人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

ロック史上もっとも偉大なバンド

THE SEEDS
シーズ
★★★The Seeds / GNP 2023 (1966. Apr.) : https://youtu.be/8gKtOGpAAkE

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★★★A Web Of Sound / GNP 2033 (1966. Oct.) : http://www.youtube.com/playlist?list=PL0ltondLnZlHfMy9ft9_JZxNqbIJD4gYL

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★Future / GNP 2038 (1967. Aug.) : https://youtu.be/QRNczsKspUg

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★★Merlin's Music Box / GNP 2043 (1968. May) : http://www.youtube.com/playlist?list=PL94gOvpr5yt20v83GchNwjyUbgefpZmqu

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★★Fallin' Off The Edge / GNP 2107 (1977) : https://youtu.be/cNeRSBlmui4

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 「偉大な2つのコード、偉大な5つのアルバム!」。南カリフォルニアのある場所に建てられたシーズの墓碑には、このような文字が刻まれている。そこはマリファナの草とシビレダケが野生で育つ所、また'70年代の最も信心深いパンク・ミュージシャンたちが毎日夕暮れ時に頭を垂れる方角だ。
 ライター、シンガー、ミュージシャンとしては限られた才能しかもちあわせていなかったにもかかわらず、シーズが息の長い幸運な活動を続けることができたということは、ロック伝説の中でもかなり奇跡的な話の1つである。リードシンガー、スカイ・サクソンの世界観は2つのものに限られ(すなわちセックスとドラッグだが)、彼のどなるようなヴォーカルはこれまで録音された中でも最も素人くさく風変わりなものだった。特に変わっているのはダリル・フーパーのオルガンとピアノだ。彼のいう創造的なソロというもので、オクターヴを変えて何度も何度も同じリフを演奏するのだ。彼らの不思議な魅力は、熟練不足のために音楽がこれ以上には良くはなり得なかったという事実にあったのだ。
 『The Seeds』では、最大のヒット曲「Pushin' Too Hard」とサクソンの最高傑作「Can't Seem to Make You Mine」を自信を持って聴かせているが、真の信者は普通、彼らのセカンドLP『A Web Of Sound』の方を支持する。このLPには「Rollin' Machine」「Tripmaker」「Mr. Farmer」のようなサイケデリック・ナンバーが多く、またこのバンドの大力作曲で、喫煙のために2回の休憩も入れた15分近いの愛の顛末記「Up In Heq Room」(サクソンは明らかに事を運ぶのが早かったのだ)も収められている。
 『Future』はグループのフラワー・パワーを訴えたコンセプト・アルバムで、その中のベスト曲は「Two Fingers Pointed You」である。この曲は彼らの唯一の出演映画『Psych Out』の中で演奏された(映画はジャック・ニコルソン主演で、伝説的なヘイト・アシュベリーを舞台に夏の恋、友情などをテーマにしたもので、長い髪を後ろで束ねた、アシッド・ロック・バンドのリーダーをニコルソンが演じた)。『Merlin's Music Box』はライヴ・アルバムということになっているが、どうも聴衆の歓声をオーヴァーダビングした、以前のLPの未収録テイクのようだ。それでもこのレコードは彼らの名曲となった「900 Million People Daily All Making Love」を収め、裏ジャケットのサクソンのアラビア人の服装はディランより8年も早かった。
 『Fallin' Off The Edge』は最近リリースされた未収録テイクと未発表曲を含んだ最初のコンピレーションで、これはマディ・ウォーターズによるライナー・ノーツ(「アメリカは第2のローリング・ストーンズとなるグループを遂に生み出したと私は心から信じている」)のついたブルースのアルバム『A Full Spoon Of Seedy Blues』(1967. Nov)を上回る評価を得ている。この『Full Spoon』を除いたすべてのアルバムが現在でも入手可能ということは、世界には時として正義があるのだという決定的な証拠である。水ギセル(マリファナ用)をまわしてくれ。
(文=ビリー・アルトマン)
(『ローリングストーン・レコードガイド』1979年版より、翻訳=講談社・昭和57年3月刊)