人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(37)

 そうだ、このレストランを建てたのは単に私たちの合同披露宴のためではない、とムーミンパパ(当時先代ムーミン)はロッドユールに目配せしました。ロッドユールは唐突に同意を求められても即座に返答できませんでしたが、ムーミンパパとのつきあいではこんなこともよくあるのです。もちろんそれに乗るか拒むかはロッドユール次第なのですが、慎重に考えて支度を整えてから物事にとりかかるロッドユールと勢い一発のムーミンパパが手を組んで挑んできた数々の冒険にしても100%の満足を勝ち得たことはまずなく、ならばその場しのぎの思いつきで事に当たっただけのムーミンパパの方が失策についてもより後悔が少ないのが馬鹿正直に几帳面なロッドユールには羨望が止みませんでした。公正に考えれば6割の成功・4割の失敗だった場合に成功のほとんどはロッドユールの功績で、失敗はすべてずぼらなムーミンパパに帰するとしても、ムーミンパパは冒険の成功を喜びロッドユールは落ち度を悔やむのが彼らの悪因縁でした。ですからロッドユールが考えてもいなかったことをムーミンパパが思いついた時には、ロッドユールには反対も賛成もなくただただ従っていくしかなかったのです。自分にはない部分を補いあっている点では彼らは理想的な関係とも言えましたが、谷にとってもこの2人組のみやげ話が唯一外界との通路になっている貢献を歓んではいるものの、彼らがどこかへ冒険しに出かけている時がもっとも平穏でした。冒険家からは足を洗って嫁を取って家庭に入ります、というのも結構なことでした。ただし花嫁2人がおしゃれなレストランで披露宴をしたい、などと谷にはありもしない施設で挙式を熱望する意思を表明するまではの話です。谷の知識人層を代表するヘムレンさんやジャコウネズミ博士、ヘムル署長やトゥーティッキさん、フィリフヨンカさんらですらレストランは別世界の建物という認識しかなく(建物という推測すら怪しく)、谷で唯一留学経験を自称するスノークムーミン谷を出た記録は一切なく、留学経験が嘘ではないにしてもおそらく留学経験の記憶を備えて生まれてきただけではないかと思われるのです。こういう場合手っ取り早い手段ならお前ら何様だと花嫁たちをボコボコにするのがいちばんですが、結婚を決めた花嫁ほど世界の中心を陣取り何事だろうと押し通す恐ろしい存在はいないのは、世間に疎い谷の住民ですら周知のことでした。