人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

アル中病棟の思い出33

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・3月19日(金)晴れ
(前回から続く)(注1)
「読書にくたびれて一服しに喫煙室に向かおうと廊下に出ると、Yくんに煙草一本ねだられる。昨日、一箱譲ってあげて、明日は退院だが彼は外禁だから、買い物ついでに彼の喫っているラーク買ってこようか?と夕方訊いたら、大丈夫ですよ、持たせますと言っていたのに進んでしまったらしい。とりあえず一本あげて喫煙室で一緒に一服し、それから明日の彼の退院予定のバスの時刻の(先に備えて自分の分も)メモを手伝う。廊下を戻りながら、本当はあと何本いる?三本ください。はい三本、おまけにもう一本(注2)」

「しばらくしてまた喫煙室に行くと、KくんとHAがリストカット話をしていた。おれにもありますよ、とYくん。HAも左腕をまくって七、八か所。Kくんは左右一か所。この中でしたことないのはおれだけ?と思わず口に出る(注3)。死にたくなるんだよ(注4)。おれは死にたくなっても死のうとしたことはないよ。Kくんは大量薬物摂取、Yくんも睡眠薬、首吊り…自殺する人の気持ってわかりますよね、ああ、とか話しているので話題を変えようとKくん、Yくん明日退院だから餞別に煙草あげないか。いつもはケチなKくん(注5)だが気前よく五、六本ほど残ったピースを箱ごとYくんにあげていた。いいんですか。いいよ、買い置きがあるから」

喫煙室は密室なので情報交換と交流の場でもある。この病棟で初めてあいさつかわしたのも喫煙室で、Fさんとだった。朝Atさんが教えてくれようとした日直の手順をFさんに詳しく訊く。壁貼りのマニュアルは昔のであてにならないからと、鉛筆で訂正しながら教えてくれた。真面目だが融通もきく人で、午後に駅前まで外出した時にお願いした雑誌を買ってきてくれた(本来は禁止されている)。巻頭特集はジミの未発表アルバムだ(注6)」

(注1)四回目で、ようやく完結。
(注2)面倒見がいいと言うか、お人好しというか、こんなにYくんを甘やかしていた自分に呆れる。
(注3)退院後に不倫関係に陥るTkさんもリストカット常習者だった。
(注4)通常は自己防衛本能が働いて致命傷に至らないのが、刃物による自傷行為の特徴でもある。
(注5)普段の彼は煙草のやりとりも一本いくらで取引していた。
(注6)「レコードコレクターズ」2010年4月号。