人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

魍猟綺譚・夜ノアンパンマン(12)

 とにかくわかったことがある、とばいきんまんは朝食のハムエッグ定食をたいらげながら、やつらはこれまで食い物で正義を主張してきたが、これからは食い気ばかりでなく色気まで正義のために利用しようという魂胆なのだ。目的のためには手段も選ばないなんて何て身も蓋もない連中なんだろうか。そうですねえ、と何も考えていないホラーマンがあいずちをうちました。そうだそうだ!とばいきんまんは自分自身の意見に大賛成すると、しかし色気とは何だ、と手も足も出ない疑問に襲われました。
 少なくともこれまで色気という土俵ではアンパンマンたちと戦ったことはないのは確かなことですが、唯一あれかな、と思い当たるのはメロンパンナちゃんのメロメロパンチくらいのもので、パンチとしてはへなちょこなのですが軽く食らっただけでも全身から力の抜けていく脱力感に襲われ、これはやばいと退散しようとしても間に合わずとどめのアンパンチを食らって空のお星さまへと消えていくのです。なぜあんな、目をつぶっていても避けられるようなパンチを食らってしまうかといえば、どうせこんな小娘とメロンパンナちゃんをあなどっているからで、時たま思い出すことはあっても基本的な戦略上では、メロンパンナちゃんを敵の勢力としてはとるに足りないものとしていつも不覚をとってしまうのは、ばいきんまんに学習能力というものがほとんど欠如しているか、常に事態を自分に有利に解釈して疑わない天性の楽天主義によるものでした。
 でも、問題は性感なんですねえ、とホラーマン。いったい私には性感なんてあるんでしょうか、というその体は、純粋に骨格からでだけできた動く骸骨でした。ふとばいきんまんはホラーマンが骨格だけになる以前の正体はどうだったのだろうか、と考えましたが、ホラーマンはどうせ肉体ごと記憶力を失っていてこそホラーマンなのでしょうから確かめるすべはなく、そもそも取るに足る存在ではないホラーマンについて考える不毛こそが現実に直面した問題からの逃避かと思えるのです。
 ですがめったにないことに、今もっとも切迫した事態と本質的にむすびついていたのはホラーマンの素朴な疑問でした。骨格だけを肉体とするホラーマンが性感とは無縁であるなら、ジャムおじさんの計画が通じない相手が少なくとも一体ここにいて、すべての住民をホラーマン化する作戦だってあるのだ、とばいきんまんは思いつき、背筋を凍らせました。