人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ畑でつかまえて(63)

 ライナスの周囲を二重三重に、虹色の煙が渦巻いていました。その煙は水しぶきで出来ているようで、目を凝らすと小さな魚がぴちぴちと跳ねているのが見えました。かと思うとその煙は低い空に垂れ込めた雲のようで、切り裂くように鋭く鷹か鷲らしき鳥が、その中から出たり入ったりしているのが見えました。
 ライナスはどうやら見えない物体の上に立っているようでした。見えない物体とはいえライナスの体重を支え、ぐらついたり傾いたりしない様子からは、それなりの質量と大きさ、密度をそなえているようでした。見えないのは錯覚で、角度が変われば見えるのかもしれません。それは何か他のことに例えるなら……。
 ところで私たちは中央広場から通じる橋の上までは来ましたが、とスノーク、ここからは桜の花なんか見えませんよ、もうゴザを広げてから言うのは何ですが。そりゃそうさ、とジャコウネズミ博士、ムーミン谷に桜の木などないからな。そうでしたねい、とスティンキーは梅の小枝をポイと捨てました。梅の小枝は橋の上に敷いたゴザに着地する前にアデュー、とひと言つぶやくと、ムーミン谷から、そしてこの世界から永遠に消滅しました。
 この戦争が終わったら、少しはマシな世の中になると期待していたのが誰もの共通の思いでした、とスナフキンはご先祖さまの勧めてくれたとっても不味い薬湯を我慢してすすりながら傍白しました。それはムーミン谷住人全員の総意なのかね、と仙人の域に達したご先祖さまはさりげなくかわしました。それは、とスナフキンは言葉に詰まりましたが、だからこそご先祖さまであるムーミン谷長老の判断を仰ぎたいのです、と意を決していたのです。
 ライナスはいつまで雲の上から見下ろしているのだろう、と思うと、またしてもますます時間の経過感覚が麻痺してしまっているのを感じずにはおられず、叫びだしたくなる気持を抑えながらもライナスの身にはいったい何が起こったのだろうか、と驚愕の混じった疑問は膨れ上がるばかりでした。あのライナスはすでに自分の知るライナスではないのかもしれない、とすら思われました。あるいは自分こそが……。
 だが世の中にも2種類ある、争いのない平和な世の中と、平和のために争う世の中さ。そして世の中が本当に平和だという確信がない以上、争う他に世の中のあり方はないんじゃないかね?それは、とスナフキンは返答に詰まりました。では私たちはどうすれば……。