人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

一期一会

 最後に精神病棟に入院したのが2010年12月1日、退院したのが翌2011年3月9日だった。退院の決定は3月3日で、あの入院では、このまま退院させてもらえないのではないかと恐怖を味わった。だが退院そうそうあの大地震があったから、病棟はさぞ大騒ぎだったろうと思うと、もう少しいても良かったな、と思った。
 退院の前々日、彼女は入院してきた。喫煙室でこっそり煙草を分けてあげた(入院直後はまだ喫煙許可が出ないのだ。あれは苦しい)。彼女はアルコール依存症の治療歴が長いが断酒も節酒もできず、ついに幻覚から錯乱を起こして緊急入院した。アルコール依存症については、専門病院に入院したから知っている。
 遅くはない引き返せるよ、とついでに煙草をまとめて数本分けると、彼女はありがとう、と受け取り、でも私、肝硬変なのよ。うん、と平然を装い、肝硬変から引き返した人もいたよ。しかしそれは嘘とは言わずとも、厳密には肝硬変まで行けば現状維持以外ない。現状維持すら大変なのも入院中に見てきた。だがそれより、彼女がどんな経緯でアルコール依存症になり、どんな症状に至ったかを聞いてあげる方が大切だった。ここでまともに話ができる人ってSAさんだけだわ、と彼女は言った。
 だが退院が明後日に控えていることは、その場では言いだせなかった。ここは閉鎖病棟で入院患者の9割5分が慢性症状で事実上生涯入院になっている。落ち着いたらアルコール依存症専門病院に転院することになるみたい、と彼女が言うので、だったらだいたい3か月の入院で済むよ、と自分の経験から答えた。
 ところで退院が決まり、この入院のきっかけになった女性と公衆電話で連絡を取り合うようになっていた。電話して部屋に戻る途中、先ほどの彼女がひとりでテレビ室にいるのを見かけた。まだ親しい女性患者がいないのだ。テレビ脇の本棚から雑誌を取りながら、不意に彼女と目が合った。暑っちいよ、と彼女はニヤッと笑った。病的な目をしていた。テレビを観ていたのではなかったのだ。幻覚を見ていたのだ。彼女が女性患者に溶け込めない理由がわかった。まだ彼女は禁断症状の中にいた。