人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(59)

 不安な夢から目覚めると、ジャムおじさんは自分が一個の巨大な乳頭になっているのに気づきました。普通起きると乳頭になっているなどということはほとんどありませんから、ジャムおじさんもこれは悪夢の続きか、何かの冗談かと思いました。冗談だとしたら手がこんだものです。きっと顔面だけ出してポリウレタン製の着ぐるみでも着せられているのだろう、とジャムおじさんは思いました。手足はまっすぐ伸ばしたまま動かすことができず、なんとか首を倒すようにしてからだを見ることができるだけです。ですがジャムおじさんの部屋は和室換算で約64畳と広かったので、寝室部分にはベッドの隣りの床に全身鏡が立ててありました。
 筒のような乳頭になっていても寝返りくらいは打てましたから、ジャムおじさんは全身鏡に映った自分の姿を見た時も、それまでの観察と感触でだいたい予想はついていたので、それほど慌てることはありませんでした。
 誰がやったのだろう、とジャムおじさんはいかぶりましたが、こんな手のこんだことをできるのは、実行犯はともあれ、主犯はばいきんまんかバタコさんしか考えられません。ばいきんまんだとすれば嫌がらせでしょうし、バタコさんとすれば悪い冗談です。ですがばいきんまんだとすればこんなことはいたずらにもならず、バタコさんならジャムおじさんの権力はわかっているのですから、やはり大したことではありませんでした。
 ジャムおじさんはベッドから床に落ち、部屋のいちばん隅まで転がっていくと、念力をこめて部屋じゅうの調理用具を全身に突き立てました。これはジャムおじさんの必殺技で、消耗も激しい究極の業なのですが、どんな調理器具でも念力で操り周囲を巻き込む大業です。当然調理器具の数が多いほど効果があるのでパン工場で迎撃するのに向いており、乳頭の着ぐるみなどは、一瞬のうちに包丁やへらで削ぎ落とされてしまいました。
 これでよし、とジャムおじさんは全身鏡にいつもの姿が映るのを確認しました。ですがジャムおじさんは勘違いしていたのです。乳頭の姿になっていたジャムおじさんは実際に乳頭そのものでした。それがジャムおじさんの念力発動の気合いで、ジャムおじさんの姿に戻ったということに過ぎなかったのです。
 その可能性に気づき、悪寒のような気味悪さを感じるとともに、ジャムおじさんは悪夢から覚めました。何て夢だろう、と思いながら、しかしそう悪くも感じずに。