人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

蜜猟奇譚・夜ノアンパンマン(57)

 ようやく床に転がった乳頭、おそらくかつてアンパンマンだった記憶を持つものは、どうやら声を出せると思っていたのに意志疎通には役立たないのを痛感しないではいられませんでした。なんとか発声くらいはと試みてみましたが、おそらくけものの唸り声のようにしか響かないのは明らかでした。まさかそこまで機能が退化しているとは予期していなかったので、怒りに任せて思わず卑猥な言葉を連呼してしまいそうになりましたが、具体的にどういう言葉だったのかは聞き取りようもなかったことですし、立腹して猥褻語を連呼するのはあまり品の良い行為とは言えませんから、教育上それは不問に伏すことにすべきでしょう。
 それにどうせアンパンマンボキャブラリーだとすれば大して豊かなものであるはずはなく、仮にこの乳頭がかつてアンパンマンだったならますます期待はできません。何とか打開策はないか、と乳頭は考えました。もしぼくが自分の記憶通りに昨夜までアンパンマンだったのなら、夜ノアイダニナニカガオコッタノダ。でもそれがどんなことかを突きとめる前に、ぼくはなんとかして自分がアンパンマンだと認めてもらわねばならない。
 しかしゼスチャーどころか筆記用具も持てず、ガラケーのキーすら押せず、発声能力も奪われている自分に何がアピールできるでしょう。ただ床に転がっているだけ、少しはからだを反らせることもできるが、生まれたての赤ん坊と変わらない。もしかしたらぼくはいま蛹化したさなぎの状態で、やがて羽化するとスーパーアンパンマンになっているのかもしれない。もしそうなら、なおのことジャムおじさんたちには気づいてもらわなければならない。
 ぼくがアンパンマンなのは、毎日、時には1日のうち何度も(ばいきんまんのいたずらを阻止するために戦う時には)ジャムおじさんに焼きたてのあんパンを作ってもらい、バタコさんが傷んだ頭をはじき飛ばして新しい頭に替えてくれるのだ。今ぼくは頭のあんパンを失っているのは確からしい。それならば、ジャムおじさんが新しい頭を焼いてくれて、今は乳頭でしかないこのからだにも頭がつけばアンパンマンに復活するのではないか。
 ぼくというヒーローの存在基盤から類推してそれ以外に復活の方法は想定し難い、と乳頭は直感しました。新しい頭をつけてもらう、それで一気に解決し、やっぱりアンパンマンだったのかとみんなが喜んでくれる。だけど、それをどうやって?