人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜涼気譚・夜ノアンパンマン(51)

 第六章。
 アンパンマンはベッドからそのまま床に転げ落ちたのではなく、体の足の方を下にして滑り落ちるように転がったので、ベッドの縁に支えられて斜めに転げ落ちたのでした。どうやらこの感触は、さっきまで考えていたようなスマキのような状態ではないと一瞬で気づき、さらにアンパンマンは部屋の壁かけ鏡に倒れる自分が映った瞬間を見逃しませんでした。茫然としたアンパンマンは自分でも納得のいく弾力に富んだ倒れ方に、今、鏡で見た通りの自分の姿を認めざるをえませんでした。
 ぼくは、とアンパンマンは思いました、一晩寝て起きると何だかわからないものになってしまった。手足も頭もないずんぐりした筒のような肉のかたまりだ。力をこめると少し伸縮できるが……アンパンマンは試してみました、駄目みたいだ、匍匐前進できる作りにはなっていない。以前顔面だった箇所に視聴覚の感覚器はあるが、たぶん外見は見分けがつかないようになっている。今ぼくは横向きに寝ているが、それも外見は前も後ろも横もないだろう。倒れた時の感触からすると、頭の方と足の方ではほとんど太さに違いはない。
 あー。とりあえず声は出る(どう響いているのかは分からないが)。呼吸をしている感覚はあるが、どこで呼吸しているのかはわからない。もともとアンパンマンは呼吸などしなくても大丈夫で、たとえばばいきんまん真空パック攻撃にも耐えられたから、今は呼吸していないのかもしれない。声を出す時だけは息を吸って吐いている。どこから?
 口、正確には喉だろう。でも喉は外からは見えない。もしぼくが三角錐か、さもなければ円錐形だったらまだしも天地がわかるのに、とアンパンマンは思いましたが、実はアンパンマンはずんぐりした筒状でこそあれ一応は紡錘形だったので、それでなければパン工場の人たちの「何だこの乳頭は」という認識もなかったでしょう。ほどなくアンパンマンも他人から見た自分は乳頭の姿である、と知ることになりますが、知るまでの困惑は素直なアンパンマンの感受性には相当なストレスを与えました。
 その頃しょくぱんまんは朝のミーティングにしょくぱんまん号でパン工場にやってくる途中でした。遅れたな、ちょっとショートカットコースを通ろう、と藪の中を走っていると、きゃっ、と女の子が飛び退きました。大丈夫かい?きみは?大丈夫です、と女の子は言いました、私はいちごミルクちゃんといいます。
 続く。