人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

Sun Ra - The Night of The Purple Moon (Thoth Intergalactic, 1970)

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Sun Ra And His Intergalactic Infinity Arkestra - The Night of The Purple Moon (Thoth Intergalactic, 1970) Full Album : https://youtu.be/8JIzMfbYsX0
at Variety Recordings Studio, New York, June 1970
Released by El Saturn/Infinity Inc./Thoth Intergalactic ‎- IR522, August 1970
All Composed by Sun Ra
(Side A)
A1. Sun-Earth Rock - 4:37
A2. The All Of Everything - 4:22
A3. Impromptu Festival - 4:00
A4. Blue Soul - 3:44
A5. Narrative - 2:53
A6. Outside The Time Zone - 5:00
(Side B)
B1. The Night Of The Purple Moon - 3:45
B2. A Bird's Eye-View Of Man's World - 2:56
B3. 21st Century Romance - 4:05
B4. Dance Of The Living Image - 4:35
B5. Love In Outer Space - 3:45
[ Sun Ra And His Intergalactic Infinity Arkestra ]
Sun Ra - double Mini-Moog synthesizer(A4,A5,A6), double Roksichord harpsichord(all tracks)
Danny Davis - alto saxophone(A1), alto clarinet(B2,B5), flute(A2,B3), bongo(B4,B5), percussion & drums(A3)
John Gilmore - tenor saxophone(A3), percussion & drums(except.A3)
Stafford James - electric bass(all tracks)

 本作はいくつかの点でアーケストラ作品では例外的に普通の意味でプロフェッショナルなものです。おそらく発売日の決定から逆算してきっちり作られたアルバムなのは自主レーベルのサターン・レコーズ(サブ・レーベルのインターギャラクティック)からの作品にしては珍しく比較的録音データが明確であることでも推察されます。普通の商業的アルバムなら当然のことですが、サン・ラのサターン作品の場合は作ってから発売を決めるのがほとんどなのは、これまでのアルバムでも見られた通りです。70年代に入ってサン・ラのアルバムはサターン以外のさまざまなレーベルから依頼制作されるようになり、本作はサターンのサブ・レーベル作品ながら商業ペースの制作を試してみたアルバムと言えそうです。また本作はアーケストラ名義ですが通常最低でも6人~10人編成のレギュラー・アーケストラではなく、サン・ラ、ダニー・デイヴィス、ジョン・ギルモア、スタフォード・ジェームズによるカルテット作品で、ドラムスは本来看板テナー奏者のギルモアが担当しています。ギルモアのテナーはA3だけで、同曲ではアルト奏者のデイヴィスがドラムスに回り、デイヴィスはアルト(A1)、アルト・クラリネット(B2,B5)、フルート(A2,B3)、ボンゴ(B4,B5)と大活躍。デイヴィスまたはギルモアが管楽器を吹かない曲ではサン・ラとベースのジェームズのデュオ、またはギルモアがドラムスのトリオになります。本作制作の1970年前後はアーケストラにはレギュラー・ドラマーがいなかったため、ライヴは臨時メンバーでこなしてもレコーディングではギルモアがドラムスを買って出たようです。前任ドラマーが精鋭クリフォード・ジャーヴィスでしたから後任メンバー選びも慎重になるでしょう。
 アーケストラのサックス・セクションといえば50年代のシカゴ時代からギルモア、パット・パトリック、マーシャル・アレンが忠実なメンバーで、ダニー・デイヴィスはアーケストラがニューヨーク進出してきてからの『When Sun Comes Out』1963に1曲参加したのが初めてでした。実力派のギルモアは1963年以降他のバンドに招かれしばしば穴を空け、デイヴィスも参加当初17歳だったのでアレンとパトリックのように皆勤賞ではなく、デイヴィスとほぼ同期参加のロバート・カミングス(バス・クラリネット)同様準レギュラーというところでした。本作では管楽器入りの6曲中ギルモアのA3を除き5曲がデイヴィスのアルトサックス、フルート、アルトクラリネットをフィーチャーしたトラックになっています。またベースについては60年代アーケストラを支えた凄腕ロニー・ボイキンス退団以降数作、ベースレス編成によるアルバム作りが続いていました。アコースティック・ベースでボイキンス以上の人材を見つけるのも困難ですが、サン・ラ自身の音楽もアコースティック・ピアノの使用はソロ・ピアノ作品『Monorails and Satellites』1968を制作後では激減し、エレクトリック・キーボードを主要楽器にするようになります。アルバムごとにエレクトリック・チェレステ、クラヴィオーネ、カラマズー・オルガン、ホーナー・クラヴィネットなどを使い分け、前作『My Brother the Wind』1969-1970ではアルバム全篇でミニ・ムーグ・シンセサイザー2台(ミニ・ムーグはモノフォニック=単音楽器だったため)を導入します。音色的にもエレクトリック・ベースへの交替は自然な時期でした。

(Original Thoth Intergalactic "The Night of The Purple Moon" LP Liner Cover & Side A Label)

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 本作はブルースのA1から始まりますが、4ビートながらエレクトリック・ベースと良くも悪くもステディなギルモアのドラムスによってシャッフル系の8ビートの感覚があり、その効果でフリーキーなアルトサックスのソロもフリージャズ的ではなくR&B風に聴こえます。デイヴィスのアルトは鮮やかで、フルート曲ではソロよりキーボードとのアンサンブルが聴き所ですが、いつもはマーシャル・アレンが担当しているフルート・パートを遜色なくこなしており、アレン(1924-)より21、2歳年下のデイヴィスの方がやはり感覚的には新しさを感じます。オリジナル・メンバーのアレンを置いて本作ではデイヴィスがソロイストに抜擢された理由はその辺りにありそうです。
 ギルモアは専任ドラマーではないだけにビートがオーソドックスなのも本作の軽快でノリのいい仕上がりに貢献していますが、一方アルバムの半分はサン・ラのキーボード・ソロかベースとパーカッションとのデュオまたはトリオで、こちらはいわゆる4ビートとは全然違う、サン・ラ流の元祖テクノ・ポップと呼べるようなトラックです。音色的に統一感があるため管・ドラムス入りの4ビート曲と違和感がありませんが、所どころマイルス・デイヴィスの『In A Silent Way』(1969年7月発売)、『Bitches Brew』(1970年4月発売)に近いサウンドが聴かれます。マイルスははっきりと同時代の最先端のロックの先を行くジャズ・ロックを目指したものでしたが、サン・ラはマイルスのアルバムを聴いていたかといえば、少なくとも若いアーケストラのメンバーは全員聴いていたでしょう。本作がサン・ラ作品にしては異例なくらいまとまりがあって聴きやすいのは、いつも以上に明確な音楽的ヴィジョンをメンバー全員が共有していたため、と思われるのです。