめん、おれ彼女いるから」で済むと思うと(本当か?)入院…いやもう入院は身体疾患でもなければしないと思う。
クリスチャンにとって幸福とは主(神さま)の恵みを指すが、神さまは紆余曲折して結局恵みそのものの女性と結びつけてくださった。これほど幸せな恋愛をしていて精神的な不調に陥るとは思えない。本来ぼくは和みの人なのだ。

この詩(ソネット=14行詩)は近世以降の恋愛詩集の最高の作品とされるウィリアム・シェイクスピアの「ソネット集」でも白眉の一編と名高い。もっとも全154編中少なくとも64,5編は傑作とされるが、着想の面白さが感動を誘う秀抜な作品で、12行に渡って恋人を褒めつつ自然や芸術ほどではないと謙遜し、最後の2行でどかん!と自慢する、というもの。これはいわゆる「ダーク・レディ」(スコーピオンズの曲名はここから採られた)詩編の一編だが、「ソネット集」についてはまた改めて解説をしたい。

それでは皆さま、よいお年をお迎えください。