人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Saw Delight (EMI-Harvest/Virgin, 1977)

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Can - Saw Delight (EMI-Harvest/Virgin, 1977) Full Album
Recorded at Inner Space Studio, January 1977
Released; EMI-Harvest 1C 062-32 156 / Virgin V 2079, March 1977
(Side one)
1. Don't Say No (Words by Peter Gilmour) (Music by Czukay/Schmidt/Liebezeit/Karoli/Gee) : https://youtu.be/BdpFPEYfCaI - 6:36
2. Sunshine Day and Night (Music by Czukay/Schmidt/Liebezeit/Karoli/Gee) : https://youtu.be/puqz4-Lzj7M - 5:52
3. Call Me (Words by Rosko Gee) (Music by Czukay/Schmidt/Liebezeit/Karoli/Gee) : https://youtu.be/fl8SVY22x8Q - 5:51
(Side two)
1. Animal Waves (Music by Czukay/Schmidt/Liebezeit/Karoli/Gee) : https://youtu.be/GuvlTSRAmlI - 15:29
2. Fly by Night (Words by Peter Gilmour) (Music by Czukay/Schmidt/Liebezeit/Karoli/Gee) : https://youtu.be/96QPxT92lQ8 - 4:08
[ Personnel ]
Holger Czukay - wave receiver, spec. sounds & vocals on A1
Michael Karoli - guitar, electric violin & vocals on A1, B2
Jaki Liebezeit - drums & vocals on A1
Irmin Schmidt - keyboard, Alpha 77 & vocals on A1
Rosko Gee - bass & vocals on A1, A3
Rebop Kwaku Baah - percussion & vocals on A1

 ヴァージン・レーベル移籍後の『Landed』1975からが後期カンだが、それでも『Landed』と『Flow Motion』1976は創設メンバー4人によるアルバムだった。ヴァージン三部作の3作目『Saw Delight』1977ではワールド・ミュージック指向だった後期トラフィックからベースのロスコー・ジー、パーカッションのリーバップを新メンバーに加え、いよいよカンも後期のさらに後期に入った感じが深い。ロスコーらの加入はプロフェッショナルな黒人プレイヤーを入れてリズムの増強を図ったもので、それは確かに成功しており、『Landed』と『Flow Motion』で形式的なロックやレゲエをなぞった結果ダイナミズムを失ってしまったリズム・セクションが今回はかなり回復した。かつてのカンの暴力的なサウンドではないが、洗練されたリズムが目的ならばこれで良い。
 ただそうなった動機が、事実上プロデューサーを兼ねていたホルガーがベースに飽きて、サンプリングとサウンド・エフェクト、リミックスの担当に専念するためにベースにロスコーを誘い、その縁でリーバップも加入したということに問題があるだろう。ロスコーとリーバップの貢献度は高いのだが、カンにもともとそなわっていた意表をつくサウンド・アプローチではなく、正攻法のミュージシャンとして1977年の段階で斬新なエスニック・テクノ・フュージョンを提示するにとどまった。ホルガーのサンプリングやサウンド・エフェクト、リミックスの効果がかろうじてサウンド上の不確定要素になっているのだが、ロスコーの加入によってライヴでも演奏とリミックスが同時に行えるようになったとはいえ、スタジオ・アルバムで初期~中期カンのサウンドにホルガーが施していたのはさらに過激なサウンド実験だった。当時はライヴのサウンドはストレートなものだったのだが、サウンドの最大の不確定要素としてマルコム~ダモらヴォーカリストが楽曲構造を左右する働きをしていた。
  (Original EMI-Harvest "Saw Delight" LP Liner Cover)

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 その点ロスコーやリーバップはセンスの良い、熟練したミュージシャンだから、逆にライヴやレコーディングではホルガーがミキサー卓でサンプリングやエフェクトをかましていないと普通のサウンドになってしまう。疾走チューンA3「Call Me」はサウンドの位相変化による音色の微妙な推移が絶望的だし、後期カンのライヴのハイライト・ナンバーになったB1「Animal Waves」はホルガーのサンプリングやサウンド・エフェクト全開で後期の数少ない代表曲と言えるものになった。ただしホルガーは『Saw Delight』の完成後カン自体に飽きてしまい、バンドを離れてしまう。
 A2、B2はミヒャエルの曲で、A2はポリネシア旅行中に聴いたポップスをヒントにした曲、B2はアルバムの締めくくりにオーソドックスな曲を置いたにせよ平凡に過ぎて、これならB1とB2の配置は逆の方が良かった。A1は『Future Days』A3の名曲「Moonshake」のリメイクと思わなければなかなかの佳曲なのだが、知っていて知らないとは言えないからリメイク以上には出ないなあ、と思わないではいられない。アルバムのオープナーに全盛期の名曲のリメイクを置くこと自体に自信なげに見える。
 (Original EMI-Harvest "Saw Delight" LP Side1 Label)

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 1999年の『Can Box』収録のヒストリー映像(現在は『Can DVD』2003に収録)で『Saw Delight』期のカンのライヴから「Animal Waves」を観ることができ、またラジオ放送音源からアルバム未収録曲「Fizz」がボックス収録でCDだけ分売もされた『Can Live』に収録されているが、「Fizz」の出典である77年3月2日でキール大学のライヴはラジオ放送音源がそのまま残っており、ライヴ版『Saw Delight』と呼ぶべき内容でスタジオ盤を軽く超える。ライヴ映像もクールなスタジオ盤からは想像もつかない強烈なインパクトがあり、特にステージ上のモニター卓で何だかよくわからないことをやっているホルガーの存在感がすごい。ちなみに放送音源の全容はは、
[Recorded at Keele, University of Keele, UK March 2nd 1977 :soundboard recording]
01. Fizz / 02. Improvisation - Pinch - Don't Say No / 03. Improvisation / 04. Animal Waves - Total Time 74:52
[Personnel]
Michael Karoli - guitar, vocals, violin / Jaki Liebezeit - drums, percussion / Irmin Schmidt - keyboards, vocals / Holger Czukay - short wave radio, sampler & electronic treatments / Rosko Gee - bass / Rebop Kwaku Baah - percussion & vocals
 となっており、「Animal Waves」などはスタジオ盤の倍近い長さに拡張されている。。ライヴで気づかされるのは『Landed』と『Flow Motion』で控え目になる一方だったドラムスが初期~中期ほどではないにせよ躍動感を取り戻したことで、それを念頭に『Saw Delight』を聴きかえすと楽曲のアイディアは『Landed』『Flow Motion』からさらにシンプルに見えるが、決してコンパクトではなく、必ずしも傑作ではないにせよ1980年代のトーキング・ヘッズピーター・ガブリエル、ポリス、ポール・サイモンらの折衷的ワールド・ミュージック指向の先駆けとなったアルバムとも今日では再評価されることになった。イギリス進出後のカンのアルバムでは唯一ポジティヴな再評価を後に勝ち得たのがこのアルバムだからヴァージン時代も無駄ではなかったと言える。だがUA時代のアルバムとの差が歴然なのも確かで、成功をおさめても『Saw Delight』止まりか、というガッカリ感はぬぐえない。
   (Original Virgin "Saw Delight" LP Side1 Label)

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 初期~中期カンとは比較する方が不当で、全盛期カンのアルバムのポテンシャルは途方もない広がりを持っていた。バンド自身が自分たちの音楽に制約を課さなかったからこそ実現できたことで、それで成功したとはいえアンダーグラウンドな実験的バンドとしての成功にとどまっていたのも事実だった。より広い国際的バンドとしてカンが英米ロックの基準に自分たちの音楽を落とし込んで行ったのがヴァージン・レーベル移籍以降で、主流ロックのあからさまなパロディ『Landed』、レゲエ+フュージョンの『Flow Motion』と来て、アフロ・ビートを応用した『Saw Delight』と1作ごとに明確なコンセプトがある。一定のコンセプトの中でどれだけ完成した音楽ができるかがカンにとっては課題になったのが本格的な国際進出を目指した時期のアルバム群だった。
 エッセンスを抽出して不純物を除いた点では、後期カンは70年代後半の音楽界全般の風潮に乗っ取っていた。70年代後半のポピュラー音楽はそれぞれのジャンルがより機能性を高めていた時期で、初期~中期カンのような方向性の拡散した、雑多な作りの音楽は一見して古いスタイルだった。リスナーの側で雑多な成分の中から先見性のある要素を見分けて、混沌とした音楽だからこそ面白さを探す楽しみがある、という風潮に変化したのは、まさにそういう風にしてカンからの影響が現役ミュージシャンたちに表れているのが明らかになった80年代末からで、一般的なリスナーはカン影響下のミュージシャンたちからカンの面白さを教えられた格好になる。それは本格的な国際進出後のカンではなく初期~中期カンだった。『Saw Delight』のカンはすでに後進のバンドからすぐに追いつかれるような次元にいた。