人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Can - Soon Over Babaluma (United Artists, 1974)

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Can - Over Babaluma (United Artists, 1974) Full Album
Recorded August 1974 at Inner Space
Released; United Artists UAS 29 673, November 1974
All written and composed by Can,except "Dizzy Dizzy" lyrics by Duncan Fallowell.
(Side one)
1. Dizzy Dizzy : https://youtu.be/WjWk5UuIekU - 5:40
2. Come Sta, La Luna : https://youtu.be/USsGgVzxpjk - 5:42
3. Splash : https://youtu.be/l1EkHn6b6Fo - 7:45
(Side two)
1. Chain Reaction : https://youtu.be/DHCNgT-QCDE - 11:09
2. Quantum Physics : https://youtu.be/MSxRmU8CofE - 8:31
[ Personnel ]
Holger Czukay - bass, vocals
Michael Karoli -? guitar, violin, vocals
Jaki Liebezeit - drums, percussion
Irmin Schmidt - keyboards, vocals

 ダモ鈴木エジンバラのエンパイヤ・ホールで行われた1973年8月25日のコンサートを最後に脱退し、残ったメンバーで翌年夏に制作された『Soon Over Babaluma』1974はカンのユナイテッド・アーティスツ最後のアルバムになる(すぐにアウトテイク集『Limited Edition』1974も出たが)。その時のライヴ録音はラジオ放送用音源も残されており、録音もミックスも正規盤クラスなのだから妙に凝った編集の『The Lost Tapes』などよりBBC音源の完全版なり、『Paris May 12, 1973』やエジンバラのライヴをなぜ出さないのだ、と思うのだが、以前も触れた通りライヴ録音は録音者やライヴ主催者の方に権利があるのが欧米の著作権法らしく、アーティストは楽曲使用権の印税は受け取れるが録音されたパフォーマンス自体はテープ所有者・管理者側にあるから、バンドがリリースしたくても放送局に使用料を払わなければ使えない、ということになる。そこで毎回バンドが所持しているアウトテイクを出してくるのだが、残念なことに放送局が持っているラジオ用放送音源のレベルまで達した出来のものは『Unlimited Edition』1976と『Delay 1968』1981でほぼ出尽くしてしまった。バンド自身がライヴ録音を節目節目に記録していたら良かったのだが、ラジオ放送で十分と判断して録音していなかったか、カン自身は『Can Live』1999や『Tago Mago 40th Anniversary Edition』『The Lost Tapes』みたいに中途半端なライヴ・テイクしか持っていないようなのだ。
 『Future Days』1973.8発表直後1か月もせずダモ鈴木は脱退したのだが、バンドは専任ヴォーカリストを入れずに次作『Soon Over Babaluma』を制作したから、ダモ在籍時末期の音楽性は気になる。公式盤には73年8月録音の「Doko E」2:26しか発表されていない。流出しているエジンバラ公演には疑問も多く、69分全5曲のうち約55分を占める冒頭3曲「Soup」「Stone Strike」「Hakucho No Uta (Swan No Sonp)」は実際は未発表曲「Riding So High」13:52、「Stone Strike」30:24は歌詞違いの「Bel Air」、「Hakucho No Uta (Swan No Sonp)」9:43は歌詞違いの「Mother Sky」だろう。アレンジが大幅に違うのは言うまでもない。問題は残り2曲、「Hot Day in Koeln」8:36、「I'm Your Doll」4:48で、日本の女性ポスト・パンク・ヴォーカリストPhewが1982年にカン(解散していたが)をバックに録音したファースト・アルバムのアウトテイク曲として知られるのだが、どう聴いても73年のカンの演奏で、しかも両曲ともライヴ収録になっており、「Hot Day in Koeln」はPhewの単独ヴォーカルだが「I'm Your Doll」の前半はダモ鈴木とのデュオになっている。ちなみにPhewのヴォーカルはダモ鈴木の女性版そのものだが、82年のアルバムは73年のカンとはまったく変わったサウンドだった。どちらにせよ「Hot Day in Koeln」8:36、「I'm Your Doll」4:48は73年のエジンバラ公演の収録とは思えない。
(Original United Artists "Soon Over Babaluma" Liner Cover)

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 ホルガー・シューカイという人はジョークか本気か知れない発言をするタイプで、「私とヤキのコンビネーションはジャック・ブルースジンジャー・ベイカーと同等にイノヴェーティヴなものだ」「私はキース・リチャーズのミーハー・ファンでもある」「趣味は読書。毎日経典を2、3行読む」などたぶんどれも本気だと思われるが、『Soon Over Babaluma』発表後からインタビューでウェザー・リポートからの影響を指摘されることが多くなった。シューカイの返答はもちろん「あいつらがおれたちからパクったのさ」。しかし、ダモ脱退でマルコムにも声をかけたというが、エジンバラ公演のカンはパリ公演のカンとはさほど異ならず、やはり専任ヴォーカリストの不在でやっていけるかどうか、その場合音楽性をどう変えていくかが課題になり、ウェザー・リポートも当然参考にしたに違いない。カンは1979年にラスト・アルバムを出し、ウェザーも79年は70年代の集大成ライヴを出すので、対照表にしてみよう。
Weather Report / Can
Can: Monster Movie (1969)
Can: Soundtracks (1970)
1. Weather Report (1971) / Can: Tago Mago (1971)
2. I Sing the Body Electric/Live in Tokyo(1972) / Can: Ege Bamyasi (1972)
3. Sweetnighter (1973) / Can: Future Days (1973)
4. Mysterious Traveller (1974) / Can: Soon Over Babaluma (1974)
5. Tale Spinnin' (1975) / Can: Landed (1975)
6. Black Market (1976) / Can: Flow Motion (1976)
7. Heavy Weather (1977) / Can: Saw Delight (1977)
8. Mr. Gone (1978) / Can: Out of Reach (1978)
9. 8:30 (1979) / Can: Can (1979)

 ウェザー・リポートジョー・ザヴィヌルオーストリア出身で、ドイツ時代の活動を経て渡米し成功をおさめたジャズマンで、ウェザー・リポートエスノ・ジャズ・ロックというコンセプトから始まった。この場合のエスニックは主に中南米音楽とアフリカ音楽で、70年代後半には一転して都会的なものになったが、一貫して共同リーダーだったウェイン・ショーター、初期にはミロスラフ・ヴィトウスも含めた3頭リーダーのバンドだったため、作風の変遷は必ずしも特定のメンバーに指向性にはよらない。だがチェコ出身のヴィトウスの存在感はアルバム半分まで参加して脱退した4.まで大きく、ヴィトウスが脱退しベースがアルフォンソ・ジョンソンに替わるとバンドはそれまでのエキゾチシズムからファンクに整理された音になり、さらに6.で2曲参加したジャコ・パストリアスが正式メンバーとなった大ヒット・アルバム7.でウェザーはロック・リスナーにもアピールするポピュラーな存在となる。
 カンにとってマイルス・デイヴィスのエレクトリック・アルバム『In a Silent Way』1969と『Bitches Brew』1970は自分たちがやろうとしていたことを超大物アーティストがとんでもない完成度で達成したと映ったに違いなく、それはソフト・マシーンピンク・フロイドキング・クリムゾンら先進的ロック・バンドにとっても驚異だった。マイルスのロック・アルバムは一時引退する1975年まで録音され、『Miles Davis at Fillmore』1970,『Jack Johnson』1971,『Live Evil』1971,『On the Corner』1972,『Black Beauty』1973,『In Concert』1973,『Big Fun』1974,『Get Up with It』1974,『Agharta』1975,『Pangaea』1976,『Dark Magus』1977とリリースされる。ウェザー・リポートはマイルスのアルバム参加やライヴ・メンバーを歴任してきたプレイヤーが多く、ジョー・ザヴィヌルウェイン・ショーターは他ならぬ『In a Silent Way』と『Bitches Brew』で楽曲提供とアレンジまで担った、マイルスのロック時代の基礎を作ったメンバーだった。
(Original United Artists "Soon Over Babaluma" LP Side 1 Label)

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 それまでのアルバムの制作ペースより遅く、1974年の年内発売ぎりぎりの同年8月に『Soon Over Babaluma』は制作されている。ダモ脱退からまる1年過ぎている。スペース・レゲエのA1、プログレタンゴのA2の印象が強烈でアルバム全体がエキセントリックなイメージがあるが、7/8のリフに乗せたA3、後半から1/2テンポになるB1、意図的にアクセントを廃したB2など、残り3曲はカンがこれまで演奏しなかったタイプの正統的なジャズ・ロックになっている。A1、A2も含めて、作曲やアレンジ段階では即興的なセッションも交えたかもしれないが、制作は整然としたアレンジ通りに録音されたものなのがうかがわれる。マルコムやダモ在籍時の残響が、まだ幾分かは曲調に残っており、従来のカンらしさをとどめている。
 ミヒャエルのヴォーカルの比重が高いが脆弱さを感じないではいられず、むしろA2だけでリード・ヴォーカルをとるイルミンの方がインパクトが強い。このアルバムについて言えば4人になったカンは成功作をものしている。だが、これまでエキセントリックなヴォーカリストの存在が焦点となって、メンバーのイマジネーションを引き出しスケールの大きな音楽を作ってきた、そういう強みがこのアルバムではなくなって、かといって新しくバンドのあり方を立て直すには至っていない。そういう中途半端なところで佳作になっており、前作『Future Days』からインスト・パートをジャズ・ロックのフォーマットで展開したものとして聴けば、確かにこれもカン中期の力作には違いない。