・3月28日(日)曇り
「友達面しやがって肝心な時にはこれかよ、と内心舌打ちするがあいにく煙草はまだ喫い終えていない。早いところ立ち去りたいが、ここで急いでもみ消して喫煙室を出るのもしゃくにさわる。無言で喫いきって出てくるまでだ。するとHAの方から、ねえ佐伯さん聞いてくれる?一瞬、耳を疑った。ついこの間まで頭痛が起きるほどしつこく言い寄るストーカー呼ばわりしていたくせにいったい何だというのだろう。だが相手に合わせるしかない。どんな話?困っていることでもあるの?Skさんのことよ」
「会話体だと長くなるので要約すれば、二年前にも彼女が入院して第二病棟で一緒だったときも傍若無人な態度で皆から嫌がられていた、あのとおり声は大きいし私のことも(カリフォルニア州立大学医学部卒がまた出た)根ほり葉ほり詮索してくる。あの人キレたら相当こわいよ。そうだろうね。どうしよう。なるべく相手になるのを避けて、話しかけられたら自然に受け流すしかないね、すごくストレスだったら主治医に話せば相手の主治医に伝えてくれるよ。でも私、女じゃん?女の私が言っても…Skさんが来てからFさんやKさんまで、みんな迷惑してるでしょ?その内みんな参っちゃうよ。その時Kくんがお照さんやKdさんと入ってくる。HAは、ねえKさん聞いてよ、と始めたので辞去させてもらう」
「どうやら対象がきみからあのおっさんに移ったようだな。そうみたいだな、おれについての妄想はどこへ行ったのかな、忘却か、でなければ人格が変移しているのか。ともあれHAはおとなしくなった。Skさんに構われるのが怖いからだ。…昼食はホットドッグにクリームパン、ポテト入り春雨スープ。Kくんは虫歯がまだ完治していないのでホットドッグをスプーンで切り分けて食べていた。日曜は掃除もラジオ体操もない。午後1時すぎからパジャマに着替え横になる。4時の点呼(と便通の報告)で起きれば長めの昼寝にはちょうどいい。と寝ていたが、点呼の時も佐伯さん便通は?一回です、と答えて眠り続け、…夕食、というAtさんの呼びかけで起された。断片的でおぼろげだが、ひとりで街を散策したり人と話したり、一人暮しには適切ではないかもしれないが、ホームシックと退院願望の混ざった夢を見た。服を着て部屋を出ると、ちょうどFさんが呼びに来てくれたところだった」(続く)