人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

現代詩の起源(4); 伊良子清白『孔雀船』(e)

伊良子清白(1877-1946/『孔雀船』刊行の頃)

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 今回で伊良子清白の唯一の詩集『孔雀船』は最終回、全18編をご紹介し終えることになります。詩集の配列順の通りにご紹介してきましたが、今回ご紹介する詩集巻末の2編は『孔雀船』でももっとも制作・発表時期の早い作品で、直前に配列された「五月野」~「戯れに」に至る詩集編纂時の最近作と対象をなしています。「戯れに」は詩集でも詩人自身のカリカチュアを描いたユーモア詩として異色作で、清白がテーマの似た詩劇詩である巻末の2編とのチェンジ・オブ・ペース(ムードの区切り)の効果を狙ったのは明らかでしょう。
 巻末の2編のうち「駿馬問答」は問答体という形式からも明確な劇詩の体裁をとっていますが、「初陣」も呼びかけの体裁をとることから劇詩の効果があり、ここで呼びかけられている「父」や作中で登場する「母」は若き日の父母を語り手が空想しているもので、巻頭の詩「漂泊」に呼応します。「漂泊」は明治38年の新作なので、作詩時に清白が5年前の「初陣」との対応に気づいていたかはわかりませんが、詩集『孔雀船』編纂時にははっきりその照応を意識していたと思われ、またこの巻末の2編「初陣」「駿馬問答」は単独で読むと取っつき辛い作品ですが、他の『孔雀船』の収録詩編を注釈として読むとすんなり入っていける内容になっています。「駿馬問答」はこの長さの劇詩的叙事詩としては明治の新体詩でも屈指の秀作と呼べるものです。収録詩編、詩集全編の構成ともに『孔雀船』が明治新体詩でも傑出した名作とされるゆえんです。

(『孔雀船』明治39年1906年5月・佐久良書房/カヴァー装・本体)

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  初陣  伊良子清白

父よ其(その)手綱(たづな)を放せ
槍の穗に夕日宿れり
數ふればいま秋九月
赤帝(せきてい)の力衰へ
天高く雲野に似たり
初陣(うひぢん)の駒鞭うたば
夢杳(はる)か兜の星も
きらめきて東道(みちしるべ)せむ

父よ其手綱を放せ
狐啼く森の彼方に
月細くかゝれる時に
一すぢの烽火(のろし)あがらば
勝軍(かちいくさ)笛ふきならせ
軍神(いくさがみ)わが肩のうへ
銀燭の輝く下(もと)
盃を洗ひて待ちね

父よ其手綱を放せ
髮魄(しろ)くきみ老いませり
花若く我胸踴(をど)
橋を斷ちて砲(つゝ)おしならべ
巖高く劍を植ゑて
さか落し千丈の崖(がけ)
旗さし物亂れて入らば
大雷雨奈落の底
風寒しあゝ皆血汐

父よ其手綱を放せ
君しばしうたゝ寢のまに
繪卷物逆に開きて
夕べ星波間に沈み
霧深く河の瀬なりて
野の草に亂るゝ螢
石の上惡氣(あくき)上りて
亡跡(なきあと)を君にしらせん

父よ其手綱を放せ
故郷(ふるさと)の寺の御庭(みには)
うるはしく列ぶおくつき
栗の木のそよげる夜半に
たゞ一人さまよひ入りて
母上よ晩(おそ)くなりぬと
わが額(ぬか)をみ胸にあてゝ
ひたなきになきあかしなば
わが望み滿ち足らひなん
神の手に抱(いだ)かれずとも

父よ其手綱を放せ
雲うすく秋風吹きて
(はぎ)(すゝき)高なみ動き
軍人(いくさびと)小松のかげに
遠祖(みおや)らの功名(いさを)をゆめむ
今ぞ時貝が音(ね)ひゞく
初陣の駒むちうちて
西の方廣野(ひろの)を驅らん

(初出・明治33年=1900年9月「文庫」)
*
  駿馬問答  伊良子清白

    使者
月毛なり連錢(れんぜん)なり
丈三寸年五歳
天上二十八宿の連錢
須彌(しゆみ)三十二相の月毛
青龍の前脚
白虎の後脚
忠を踏むか義を踏むか
諸蹄(もろひづめ)の薄墨色
落花の雪か飛雪の花か
(はえ)つきの眞白栲(ましろたへ)
竹を剥ぎて天を指す兩の耳のそよぎ
鈴を懸けて地に向ふ雙の目のうるほひ
(あが)れる筋怒れる肉(しゝ)
銀河を倒(さかしま)にして膝に及ぶ鬣(たてがみ)
白雲を束ねて草を曳く尾
龍蹄の形(かたち)華留(くわりゆう)の相(さう)
神馬(しんめ)か天馬(てんば)
言語道斷希代なり
城主の御親書
獻上違背候ふまじ
    駿馬の主
曲事(くせごと)仰せ候
城主の執心物に相應(ふさ)はず
(そ)れ駿馬の來るは
聖代第一の嘉瑞なり
虞舜の世に鳳凰下り
孔子の時に麒麟出づるに同じ
理世安民の治略至らず
富國殖産の要術なくして
名馬の所望及び候はず
    使者
御馬の具は何々
水干鞍(すゐかんくら)の金覆輪(きんぷくりん)
梅と櫻の螺鈿(かながひ)
御庭の春の景色なり
あふりの縫物は
飛鳥の孔雀七寶の縁飾(へりかざり)
雲龍(うんりゆう)の大履脊(おほなめ)
紗の鞍おほひ
さて蘇芳染(すはうぞめ)の手綱とは
人車記(じんしやき)の故實に出で
鐵地(かなぢ)の鐙(あぶみ)
一葉の船を形容(かたどつ)たり
(おがもひ)(むながひ)(しりがひ)
大總(おほぶさ)小總掛け交ぜて
五色の絲の縷糸(よりいと)
漣組(うつ)たる連着懸(れんぢやくがけ)
差繩(さしなは)行繩(やりなは)引繩(ひきなは)
緑に映ゆる唐錦
菱形轡(ひしがたぐつわ)蹄の鐵
馬裝束の數々を
盡して召されうづるにても
御錠(ごじやう)違背候ふか
    駿馬の主
中々の事に候
駿馬の威徳は金銀(こんごん)を忌み候
    使者
さらば駿馬の威徳
(おん)物語り候へ
    駿馬の主
(そ)れ駿馬の威徳といつぱ
世の常の口強(くちごは)足駿(あしばや)
笠懸(かさがけ)流鏑馬(やぶさめ)犬追物(いぬおふもの)
遊戲狂言の凡畜にあらず
天竺震旦古例あり
馬は觀音の部衆
阿含(ざうあごんきやう)にも四種の馬を説かれ
六波羅密の功徳にて
畜類ながらも菩薩の行(ぎやう)
悉陀(しつた)太子金色(こんじき)の龍蹄に
十丈の鐵門を越え
三界の獨尊と仰がれ給ふ
帝堯の白馬
穆王の八駿
明天子の徳至れり
漢の光武は一日に
千里の馬を得
寧王朝夕(てうせき)馬を畫いて
桃花馬(とうくわば)を逸せり
異國の譚(はなし)は多かれども
類稀なる我宿の
一の駿馬の形相(ぎやうさう)
(いなゝ)く聲落日を
中天に囘らし
蹄の音星辰の
夜碎くる響あり
(をど)れば長髮風に鳴つて
萬丈の谷を越え
馳すれば鐵脚火を發して
千里の道に疲れず
千斤の鎧百貫の鞍
堅轡(かたぐつわ)強鞭(つよむち)
鎧かろ/″\
鞍ゆら/\
(くつわ)は噛み碎かれ
鞭はうちをれ
飽くまで肉(しゝ)の硬き上に
身輕の曲馬品々の藝(わざ)
碁盤立ち弓杖(ゆんづゑ)
一文字杭渡(くひわた)
教へずして自(おのづか)ら法を得たり
扨又(さてまた)絶險難所渡海登山
(くが)を行けば平地を歩むが如く
海に入れば扁舟に棹さすに似たり
木曾の御嶽駒ヶ嶽
(こし)の白山(しらやま)立山(たてやま)
上宮太子(じやうぐうたいし)天馬に騎して
梵天(ぼんてんきう)に至り給ひし富士の峯
高き峯々嶽々
阿波の鳴門穩戸(おんど)の瀬戸
天龍刀根(とね)湖水の渡り
聞ゆる急流荒波も
蹄にかけてかつし/\
肝臆(かんおぢ)ず駈早し
いつかな馳り越えつべし
そのほか戰場の砌(みぎり)
風の音に伏勢(ふせぜい)を覺り
雲を見て雨雪をわきまふ
先陣先駈け拔駈け間牒(しのび)
又は合戰最中(もなか)の時
槍矛箭(やりほこや)種ヶ島
面をふり體をかはして
主をかばふ忠と勇は
家子郎等(いへのこらうどう)に異ならず
かゝる名馬は奧の牧
吾妻の牧大山木曾
甲斐の黒駒
その外諸國の牧々に
萬頭の馬は候ふとも
又出づべくも侯はず
名馬の鑑(かゞみ)駿馬の威徳
あゝら有難の我身や候
    使者
御物語奇特に候
とう/\城に立歸り
再度の御親書(ごしんしよ)
申し請はゞやと存じ侯
    駿馬の主
かしまじき御使者(おんししや)
及びもなき御所望候へば
いか程の手立を盡され
いくばくの御書(おんふみ)を遊ばされ候ふとも
御料(おんれう)には召されまじ
法螺鉦陣太鼓
旗さし物笠符(かさじるし)
軍兵(ぐんぴやう)數多(あまた)催されて
家のめぐり十重二十重(とへはたへ)
(とき)の聲あげてかこみ候ふとも
召料には出さじ
器量ある大將軍にあひ奉(まつ)らば
其時こそ駒も榮あれ駒主も
道々引くや四季繩の
春は御空(みそら)の雲雀毛(ひばりげ)
夏は垣ほの卯花(うのはな)鴇毛(つきげ)
秋は落葉の栗毛
冬は折れ伏す蘆毛積る雪毛
數多き御馬(おんうま)のうちにも
言上(ごんじやう)いたして召され候はん
拜謁申して駿馬を奉らん

この篇『飾馬考』『武器考證
』『馬術全書』『鞍鐙之辯(くらあぶみのべん)』『春日神馬繪圖及解』『太平記』及び巣林子の諸作に憑る所多し敢て出所を明にす

(初出・明治34年=1901年1月「文庫」)