人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn, 1967)

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Sun Ra - Cosmic Tones for Mental Therapy (Saturn, 1967) Full Album : https://www.youtube.com/playlist?list=PLk84PdNIUMi3JqjRRv91tHNCcIkueQiCw
First two tracks recorded at the Choreographer's Workshop, New York (the Arkestra's rehearsal space) in 1963.A1, B1 and B2 were recorded at the Tip Top club, Brooklyn, in the same year, at 10 in the morning.
Released by El Saturn Records SR408, 1967
All songs by Sun Ra
(Side A) :
A1. And Otherness - 5:10
 Ra - clavioline, cosmic side drums;
 Bernard Pettaway - btb;
 Marshall Allen- ob;
 John Gilmore - bcl;
 Robert Cummings - bcl;
 Pat Patrick - bs;
 Danny Davis - fl;
 James Jacson - fl, log drums;
 Tommy Hunter - perc;
 Clifford Jarvis - perc.
A2. Thither and Yon - 4:01
 Marshall Allen - ob;
 John Gilmore - sky tone drums;
 Robert Cummings - bcl;
 Danny Davis - fl; Pat Patrick-fl;
 Ronnie Boykins - b;
 James Jacson - log drums, fl;
 Clifford Jarvis - perc;
 Tommy Hunter - perc.
A3. Adventure-Equation - 8:26
 Ra - Hammond B-3 org;
 Marshall Allen - astro space drums;
 John Gilmore - bcl, sky drums;
 James Jacson - log drums;
 Ronnie Boykins - b; reverb.
(Side B) :
B1. Moon Dance - 6:34
 Ra - astro space (Hammond B-3) org;
 Ronnie Boykins - b;
 Clifford Jarvis - d.
B2. Voice of Space - 7:42
 Ra - astro space org;
 Danny Davis - as;
 Ronnie Boykins - b;
 John Gilmore - sky tone drums;
 James Jacson - log drums;
 Clifford Jarvis - d;
 Tommy Hunter - reverb.
[ Sun Ra and his Myth Science Arkestra ]
(Collective Personnel)
Sun Ra - Hammond B-3 Organ, Clavioline, Percussion
Marshall Allen - Oboe, Percussion
Danny Davis - Alto Sax, Flute
John Gilmore - Bass Clarinet, Percussion
possibly Bernard Pettaway - Bass Trombone
Pat Patrick - Baritone Saxophone
Robert Cummings - Bass Clarinet
Ronnie Boykins - Bass
Clifford Jarvis - Drums
James Jacson - Percussion, Flute
Tommy Hunter - Percussion, Reverb
Ensemble vocals

 名盤がまた出た。B1「Moon Dance」だけでもぶっ飛ぶこのアルバム、サン・ラもすごいが世界のサン・ラ・マニアもすごい。50年代~60年代のように自主レーベルのサターン・レコーズ用に録音していた頃のサン・ラ作品は制作から発売までのスケジュールも行き当たりばったりでライナーノーツがないのは当たり前、録音データどころか参加メンバーの記載さえ信用できたものではなかった。70年代にメジャーにしろインディーズにしろ他社へ録音するようになると契約上録音データはビジネス上の記録として残るが、かつてのサターン作品は「メンバー誰だった?」「適当に書いとけ」「あいつは外そう」「前回忘れていたあいつは今回参加してることにしとこう」というのが日常茶飯事だったようだった。良くてもアルバム収録テイク参加メンバーを全員まとめて載せてしまう(Collective Personnel)というやり方で、そりゃ演奏を眼光紙背に徹して聴けばわからなくもない。このシリーズでもそうしてきた。しかし今回はさすがにお手上げ(特にA1A2)で海外サイトの調査を楽曲ごとに記した。
 全5曲、同一編成による演奏がない(1曲ワンホーン・カルテット、1曲ピアノ・トリオ程度のものは除く)のは『Art Form of Dimentions Tomorrow』以来の傾向だが、『Secrets of the Sun』『When Sun Comes Out』と傑作を連発していたこの時期はっきり変化があったのは、リズム・セクションをバックにソロイストがアドリブを応酬する、という従来のジャズの演奏フォーマットを『Art Forms~』の数曲で実験して以来(その時はリズム・セクションのみの演奏で実験したが)、パーカッションの増員やヴォイスの導入ばかりかホーン・プレイヤーにもアドリブ・ソロではなく(当然ホーン・リフではなく)リズム・セクション主体の演奏にパーカッシヴな効果を狙ったインプロヴィゼーションを要求する、というかたちで表れた。結果どうなったかというと、フルートやサックスにしろ明確なソロ・パートがなくなるから楽器編成がうやむやで、音色やフレーズもソロイストとしてのくっきりしたものではなく浮かんでは消えていくような効果音的なものになる。
(Original El Saturn "Cosmic Tones for Mental Therapy" LP Liner Cover)

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 しかもアーケストラのお抱えサックス奏者はマーシャル・アレン(アルトサックス)、ジョン・ギルモア(テナーサックス)、パット・パトリック(バリトンサックス)だが、1963年に17歳で加入したダニー・デイヴィス(アルトサックス)を含めて、アレンはフルートとオーボエ、ギルモアはクラリネットバスクラリネット、パトリックはフルートとアルトサックスとエレキベース、デイヴィスはフルート、さらに全員がパーカッションとヴォイス・コーラス要員だった。だから重複する楽器の場合組み合わせから担当メンバーを割り出すしかない。さらに1曲の中で楽器の持ち替えをやられた日にはもう、というもので、今回曲ごとにパーソネルをつけたが(孫引きだが)どれほど大変かおわかりいただけるだろうか。今回レギュラーのサックス4人衆、ベースのボイキンス、ドラムスのジャーヴィス、専属録音係とパーカッション・音響操作のトミー・ハンター(専属ミキサーがメンバーのバンドなど当時他にいただろうか)以外にもトロンボーンバスクラリネット、パーカッション&フルートの臨時メンバーの増員がある。またA1A2ではアレン初のオーボエ演奏が聴けて、ギルモアがテナーのソロイストとして傑出していたためアレンはアルトよりもフルートでフィーチャーされることが多かったが、ついにオーボエまで守備範囲にしたのもサン・ラの命令が下ったのだろう。
 さらに驚くべきはそのA1A2はいつもの無料練習場の公共施設コレオグラファーズ・ワークショップ録音、つまりスタジオ録音で、ここのスタジオには立派なピアノがあったのだが、今回のA1はサン・ラはパーカッションのみ、A2に至っては演奏に参加してもいない。作曲と音楽監督に徹している。この2曲は後からA3B1B2に合うテイクを録音したか探してきたのではないか、というのはアルバムのハイライトはブルックリンのティップ・トップ・クラブで朝の10時から行われたという同3曲になるからだ。ドラマーのトミー・ハンターが同クラブの箱バンだったサラ・マクロウラー・トリオに参加しており、このバンドは当時流行のいわゆるオルガン・トリオだったらしくクラブにはハモンドB3オルガンが備えつけてあった。A3B1B2でサン・ラのハモンドB3オルガン・プレイが聴けるのはそのおかげで、特にオルガン・トリオだけのB1「Moon Dance」は絶品で、オルガン・トリオが再評価された現在ジャズ・ファンクの古典とも言えるテイクになっている。
(Original El Saturn "Cosmic Tones for Mental Therapy" LP Side A Label)

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 早朝からのクラブ録音は当然観客入りのライヴ収録が目的ではなく、たまたまハンターが便宜を取りつけられたのとハモンドB3オルガンが使えるのも大きな魅力だったが(当時2万ドルする高価な楽器だった)、録音エンジニアとしてハンターが音響効果に着目し、サン・ラに進言したものと思われる。こういう風に身近からいろいろ工夫しているのがインディーズ出身でほぼ生涯インディーズのジャズマンであり続けたサン・ラとアーケストラらしく、メジャーのマス・プロダクションでは思いつきでリスキーな試みなどまず不可能と思うとサン・ラのインディーズ活動は経済的制約より創作的自由のもたらすメリットの方が大きかった。
 クラブ録音は観客の出入り自由だったらしいから無料開放していたのだろう。ライヴ出演のブッキングがクラブと結べたかどうかはともかく、観客の入って音響的にデッドになった録音よりも空っぽのクラブを残響効果を狙った録音なのが聴けばわかる。電気的なエフェクト処理なしにこの深いリヴァーブのかかった録音には驚嘆する。出入り自由といっても朝の10時だから近所の子どもたちが面白半分のぞきに来た程度だったそうだが、ハンターによれば演奏中ずっとガキどもは "These guys don't know how to play!"(「デタラメじゃん!」といったところか)と騒いでいたという。アルバム全体の出来も素晴らしいが、クラブ録音だけで全編制作されていたらもっと良かったのではないかと思わされるアルバムでもある。