人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

偽ムーミン谷のレストラン・改(3)

 問題はそれだけではない、とムーミンパパはクレッシェンド、すなわち<のアクセントでつぶやくと、苦悩を振り払いながら振り払いきれない感じで気をもたせましたが、あいにくムーミン谷の人びとは細かいニュアンスはスルーする習慣ですのでムーミンパパの苦悩は空振りに終わりました。もっともそれしきのことでへこたれていてはムーミンパパは務まりません。まあこんなことは肩ならしみたいなものだ、とムーミンパパは思いました。
 寒いなあ、とムーミンは思いました。
 その頃ムーミン谷の人びとが知らない遠くの国では海峡ごしに仮想敵国に核ミサイルを向けていました。別の国では国境線が描き変えられるたびに大量虐殺が行われていました。今回は公式戦通り殲滅戦ルールでいきます。えーっ、と物資が乏しい部隊からわれ先にと抗議の声が上がりましたが、すでに幕は切って落とされていました。退屈だわ、と木かげで読書する姉の隣でアリスは本をのぞき込んでみましたが、本にはさし絵もなければ面白いギャグもなさそうで、そんなの読んでどうするのかしら、とアリスはあくびをかみ殺しました。
 では何が問題なのかね、と谷の賢者のヘムレンさんが見るにみかねてフォローしてくれました。ヘムレンさんは警察署長のヘムル署長と名前が変化形のように似ていますが、ムーミン谷のような閉鎖系ではこれはよくある他人の空似です。なあジャコウネズミ博士、とヘムレンさんはもうひとりの賢者に振りました。はん?とジャコウネズミ博士は面倒くさそうにかぶりを振りました。これは明らかにヘムレンさんの人選ミスで、ムーミン谷随一の老荘思想の実践者(と言ってもこの閉鎖系では中国古典思想など流入してくるわけもなく、誰も老荘思想など知りませんでしたが、そこはシンクロニシティということで)であるジャコウネズミ博士に積極的意見など求めようがありません。
 ジャコウネズミ博士は読みさしの『唯一者とその所有』(1844/マックス・シュティルナー)のページを閉じると、ということはこのお話は早くとも19世紀後半であり、かつまた閉鎖系という設定もあやしくなりますが、ほとんど考える隙も与えず(つまり博士自身も何も考えず)、どうでもいいじゃないか、と言いました。それは博士がそうでなくても倦怠感溢れるムーミン谷でも筋金入りのニヒリストだったからで、誰ひとり口を挟めませんでした……ただひとり、偽ムーミンを除いては。