ウイングス幻の来日公演
ポール・マッカートニー率いるウイングスの日本公演は、先行シングル「あの娘におせっかい (Listen to What the Man Said)」(全米1位・オリコン1位・全英6位)、予約だけで200万枚に達したアルバム『ヴィーナス・アンド・マース (Venus and Mars)』(全米1位・全英1位・オリコン9位)が5月にリリースされた1975年に企画されるもポールの麻薬所持・使用逮捕歴でお流れになり、'70年代後半のウイングス絶頂期を通してビートルズ以来のポール・マッカートニーのファンには遺恨を残していました。この間、ウイングスは1974年9月から大規模な世界ツアーを成功させ、1975年5月から6月にかけて行われた全米ツアー『ウイングス・オーヴァー・アメリカ (Wings Over America)』からは同名のLP3枚組ライヴ・アルバム(全米1位・全英8位・オリコン4位)を大ヒットさせ、ライヴ映画『ロックショウ (Rockshow)』を製作し、素晴らしいライヴ映画『ロックショウ』はNHKでくり返し放映されていましたから、ある世代以上のファンにとっては、その飢餓感たるや今でも忘れられないものでしょう。
ウイングスに再び来日公演の企画が立てられたのは1980年のことで、初の日本公演になるはずだったコンサート・ツアーを1月21~24日と同月31日~2月2日に日本武道館、1月25日・26日に愛知県体育館、1月28日にフェスティバルホール、同月29日に大阪府立体育館で行う予定でした。ところが1月16日、マッカートニーが成田空港の税関で大麻取締法違反(不法所持)で現行犯逮捕されるという事件が起こってしまいます。急遽日本公演の全日程は中止され、メンバーは先に帰国し、マッカートニーは数日間の勾留のあと国外退去処分を受けて本国に帰国しました。
マッカートニーは来日公演前から制作中だった10年ぶりのソロ・アルバム『マッカートニーII (McCartney II)』を帰国後に仕上げて4月に先行シングル「カミング・アップ (Coming Up)」(全英1位)、5月にはアルバムを発表しました(全米3位・全英1位)。北米では「カミング・アップ」のB面に収録された1979年のウイングスのスコットランド・グラスゴー公演でのライヴ音源が人気を博し、6月に全米1位を獲得しました。ポールがビートルズ解散以降初めて、そして唯一レギュラー・バンドとして結成したバンド、ウイングスは、
1.『ワイルド・ライフ (Wild Life)』(1971.12、全米10位・全英11位)
2.『レッド・ローズ・スピードウェイ (Red Rose Speedway)』(1973.5、全米1位・全英5位)
3.『バンド・オン・ザ・ラン (Band on the Run)』(1973.11、全米1位・全英1位)
4.『ヴィーナス・アンド・マース (Venus and Mars)』(1975.5、全米1位・全英1位)
5.『スピード・オブ・サウンド (Wings at Speed of Sound)』(1976.3、全米1位・全英2位)
6.『ウイングス・オーヴァー・アメリカ (Wings Over America)』(1976.12、全米1位・全英8位)
7.『ロンドン・タウン (London Town)』(1978.3、全米2位・全英4位)
とアルバムをリリースしてきましたが、バンドはメンバー・チェンジが激しく、またマルチ・プレイヤーでもあるポールのワンマン・バンドでもあったため、第三作『バンド・オン・ザ・ラン』と第七作『ロンドン・タウン』はポールと夫人のリンダ・マッカートニー、デニー・レインの三人のみが正式メンバーとなって作られたアルバムでした。最大のヒット・アルバムになった絶体絶命の力作『バンド・オン・ザ・ラン』が映画『007/死ぬのは奴らだ』の主題曲に提供したシングル曲「007/死ぬのは奴らだ (Live and Let die)」の系譜を継ぐハイプ色(良い意味での)の強い強烈な楽曲を満載したゴージャスなアルバム(この路線が『スピード・オブ・サウンド』まで続きます)だったのに対して、『ロンドン・タウン』はイギリス国内で爆発的ヒットとなったシングル独自曲「夢の旅人 (Mull Of Kintyre)」を継ぐドメスティック色の強いアルバムだったためシングル・カット曲のヒットが生まれなかったために、メンバーを一新し再びハイプ色を強め当時流行のディスコ色を取り入れたアルバムが第八作『バック・トゥ・ジ・エッグ (Back to the Egg)』(1979.6、全米8位・全英6位)でした。しかし同作は洗練された優れた内容ながらシングル・カット曲もアルバムも振るわず、ポールは来日公演予定前から10年ぶりの完全なソロ・アルバム『マッカートニーII』の制作に向かっています。もともとリンダ夫人をパートナー、デニー・レイン(元ムーディー・ブルース)のみを補佐に始まったウイングス自体がこの時期すでにライヴ・バンドとしての活動以外は存続の意義を失いつつあり、『バック・トゥ・ジ・エッグ』の不振、来日公演の中止とライヴ活動の休止、『マッカートニーII』の大ヒット(批評家からの評価は散々でしたし、ポール自身にとっても中継ぎ的な投げやりのアルバムだったでしょう)、ジョン・レノンの死、と来れば、ウイングスの自然消滅的解散は、すでに1979年のラスト・ラインナップ時には遅かれ早かれといった事態だったとも思えます。
行われるはずだった1980年1月の日本公演のセットリストは、おおよそその来日公演直前の全英ツアーのファイナルを飾り、公式録音(全米1位のライヴ音源はここから採られました)されていた1979年12月17日のグラスゴー公演から、11月にリリースされたクリスマス・ソングの「ワンダフル・クリスマスタイム (Wonderful Christmastime)」(全英6位・全米28位)を別の曲に差し替えた約22曲になったと思われます。批評家からは酷評されるも大ヒットした『マッカートニーII』以降ポールは休養に入り、1980年12月のジョン・レノン殺害事件以降起死回生の傑作ソロ・アルバム『タッグ・オブ・ウォー (Tug of War)』(1982年4月リリース、全米1位・全英1位・オリコン1位)で復帰する頃にはウイングスは自然消滅してしまったので、1979年12月17日のグラスゴー公演を収めた非公認(海賊盤)ライヴ・アルバムはタイトル通りウイングスの『Last Flight』となり、また来日公演予定だったラスト・ラインナップのウイングスのメンバーで制作されたウイングスのラスト・アルバム『バック・トゥ・ジ・エッグ』からの1979年~1980年時点での新曲はシングル、アルバム・セールスともやや不振だったこともあり、ウイングスの自然消滅に伴ってその後演奏されなくなるので、この公式録音されていたフル・コンサートの未発表ライヴ音源は貴重極まりないものにも関わらず、おそらくポール自身にとっては不名誉な時期の記録として(全米No.1ヒットのライヴ・ヴァージョン「カミング・アップ」を含みながら)公式発売される見込みはないでしょう。
ちなみに幻に終わった1980年1月の来日公演プログラム・ブックレットは春先には全国各地の催事場で土産品として処分され、幻の「来日記念盤シングル」として来日公演予定直前にリリースされた「アロウ・スルー・ミー b/w オールド・サイアム・サー」(アルバム『バック・トゥ・ジ・エッグ』からのシングル・カット)を買ってコンサートには行けないものの来日公演のラジオ特番を楽しみにしていた筆者は、学校の遠足で行った富士急ハイランドの土産品売場でそのプログラムを見かけて買いました。売価一部500円でした。単なるアーティスト・プロモート写真集だったその内容とも、何ともしょぼい気分になりました。しょぼいアルバム『マッカートニーII』、ジョン・レノン&ヨーコ・オノのカムバック・アルバム『ダブル・ファンタジー』とそれに続くジョン殺害事件と、1980年は散々な年でした。しかし威勢よくビートルズ時代の楽曲を威勢の良いオープニングを始め随所に散りばめ、ビートルズからソロ~ウイングス全般のポール18年のキャリアを総括したこのグラスゴー公演ほどの来日公演をウイングスが実現させてくれていたら、風向きはだいぶ変わっていたように思えます。
◎Paul McCartney And Wings - Wings Over Glasgow (December 17, 1979)
https://youtu.be/NVA1hbHMlmo?si=qSjBxz_yzNAaDhb_
(Setlist)
1. Got To Get You Into My Life 0:45~
2. Getting Closer 4:05~
3. Every Night 8:03~
4. Again And Again And Again 12:36~
5. I've Had Enough 16:35~
6. No Words 19:58~
7. Cock Of The House 23:21~
8. Old Siam, Sir 26:05~
9. Maybe I'm Amazed 31:37~
10. The Fool On The Hill 37:13~
11. Let It Be 40:39~
12. Hot As Sun 44:57~
13. Spin It On 47:57~
14. Twenty Flight Rock 50:25~
15. Go Now 53:13~
16. Arrow Through Me 57:33~
17. Wonderful Christmastime 1:02:01~
18. Coming Up 1:06:34~
19. Goodnight Tonight 1:11:49~
20. Yesterday 1:18:51~
21. Mull Of Kintyre 1:22:30~
22. Band On The Run 1:31:00~
Total Time: 1:38:08