人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

(補9c)ハービー・ハンコック(p)

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Herbie Hancock(1941-,piano)。
61年のニューヨークでのプロ・デビュー以来、60年代のハンコックはブルーノート社からのサイドマン参加作品とリーダー作、コロンビアからのマイルス・デイヴィスクインテットのレギュラー・メンバーとしての参加作の三つに分けられる。
Kenny Dorham:Una Mas(画像1)63.4.1
-は'Blue Bossa'で有名なジョー・ヘンダーソンの処女作「ページ・ワン」と姉妹作で、収録曲はA面を占めるタイトル曲とB面2曲しかないが、全編ノリノリの人気作。ドーハムは同世代のライヴァルとしてマイルスがアート・ファーマーとともに敬意を払っていた実力派トランペット奏者。このアルバムはヘンダーソンとドラムスのトニー・ウィリアムズもハンコックと同等に貢献度が高い。

マイルスは前年にハンク・モブレーウィントン・ケリーとのバンドを解散させており、ヴィクター・フェルドマン(ピアノ)らとロサンゼルスで半分を録音し、ニューヨークでハンコックらと残りを録音した。そのアルバムが、
Seven Steps To Heaven(画像2)63.5.14
-で、結果としてテナーのジョージ・コールマン、ハンコック、ベースのロン・カーター、ドラムスのトニー・ウィリアムズらニューヨーク組が正式メンバーに採用される。オーディションをそのままアルバムにした作品というか、タイトル曲はフェルドマンのオリジナルの名曲だがニューヨーク組のヴァージョンを収録している。
もっともマイルスはウェイン・ショーターをテナーの第一候補としており、翌年ショーターとの契約が可能になるとあっさりコールマンを解雇する。この辺もこれからご紹介していくアルバムで触れることになるだろう。

ハンコックはブルーノート社に62年~69年の間に7枚のリーダー作を録音するが(同社の専属アーティストで未発表アルバム=没作品がない数少ない例外)、ハンコックはピアノ・トリオ作品が少ないことでも知られる。ブルーノート時代でピアノ・トリオに近いものは、唯一、
Inventions & Dimentions(画像3)63.8.30
-のみで、これもピアノ・トリオ+パーカッションのカルテット。次回で触れる。