人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン(79)

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 フローレンはとっさの流れで蘇生させてしまったそれの上体を片腕抱きしながら、自分が今確かめたばかりのことがどういう意味を持つか、それに対してどのように対処すべきかまたは関わるべきではないかを考えましたが、そもそもフローレンには対処のしようもなく、望むと望まざるに拘わらず彼女はこの事態に巻き込まれていることを認めざるを得ませんでした。
 偽ムーミンとは見抜いていても、ムーミン本人とはいったいどんな取り引きの下にこのなりすまし関係が続いてきたのか、またそれがどのような手段で行われてきたか、それが不明である以上は、フローレンは仮の婚約者としても、次期ムーミン谷の事実上唯一の女王候補としてもそろそろ彼らの尻尾をつかんでおく必要がありました。
 彼ら、というのはカマトトぶりに隠したフローレンの日頃の観察からしても、ムーミンと偽ムーミンの入れ替わりは明らかに協力関係から成り立っており、それは彼らにとっては共通の利益であるに違いなく、その上確実にフローレンを除いたムーミン谷すべての住民の目を欺くものだったからです。これは極めてイレギュラーな事態でした。
 為政者でこそありませんし、そもそも平凡な子供トロールであることで、ムーミンはこの谷の秩序の礎石だったのです。無力かつ無欲、時には無気力であることさえがムーミン谷のエネルギー総量を安定させるムーミンの潜在能力でした。だから原理的に、ムーミンが偽ムーミンとつるんでいることは、買いかぶり抜きにムーミンの性格上あり得なはずでした。
 フローレンが読み取れると見込んだものは少なくとも偽ムーミン自身の記憶があり、彼らが精神レヴェルで同機しているならば偽ムーミンの記憶を通して真のムーミンにつながり、その先は創世まで遡るムーミン谷すべての集合無意識が開けているはずでした。それはフローレンも覗いたことはなく、ムーミン自身にも自覚はなく、ムーミン族の男児長子だけが特権的に受け継いできたはずの素質と思われ、そこにはムーミン族と代々交配してきたスノーク族の記憶も意地になって織り込まれているに違いなかったのです。
 私はパンドラの箱を開けてしまったんだわ。フローレンは混乱した目で店内を見渡しました。そして知らない婦人の姿を認めたのです。それは存在しないはずの女性、誰も知らないミムラ夫人でした。
 次回最終章完。