人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

法医学としての精神医学

イメージ 1

イメージ 2

現在でこそ薬物療法と行動認知療法(自分の症状を学習することで症状への不安を軽減し、主要な不安を取り除く)が主流の精神疾患治療ですが、その起点は法医学としての犯罪心理学にあります。19世紀心理学から20世紀初頭のドイツ心理学の精神分析療法に至り、アメリカに先端医学が移ると、一気に大脳生理学に治療法が先鋭化したのが伺えます。それが電気ショックとロボトミー手術です。
電気ショックは昭和20年代の日本でもごく限定された範囲で行われました。安全性と治療効果に疑問が持たれていたからです。後進国ならではの慎重さがプラスに働いたと言えます。

電気ショック療法がアメリカ本国の医療者ですら危険性と実験性を認識していたのは、施術対象が黒人をはじめとした有色人種、白人の場合でも女性に限られていたことでも明らかです。40年代末に電気ショック療法が常態化した入院病棟の女性患者の手記「蛇の穴」がベストセラーになり、映画化もされましたが、電気ショック療法の告発と「精神病院に入院したら一生出られない」という偏見を助長させた功罪半ばがあり、現在では原作も映画も忘れられています。

ロボトミーがノーベル生理学賞というのはブラック・ジョークとしても気が利きすぎています。脳の研究と手術は19世紀から犯罪者をサンプルに行われていました。電気ショックや薬物療法より起源は古いのです。犯罪者の人格矯正から精神疾患の外科的治療まではほんの一歩。おそらくは電気ショック療法の無効・有害性(ジャズマンではバド・パウエル統合失調症の治療で電気ショック療法を施術され、廢人同様の晩年を送りました)が明らかになり、世界の先端を行くアメリカ精神医学界は極端に踏み切ったのでしょう。すぐに危険性と非人道性が指弾され行われることはなくなりました。ケン・キージー「郭公の巣」1962がこの時代を描いています。

似た例では20年ほど前にスウェーデンで、性犯罪を犯した知的障害者を親族や本人の了解なしに去勢していたことが国際的ニュースになりました。行政側にとっては再犯防止の処置として行っていたことです。倫理の基準も時には非人道性に陥る典型でしょう。
戦時中の日本では、現在では精神保健手帳取得認定に相等する精神障害者は大病院に強制隔離されました。武田泰淳の大作「富士」1971が900人を収容した精神病院の混乱を描いた傑作です。