人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ピーナッツ谷でつかまえて(17)

 わぁ驚いた、と偽ムーミンはわざとらしいほど全身を震わせてテレビに見入りました。偽ムーミンは偽者ですから時には本物のムーミン以上にムーミンらしくしていなくてはならないからです。本物のムーミンはその頃13号埋め立て地の月からいちばん近い倉庫の中で凍り詰めになっていました。倉庫自体が冷凍庫になっている倉庫です。尋常な恒温動物なら生きられはしませんし、ムーミントロールですから変温動物ですらありませんが、凍るからには何かしら物質的存在といえる実質がなければいけません。何もなければ凍ることもないからです。
 やれやれ今年は喪中ハガキが多かった、とムーミンパパが首をコキン、と鳴らしました。ムーミン族には骨格などありませんが、書き物や読み物でくたびれた時にそうするのはムーミン族にとってもボディ・ランゲージなのです。
 喪中の人にはクリスマス・カードでも送るべきだろうな。どう思うムーミンママ?
 クリミア戦争のことですか、それとも鳥インフルエンザのことですか?とムーミンママが床にモップをかけながら言いました。ムーミンママはきれい好きですから、このモップは買ってから一度も洗ったことがないのです。
 いや、そのどちらでもない!とムーミンパパははぐらかされた思いでしたが、言われてみればこれほど喪中ハガキが大量に来た年も珍しく、狭いながらも世界のすべてであるムーミン谷でこれだけの喪中があろうものならもっとやっかいな事態になっていてもいいはずです。
 おいムーミン、とムーミンパパは息子を呼びました。(偽)ムーミンは腹ばいになってポテトチップスをつまみながらテレビに見入っています。偽ムーミンが聞こえないふりをしているのは、テレビに夢中、またはポテトチップスに夢中だと何も耳に入らないほうがムーミンらしいからです。おいこのボンクラ、とムーミンパパ。ン、と偽ムーミン
 なぁにパパ、と偽ムーミンはまるで興味ない様子で向き直りました。いやアレだ、とムーミンパパは決まり悪げに訊きました。お前の観ているテレビか何かで、今年何かぶっそうなことはないかね?
 それなら今ちょうどテレビでやっているよ、と偽ムーミンアメリカ人少女ルシール=ダットン・ヴァン・ペルトがビーグル犬とその飼い主を追って、毎日町一つの住民を皆殺ししながら北米大陸を徘徊中、だって。