人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

クラウス・シュルツェ Klaus Schulze - ムーンドーン Moondawn (Brain, 1976)

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クラウス・シュルツェ Klaus Schulze - ムーンドーン Moondawn (Brain, 1976) Full Album + Bonus Tracks : https://youtu.be/BfZr-mUxOlU
Recorded at Studio Panne-Paulsen, Frankfurt, West Germany, January 1976
Released by Brain Records / Metronome Records GmbH, BRAIN 1088, April 16, 1976
Produced and All tracks composed by Klaus Schulze.
(Side 1)
A1. Floating - 27:15
(Side 2)
B1. Mindphaser - 25:22
(SPV Edition CD Bonus Track)
3. Floating Sequence - 21:11
(1995 Manikin Records "Original Master" edition Bonus Track)
4. Supplement : https://youtu.be/8Mfaq9NLjag - 25:22
[ Personnel ]
Klaus Schulze - Moog, ARP 2600, ARP Odyssey, EMS Synthi-A, Farfisa Syntorchestra, Crumar keyboards, Sequenzer Synthanorma 3-12
Harald Grosskopf - drums

 アメリカ最大の音楽総合ディスクガイド・サイト、Allmusic(allmusic.com)ではクラウス・シュルツェの評価はおおむね全体的に高い(特に'70年代の11作)ものですが、特に本作は批評家票・ユーザー票とも★★★★★の最高点を与えられています。Allmusicでの、デジタル録音に移行する前までのシュルツェ'80年までのアルバムの評価を一覧にすると、

[ Klaus Schulze Album Discography 1972-1980 ] Allmusic Rating/User Rating
1. Irrlicht (1972)★★★★★/★★★★★
2. Cyborg (1973, 2LP)★★★★☆/★★★★☆
3. Blackdance (1974)★★★★/★★★★☆
4. Picture Music (1975)★☆/★★★★
5. Timewind (1975)★★★★/★★★★☆
6. Moondawn (1976)★★★★★/★★★★★
7. Body Love (1977, soundtrack)★★★/★★★★
8. Mirage (1977)★★★★☆/★★★★☆
9. Body Love Vol. 2 (1977)★★★☆/★★★★☆
10. X (1978, 2LP)★★★★/★★★★★
11. Dune (1979)★★★★/★★★★
12. ...Live... (1980, live, 2LP)--/★★★★
13. Dig It (1980)★★★/★★★★

 と、批評家票(Allmusic Rating)も全体に高いですが、批評家票が低い(なぜか『Picture Music』だけ例外的に低く、『...Live...』は批評家票対象外になっている)ものもユーザー票は高く、全体的にも高い批評家票をさらにユーザー票が上回っています。録音機材を一新してデジタル化した'81年以降のシュルツェ作品でAllmusicで★★★★以上のアルバムは(Allmusic Rating結果のみ)、
・Trancefer (1981)★★★★
・Miditerranean Pads (1990)★★★★
・The Dresden Performance (1991)★★★★☆
・Das Wagner Desaster: Live (1994)★★★★
・Klaus Schulze: Totentag (1995)★★★★
 があり、2000年代からは『Ballet』シリーズ(1-4)が★★★☆といったところです。★★★~★★★☆のアルバムは'81年以降にもまだまだあるのですが、Allmusicでの評価は'78年の『X』、'79年の『デューン (Dune)』までのシュルツェをイノヴェイターとして高く評価し、その後は安定した活動に移ったミュージシャンとしているようです。本作をソロ・デビュー作『イルリヒト』と並ぶ傑作とする評価は、英語版ウィキペディアでも目されている通り「クラウス・シュルツェ初の全編をベルリン派(Berlin School)のスタイルで制作されたアルバム」ということになり、ではベルリン派とはと言えば英語圏ではカン、クラフトワーク、ノイ!、アモン・デュールII、アシュ・ラ・テンペルタンジェリン・ドリーム、ポポル・ヴー、ファウストに代表されるクラウトロック(Krautrock=kosmische Musik)のスタイルの一派であり、電子音楽アンビエント・ミュージックの源泉であるとともにポスト・パンクオルタナティヴ・ロックニューエイジ・ミュージックを生んだドイツの実験的ロックであり、サイケデリック・ロックアヴァンギャルド音楽と電子音楽、ファンク、ミニマリズム、ジャズの即興演奏手法、ワールド・ミュージックから影響されて生まれたもの、と定義されます。何も指摘になっていませんが、本作がこれまでのシュルツェのミニマリズム=ドローン手法による(1)『イルリヒト』『サイボーグ』期、ロック色を強めパーカッシヴな作風とアンビエンスな作風に整理した(2)『ブラックダンス』『ピクチャー・ミュージック』期に、シークエンサーを初導入して全面的にシークエンサー・リズム上に即興演奏を展開した前作(3)『タイムウィンド』ときて、これまでのシュルツェの作風を総合化したダイナミックなアルバムになったのが本作です。

(Original Brain "Moondawn" LP Liner Cover & Side 1 Label)

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 シュルツェは年長の友人、ポポル・ヴーのフローリアン・フリッケがポポル・ヴーの音楽をシンセサイザー使用からアコースティックな楽器アンサンブルに変え(第3作『Hosianna Mantra』'72以降)、ヴェルナー・ヘルツォーグ監督作品への専任音楽担当もシンセサイザー使用は『Aguirre』'75を最後にアコースティック化したのを機にフリッケからムーグ・シンセサイザーを譲り受けます。シュルツェは初めてシンセサイザー(ARP Odyssey synthesizer)を導入した『サイボーグ』以降ほとんど1作毎に機材を増やし、『ピクチャー・ミュージック』ではEMS-VCS3 synthesizer、そして『タイムウィンド』ではElka String SynthesizerとSynthanorma Sequencerの導入が細分化したシークエンサー・フレーズの反復をリズム楽器として用いてストリングス・シンセサイザーとファルファッサ・オルガンによる即興演奏の土台にする、というスタイルを作り上げました。『タイムウィンド』だけ前後作とは趣きがやや異なるのは、『ブラックダンス』『ピクチャー・ミュージック』で元々ドラマーだったシュルツェのドラムス/パーカッションが突然なくなったことですが、本作はシークエンサー・フレーズの反復によるリズムにコスミッシュ・レーベルのザ・コズミック・ジョーカーズ名義のセッション・アルバムのシリーズ7作で共演してきたヴァレンシュタインのドラマー、ハラルド・グラスコフを専任ドラマーに迎え、シークエンサー・リズムと生演奏のドラムスのリズム・アンサンブルでシュルツェ自身のパーカッションによる『ブラックダンス』『ピクチャー・ミュージック』、シークエンサー・リズムのみによる『タイムウィンド』より各段に色彩感と躍動感に富んだリズム・アンサンブルを手に入れました。一見『タイムウィンド』だけ外れて見えるのは生演奏のドラムス/パーカッションが入っていないからですが、同アルバムで初導入にして全面的にリズム楽器としてシンセサイザー・シークエンサーを使用したからこそ、本作『ムーンドーン』でドラムス専任者を迎える方向に進めたので、シュルツェのアルバムを順に聴いてくるとまずアンサンブルを整理してロック色を強めた『ブラックダンス』で変化があり、『タイムウィンド』ではシンセサイザーの全面使用により初期2作のミニマリズム手法に戻ったかと思いますが、本作ではシュルツェ自身がロック・ミュージック宣言したほどのダイナミズムに溢れたサウンドが聴かれます。純粋にロック畑のアルバムではザ・フーの『Who's Next』'71にテリー・ライリーの『A Rainbow in Curved Air』'69(代表曲「Baba O'Riley」「Won't Get Fooled Again」)にヒントを得たと思われるミニマルな反復フレーズとロック・バンド演奏の同機の試みがあり(後にシークエンサーの試みが成功せずオルガンの生演奏で反復フレーズを録音したと判明しますが)、ザ・フーの直接影響でチープ・トリックがアルバム『Heaven Tonight』'78(代表曲「Surrender」など)がありますが、シークエンサー・リズムに生演奏のドラムスを乗せる本作の試みは難しかったようで、A面曲「Floating」、B面曲「Mindsphere」のどちらも別テイクが残され、CD再発の際にボーナス・トラック収録されています。
 それら本作収録曲2曲の別テイクと較べると、『ムーンドーン』に収録された本テイクではいかに構成が練られ、高い完成度に磨かれているのがわかります。シュルツェ自身によるヴォイスからリズムレスでしばらく続き、徐々にシークエンサー・パターンとドラムスがポリリズムを重ねていくA面「Floating」、ルバート・テンポの即興演奏が点描的に続いて曲の半ばの11分台から爆発的なドラムスとファルファッサ・オルガンのストレート・コードが噴出してエンディングまで爆発が止まないB面「Mindsphere」と、AB面とも曲想が明快になった『ブラックダンス』以降でも抜群に曲の良さとアンサンブルの豊かさが堪能でき、一般的に、また現代的感覚からしたらベースを入れたいところですが、ベースを入れて鍵盤楽器、ベース、ドラムスのキーボード・トリオ編成にした場合ベース中心のアレンジになりシュルツェの狙ったスペーシーな浮遊感よりもスペース・ファンク的サウンドになってしまうとも考えられ、それはそれでまた別の方向性でありシュルツェが『ムーンドーン』で目指したサウンドではなかったのが、ファルファッサ・オルガンのキーボード・ベースによるベース・パートをアンサンブルに取り入れた次作で、映画のサウンドトラック・アルバムながらシュルツェ自身もレギュラー・アルバムに数える『Body Love』'77と、サウンドトラック・アルバムではなく同じコンセプトを引き継いだ『Body Love Vol. 2』'77を製作したことでもわかります。シュルツェのアルバムでは明快なサウンド・スタイルでロック色の強い『ピクチャー・ミュージック』や本作『ムーンドーン』が親しみやすくシュルツェ作品の本流でもありお勧めできるゆえんです。