人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Future Days (United Artists, 1973)

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Can - Future Days (United Artists, 1973) Full Album: https://youtu.be/wQxMB4Wk_y8
Recorded at Inner Space Studio, 1973
Released; United Artists August, 1973
All songs written and composed by Can.
(Side one)
1. Future Days : https://youtu.be/PXX5-p6sUwI - 9:30
2. Spray : https://youtu.be/7za3-tbYtPU - 8:29
3. Moonshake : https://youtu.be/FcdusnEWDH4 - 3:04
(Side two)
1. Bel Air : https://youtu.be/YGQKGpjl1Fg - 19:51
[ Personnel ]
Holger Czukay - bass, double bass
Michael Karoli - guitar, violin
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards, synthesizers
Damo Suzuki - vocals, percussion

 カンの最高傑作はどれになるのか評者によって票が割れるが、『Future Days』はいつも候補に必ず上がる。ダモ鈴木在籍時最後の作品で、フルアルバムとしては『Tago Mago』『Ege Bamyasi』に続く3作目。この3枚はどこの音楽サイトでも満点を獲得している。マルコム・ムーニー在籍時(発掘盤、一時的再結成除く)唯一のアルバムでカンのデビュー作『Monster Movie』も評価が高いが、現在ではダモ在籍時に評価のウェイトがかかって、『Monster Movie』はダモ三部作の次点とされているようだ。マルコムが2作、3作と在籍していたら評価も違ったかもしれない。ダモ在籍時は名実ともにカンを代表する傑作が連発されており、当然ダモの貢献度も高い。カンの実体であるドイツ人の演奏メンバー4人だけではバンドにマジックが起きないのが、かろうじて次作ではテンションを維持したが、ヴァージン・レーベルに移籍して国際市場を意識したバンドのコンセプト見直しによってレゲエ~アフロビートなど同時代のエスニック・ビートを意図的に取り入れるようになると、もともと音楽的には変態ファンク・バンドだったカンには親和性が高すぎて、マルコム~ダモ在籍時の異能性はメンバーも予期しないうちにすっかり消滅してしまう。
 もともと演奏はうまく、サウンド構成のセンスは抜群だっただけに、フュージョン化しても並みのバンドにはならなかったカンだが、アフロビートの強化のためにトラフィックからロスコー・ジー(ベース)とリーバップ(パーカッション)の2人の黒人メンバーを迎えてシューカイはエンジニアに専念し、ロスコーやリーバップはプロのミュージシャンだからマルコムやダモのような異化効果は起こらず、バンドのフュージョン化がさらに進んで居場所がなくなったシューカイも一時的に離れてしまう。結局カンはやり尽くしたとしてシューカイも戻り、解散アルバム『Can(Inner Space)』1979で最後にやりたい放題のアルバムを発表して10年の歴史に幕を下ろした。ダモ脱退後のアルバムもよく聴けば『Future Days』の余韻があり、後期カンはおおむね『Future Days』と4人になってからの初のアルバム『Soon Over Babaluma』で到達した音楽をいかに応用していくかを解散までの5枚のアルバムで試行していたといえる。その点で、『Monster Movie』や『Tago Mago』,『Ege Bamyasi』よりも『Future Days』はカンのアルバム系列で大きな結節点になっている。
 (Original United Artists "Future Days" LP Liner Cover)

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 簡単に『Future Days』の特徴を言ってしまうと、前作『Ege Bamyasi』収録の「One More Night」「Vitamin C」「Spoon」などで現れてきた浮遊感のあるポップなカン流ファンクをアルバム全体で展開したもので、『Monster Movie』や『Soundtracks』『Tago Mago』でもそうした曲調は皆無ではなかったが、どちらかといえばヘヴィなアシッド・ロックのムードの方が支配的だった。その点では『Ege Bamyasi』は過渡的とも言えるし、過渡的だからこそ『Tago Mago』と『Future Days』のどちらの特徴も兼ねる良さもあった。『Future Days』でもヘヴィで実験的な「Spray」があるが、素晴らしいオープニングのタイトル曲「Future Days」とダモ時代の曲でももっともキャッチーな「Moonshake」に挟まれているため聴き流せる。これは聴き流してしまうのが曲として必要か、いっそ実験的な曲は外した方が良かったか考えてしまうが、A面全体の流れとしてポップな2曲に実験的な曲が1曲挟まれている構成を楽しむべきだろう。また、このA面3曲の構成は『Monster Movie』と『Tago Mago』のディスク1を思い出させる。バンド自身が意図的にそういう構成にしている。
 実は「Future Days」はサンバなのだが、アルバムのB面は片面すべてを使った「Bel Air」で、カン全作品中もっとも天上的に甘美な1曲だがよく聴くと4ビートのスロウなジャズ・ボッサだったりする。カンはファンク・バンドだから黒人音楽系リズムはどれも縄張りになる。これも『Monster Movie』B面全面の「You Doo Right」、『Tago Mago』ディスク1-B面全面の「Halleluhwah」を思い出させるようになっている。ロックバンドに限らず、アーティストが自他ともに代表作と認める作品に意図的に似せた作品を制作するのは、自己模倣や反復ではなくかつての代表作を乗り越え、更新するという積極的な意志あってのことだろう。カンはマルコムからダモにヴォーカリストが交替してすぐに「Mother Sky」(『Soundtracks』収録)でLPのB面のほとんどを占める大作を試し、『Tago Mago』では『Monster Movie』と同じ構成で2枚組LPの1枚を制作している。また、こうした大胆で挑戦的なアルバム内容の構成も『Future Days』が最後になることから、カンにとって強烈なキャラクターを持つヴォーカリストの有無がどれだけ重要で、ダモ鈴木脱退後に創立メンバー4人のみでバンドを継続していくことが、ほとんどバンドの根本的な立て直しになったのも想像される。ヴァージン・レーベルに移籍し『Landed』から始まった後期カンを高く買わない評者でも、その労力がなんとか後期カンのアルバムを、カンと名乗り続けるだけの内容にしていたのは認めざるをえない。
   (Original United Artists "Future Days" LP Inner Sleeve)

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 今日『Tago Mago』,『Ege Bamyasi』,『Future Days』をカン3大傑作とする評価の例を上げると、シカゴのオンライン音楽誌「Pitchfork Media」が2004年6月に「Top 100 Albums of 1970s」の特集を組んでおり、カンのアルバムでは上記3作が入選している。『Future Days』が56位(57位がポール・サイモンPaul Simon』1972、55位がニック・ドレイク『Bryter Layter』1970)、『Tago Mago』が29位(30位がマイルス・デイヴィス『On the Corner』1972、28位がザ・ビートルズ『Let It Be』1970)、『Ege Bamyasi』が19位(20位がT.レックス『Electric Warrior』1971、18位がマイルス・デイヴィス『Bitches Brew』1970)。前後に並ぶアーティストやアルバムからも、カンが70年代最重要バンドのひとつに位置づけられていることがわかる。トップ100中3枚、しかもそれぞれ60位以内、30位以内、20位以内に入っているのだ。ちなみに100位はブライアン・イーノ『Before and After Science』1977、90位がフェラ・クティ『Zombi』1977、80位がデイヴィッド・ボウイ『Hunky Dory』1971、70位がピンク・フロイド『Dark Side of the Moon』1973、60位がジョン・レノンJohn Lennon/Plastic Ono Band』1970、50位がティム・バックリィ『Starsailor』1970、40位がザ・モダン・ラヴァーズ『The Modern Lovers』1977となっている。30位、20位は先に触れた。
 このPitchfork Mediaはなかなか面白いオンライン音楽誌で、「Q」誌と並んで相当な見識があり、偏向やムラのある「Rolling Stone」誌より参考になる。Allmusic.comは包括的だから欧米諸国のウィキペディアではAllmusic.comを代表的な評価に上げている場合がほとんどだが、Allmusic.comは欧米諸国での公約数的評価の反映であって、批評的な評価ではないと思える。Pitchfork Mediaには積極的に批評的な観点を感じる。ちなみに70年代アルバムのトップ10は、10位『Another Green World』1975(ブライアン・イーノ)、9位『Unknown Pressure』1979(ジョイ・ディヴィジョン)、8位『Entertainment!』1979(ギャング・オブ・フォー)、7位『IV』1971(レッド・ツェッペリン)、6位『Trans-Europe Express』1977(クラフトワーク)、5位『Blood on the Tracks』1975(ボブ・ディラン)、4位『There's a Riot Goin' On』1971(スライ&ザ・ファミリー・ストーン)、3位『Marquee Moon』1977(テレヴィジョン)、2位『London Calling』1979(ザ・クラッシュ)、と続くのだった。さて1位は何でしょう?この記事の最後に書きます。当ててみてください。
   (Original United Artists "Future Days" LP Side 1 Label)

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 メンバー自身は『Future Days』をシンフォニックになりすぎた、とそれほど好んでいないらしい。ダモ鈴木はカンではこれ以上のものはできないだろう、と考えて脱退したという(直接には結婚してエホヴァの証人の布教活動に専念するためでもあった)。サウンド面では透明感があって甘美なために、これまでのカンのアルバムでは気にならなかった瑕瑾がないでもない。タイトル曲「Future Days」では突然バランスと音質が変化して編集の痕跡がありありと見えてしまった個所が隠しきれないが、これは意図的にサウンドの遠近感を編集で演出しようとして成功もしているし、失敗もしている。従来のカンのサウンドなら混沌とした方向で統一できたが、今回作り出そうとしているサウンドは濁りのない、シンプルで美しいものだった。
 同様にB面の大作「Bel Air」も編集の跡がずいぶん目立つ。この「Bel Air」はマイルス・デイヴィスのエレクトリック・アルバム『In A Silent Way』1969からの影響の大きさが感じられ、いくつかのパートは同じ演奏を使い回して20分の大作に拡大していると思われる。また、別録りしたパート同士を組みあわせて使い回しの演奏の展開部に使用する、などこれまでのカンの感覚優先の編集から構成のための編集に変化してきた。これまでは感覚を強調することで自然な構成感を生み出してきたが、もっと構成に狙いを絞ることで感覚が呼びさまされるように発想の順序が逆になってきた。試み自体は成功しており「You Doo Right」や「Halleluhwah」とは違ってサウンドは美しいのだが、作り物でしかないぎこちなさも感じる。無理がないのは小品「Moonshake」や実験的な「Spray」で、それらはアルバムの主眼ではない。だがカンの場合、『Future Days』のようなアルバムはある種の不自然さも伴うのは仕方がなく、その上でなお傑作といえる作品になっている。
 さて、Pitchfork Media選出70年代アルバム・ベスト100の第1位は『Low』1977(デイヴィッド・ボウイ)なのだった。ベルリン録音で、ボウイとプロデューサーのイーノは当然カンを聴いていたに違いない。カンのアルバムを3枚も70年代別100に選んだ同誌はその点でも選出基準に一貫性があるといえる。『Future Days』と『Low』は確かに同じカテゴリーの音楽なのは、お聴きになればわかる。