第六章。
帽子屋と三月ウサギとネムリネズミがお茶会用のちゃぶ台を運んできて自分の席に着きました。そこにアリスもやってきます。
席はないぞ!と帽子屋とウサギ。空いてるじゃない、とアリスは言って、いちばんいい席に座りました。しぶしぶウサギが、ワインでも飲めと勧めます。どこにあるの?とアリス。ないよ、とウサギは言いました。
アリスはむかっ腹を立てました。なんて失礼なの!ありもしない物を勧めるなんて。ウサギも負けじと、失礼なのはどっちだ!誘われてもいないのに座りやがって。
アリスはとぼけて、あら、3人だけのちゃぶ台なの?それにしてはずいぶん座れる場所が空いているみたいだけど。
髪が伸びすぎだな、と帽子屋。
アリスはキッとして、余計なお世話よ、私の勝手でしょう!
すると帽子屋は驚いた顔で、カラスと勉強机はどこが似てる?アリスはすかさず、そんなの簡単よ。ウサギが振り向き、もうわかったのか?そうよ、とアリスは言いました。
なら答えを言えよ、とウサギ。アリスは口ごもり、だから……簡単なのはわかったの。同じことでしょ、ほら。
帽子屋は小首を傾げ、同じなのか。それなら「私は食べるものを見る」と「私は見るものを食べる」これも同じかね?
三月ウサギも肩をすくめ、他にも「手に入れられるものは好きだ」と「好きだからには手に入る」これも同じか?
同じなんじゃない?とネムリネズミも、まだあるよ、「眠る時は息をしている」と「息をしている時は寝ている」。
帽子屋はそれは同じだ、とネムリネズミに言うと、ふいに時計を取り出してアリスにきみ、今日は何日だい?
4日、とアリス。
2日狂っている……。帽子屋はため息をつくと、おいウサギ、きさまのバターは良くないぞ!すかさずウサギが、最高級のバターだぜ、とやり返しました。ああ、と帽子屋、だがパンくずが混じったに違いない。パン切りナイフなんか使うからだ!
すると三月ウサギは時計を手にとって、カップのなかに浸けました。
最高級のバターだったのに、と三月ウサギが嘆きました。
面白い時計ね、とアリス、時刻ではなくて日付が出るなんて。
どこが悪い、と帽子屋、きみの時計は年を告げたりせんだろ?
だってそれだと一年間ずっと同じじゃない、とアリス。それはこっちの時計も同じさ。さっきの謎なぞはもうわかったかね?
お手上げよ。答えは何?
これっぽちも、と帽子屋。
同じく、とウサギ。
(52)
もっとましなことはないの?とアリスは思わずため息が出ました、答えのない謎なぞなんかでヒマをつぶすよりも。
すると帽子屋は居丈高になり、私のようにヒマさんと仲良しでないなら、ヒマなどと呼び捨てにはしないのだがな。
何のことだかよくわからないわ。
ああそうだろうな、と帽子屋、きみはヒマさんと世間話したこともないだろうしな。
たぶんね、とアリスは用心深く言いました、でも私だって世話しないときはわざわざヒマを割きはしないわよ。
それでわかったろ、と帽子屋、ヒマさんは割かれるのが嫌いなのだ。しかし仲良くしていれば、時刻ならヒマさんがだいたいどうにかしてくれる。たとえば朝の九時、ちょうど勉強が始まるが、ヒマさんにちょっと合図を送るだけでいい。あっという間に時計はぐるり、もう午後1時、お弁当の時間さ!
だったら都合いいだろうな、と3月ウサギが言いました。
それは好都合ですけど、とアリスも言いながら首をかしげて、でもそうしたら、お腹が空いていないんじゃないの?
最初のうちはね、と帽子屋、だけど慣れれば好きなだけ午後1時でいられる。
アリスは感心して、ならそうしてるのね、あなたは?
いいや、と帽子屋が悔しそうに言いました、こないだの3月にケンカするまでは……おまえの頭がおかしくなる直前のことだ、だろ?と3月ウサギを指さして、あれはハートのクイーンが開いた音楽会だが、歌の番が回ってきたのだ。
「♪くらやみのなかのちいさなこうもり、
いったい何をしているの?」
……知ってる?
似たようなのは、とアリス。
この歌の一番も終わらないのに、と帽子屋、クイーンが怒鳴りだしたのだ。「こんなのを聴くヒマはない!首を切れ!」とね。
ひどい話!とアリス。
それでヒマさんは首を切られて、と帽子屋、もう頼みを全然聞いてくれない。それからずっとここは午後6時なのだ。
アリスはハッと気がつきました。だからここはお茶の道具ばかりなのね。
帽子屋はため息をつき、ご名答。ここはいつでもお茶の時間なのだ。洗濯するヒマもありはしない。つまり……
お茶の時間の次もお茶の時間?
そうして次々回っていくのさ、と帽子屋、だから道具が足りやしない。
でも一周したらいったいどうするの?とアリスは思いきって訊きました。
すると聞いていた3月ウサギがあくびをしながら、話題を変えようや。起きろよネムリネズミ、おまえからは何か話はないのか?
(53)
3月ウサギに話を振られ、ネムリネズミは眠っていません、話はちゃんと聞いていましたよ、と言いました。いいからさっさと話せよ、と帽子屋、でないとまた寝るんだろ。
ネムリネズミは急かされて、昔むかし、いとけない3人姉妹がおりました。エルシー、レイシー、ティリーの3人で、住んでいたのは井戸の底でしたが……
興味津々、何を食べてたの?とアリス。
……シロップです、とネムリネズミ。
そんなの無茶よ、とアリス。病気になるわ。
だからもちろん病気でした。
何で井戸の底になんか住んでいるの?
お茶をもう1杯どうだ、と3月ウサギ。
まだ1杯も飲んでいないわ、とアリスはムッとして、もう1杯どころじゃない。
1杯どころじゃないってことは、と帽子屋、次に飲んだら1杯目ということだな。
余計な口出ししないで、とアリス。
その口出しは、と帽子屋、きみの方だろ?
アリスはまたネムリネズミに、どうして井戸の底に住んでいるのかしら。
シロップの井戸だから、とネムリネズミ。
そんな井戸なんてあるわけないじゃない!とアリスは腹を立てましたが、帽子屋と3月ウサギがしっ、しーっ、黙って聞いていられないなら自分で話の続きを作れよ、と言うので、不承不承うなずき、わかったわよ。それもありにしておきましょう。それで?
それもありだと!?とネムリネズミは怒った様子でしたが、続けて、だから3人姉妹が練習したのは、かきまわすことでした。
かきまわすって何を?とアリス。
シロップです、とネムリネズミ。
すると帽子屋が、きれいなカップがほしい。さあみんな、ひとつずつ席を移ろう。
帽子屋が移り、ネムリネズミとウサギも移りました。アリスはウサギの隣になりました。きれいなカップに当たったのは帽子屋だけで、アリスはウサギがミルクをこぼしてべとべとにしたひどい席でした。
でもわからないわ、とアリスはネムリネズミの機嫌を見ながら、慎重に訊きました。どこでシロップをかきまわすの?
プールでは水をかきまわす、と帽子屋、シロップの井戸ならシロップだろ。そんなのバカでもわかることだ。
帽子屋は無視して、でも井戸のどん底なのよね、とアリス。
そう、どん底……とネムリネズミ、だから3人は「お」で始まるものをかきわけるのです。
どうして「お」なの?とアリス。
「お」では悪いか?と3月ウサギ。
では「ま」は?
「ま」?
「ま」でも悪いか?と3月ウサギ。
(54)
ネムリネズミはまたうとうとしていましたが、しっぽを帽子屋につねられてびっくりして起き出すと、しぶしぶ話を続けます。
「お」ではじまるものなら……たとえばお屋敷とか、お月さまとか、思い出とか、おもらしとか。かきまわせればいいのです。わかりますよね、「おもらし」をかきまわすといったいどうなるか。
まあ汚い、とアリス。
かきまわすものならもっとあるぞ、と3月ウサギ、「お」で始まればいいんだろ?
「ま」でもいいですよ、とネムリネズミ。なんなら「お」と「ま」をつなげても。
いくらなんでもそれはないわ!
ないなら口を出さない!と帽子屋に一喝され、アリスはとびあがりました。いくらなんでも失礼よ、帽子屋さん!
そうだ、こいつはおかしいのさ、と3月ウサギが言いました、理由は知らないが、おかしいことはとにかくわかる。
なるほどねえ、とアリス。
こいつだっておかしいぞ、と帽子屋が3月ウサギをあごで指して、理由は私にだってわからない。だが、秋はいいが春になるとたちまちおかしくなるのはなぜだ?
どうしてなの?とアリス。
ウサギの主食は石けんだし、とネムリネズミ、帽子屋も変だし、お世辞を言うにも無理な話さ。なるほど、とアリス。
どうやら彼らはアリスを忘れて、こきおろしあい(殺しあいよりはマシですが)に熱中し始めたようでした。アリスは呼びかけてみましたが、反応もない冷たさです。すっかりつまらなくなって席を立ち、呼び止めてくれないか期待しながら歩き出しましたが、その気配はまるでなし。アリスが最後にちら、と振り向くと、今にもネムリネズミがティーカップに浸されようとしているところでした。
アリスが行ってしまうと3月ウサギと帽子屋はちゃぶ台をさっさと片づけ、そこにクラブの2と5と7がやってきました。それからハートのキングとクイーン、そしてジャックが現れて、さらに他のカードとアリスが姿を現しました。アリスは物見遊山気分でついてきて、もう帽子屋たちの姿もちゃぶ台もないので、さっきまでのお茶会の場所とは気がつきません。
ざこカードたちはラッパと小太鼓を伴奏に、声を合わせて、
*
♪キングがお目見え
クイーンがお目見え
みんなで踊ろうこの森で
みんなで踊ろうガボットを
*
そして一列の円陣になってぐるぐると踊っていましたが、やがて2と5と7が列の中からぺたんと倒れてしまいました。もちろん踊りの輪もそれで止まりました。
(55)
アリスは事情がわからないので立ちすくんでいるとクイーンが、ジャックや知らないガキがいるザマす。ですがジャックはお辞儀をするだけです。
たわけ!とクイーンはジャックを叱るとアリスに、そこのガキ名前は?
アリスと申します女王さま、とアリスは名乗りながら、ただのトランプじゃないの、ばからしい。
するとクイーンは2と5と7を指して、ではあれは何ザンす?
そんなのわかるわけないじゃない。
クイーンはアリスをにらみつけ、このガキの首をちょん切るザンす!ちょん切るザンす!とわめきだしました。
するとキングがほれほれ落ち着くダス、ほんのネンネじゃないダスか。
クイーンは、おいジャック、こいつらをひっくり返すザマすと命令しました。2と5と7が起きると、すばやく周りにお辞儀をします。
目が回るザンす。こいつらの首もちょん切るザマすよ!
好きにはさせないわよ、とアリス。すると白ウサギがやってきて、良いお日和でとアリスにあいさつしました。
そうね、とアリスは返し、そういえばあなたの公爵夫人は?
しっ!と白ウサギは念を押すと、公爵夫人は死刑を言い渡されました。
どうしたの?とアリス。
どうしたもこうしたも、と白ウサギ、おいたわしや。
それはわかったわ、とアリス、だから何があったの?
女王さまをひっぱたいたのです。
ぷぷっ!とアリスは吹き出しました。
しーっ、女王さまに聞こえてしまう、と白ウサギは言うと、アリスと白ウサギはクイーンたちを振り返りました。
ぜんぶ切ったザンすか?とクイーン。
みんな首なしにいたしました、女王さま、とジャック。
みなの者、位置に着くザンす!とクイーンが言いました。キングがアリスに手を差し出し、ジャックはクイーンのガードにつきます。トランプ王室の宮廷舞踏会が始まりました。
*
♪キングがお目見え
クイーンがお目見え
みんなで踊ろうこの森で
みんなで踊ろうガボットを
優雅に踊れハートたち
優雅に踊れハートたち
今日も楽しくリズムに合わせ
リズムに合わせてアリスも踊れ
みんなで踊ろうこの森で
みんなで踊ろうガボットを
*
……みんなが踊り終えると、チェシャ猫がニヤニヤと木の上に姿を現しました。女王さまはどうかね?とチェシャ猫。何あれ!とアリス、めちゃくちゃよ。するとクイーンがアリスの背後にスッと立ちました。
麗しいお方ですわ、とアリス。クイーンはにっこり笑うと、通り過ぎました。
(56)
誰と話しているんダス?とキングがアリスに訊きました。友だちのチェシャ猫です、とアリス。チェシャ猫というダスか?はい、よろしくお見知りおきを、とアリス。
変な顔をした猫ダスな、とキングは言いましたが、でも特別にワダスの手にキスをするのは許すダスよ。
やめとくよ、とチェシャ猫。
無礼な猫ダスな、そんな目でワダスを見ないでくれダス。そう言うと、キングはクイーンの背後に隠れました。
猫に見られるのがそんなに嫌?とアリス。キングは居心地悪そうに、さっさとそいつを追い払うダス。そしてクイーンや、あの猫を追い払って欲しいダス、と言いました。
首をちょん切るザマす!とクイーン。首切りを呼ぶダス、とキング。ジャックが、おーい処刑人、と呼びました。お呼びですか、と首切り刑吏がやってきました。
さっさとあの猫の首を切るダス!とキング。処刑人はちらと見て、無理ですな。クイーンは驚愕して、なぜザンす?
首を切ろうにも顔しかない、切り離す体がないじゃないですか、と処刑人。そんな斬首は、これまでにしたこともないですし、やろうとも思いません。
なんで首切りが役目の男が、とクイーン、首を切れないとぬかすザンす?なぜでしょう、とみんなも言いました。
いいや昔はあの男は、とキング、頭があれば切れると言ったダス。頭があれば切れるはず、とみんなも言いました。
こんな話はたくさんザマす!とクイーンは激怒して、だったらお前から処刑するザンす!首を切るのが役目の男が首を切れないとぬかすなら、そいつを処刑するザンす!
カードたちはクイーンの命令でそそくさと退去し始めました。ですがクイーンはアリスに、ウミガメモドキには会ったザンすか?
いいえ、とアリスは言いました、ウミガメモドキって何ですか?
ウミガメ風スープの素のことザンす、とわかりきったことのように、クイーン。そんなの見たことも聞いたこともないわ、とアリス。するとクイーンは、グリフォンに案内させるザマす、と言いました。
お呼びですか、とグリフォン。おおグリフォン、このガキをウミガメモドキのところに案内するザマす、とクイーン。ミーは命じた処刑を見届けてくるザンすよ。そう言うとクイーンは去りました。
笑わせるぜ!とグリフォン。
何が?とアリス。
あのザマすさ、とグリフォン、あいつひとりがそう思っているだけで、誰も処刑なんてしやしないのさ。……よう、ウミガメモドキ。
(57)
アリスがグリフォンについていき、よお、とグリフォンが声をかけた方を見ると、ウミガメモドキがさめざめと泣いていました。どうして泣いているのかしら、とアリス。
なあに勝手に泣いているだけで理由なんぞはありはしないのさ、とグリフォンは言うと、なあ、このお嬢さんがお前さんのことを知りたいんだとさ。
はじめまして、そちらへどうぞ、とウミガメモドキはアリスたちを招きました。どこからお話すればいいやら、これでも昔は、私も正真正銘のウミガメだったのです。
本当かよ、とグリフォン。
子ガメの頃は海の小学校に通っていたのです。先生はおじいさんのウミガメで、生徒たちにはスッポンとあだ名で呼ばれておりました。
でもスッポンではなかったんでしょう?とアリス、だっていくらおじいさんでも、ウミガメはウミガメなんだから。
カメ同士のあだ名はそんなもんですよ、とウミガメモドキは言いました、そのくらいのことは察してくださいよ。
そうだそうだ、とグリフォン、訊くまでもないことを訊いてどうする?
そんな具合に、私ら子ガメは海の小学校に通っていました。もしも信じてもらえるとすればの話ですが……
なんで私が疑うの?とアリス。
違いますか?とウミガメモドキ。
いいから続けろ!とグリフォン。
……とにかく一流小学校でした。なにしろ生徒たちは1学期も2学期も、毎週毎週きちんと通学していたくらいです。
当たり前じゃない、とアリス、私だって毎週毎週通学しているし、みんなもそうよ。
選択科目は?とウミガメモドキ。
もちろん受けてるわ、とアリス、フランス語に音楽。
洗濯は?とウミガメモドキ。
するわけないじゃない!とアリス。
なーんだ、とウミガメモドキは鼻で笑い、大した学校じゃないってことか。海の一流小学校では、選択科目にフランス語と音楽と洗濯は筆頭なんですよ。
そんなの必要ないんじゃない?とアリス、海の底で暮らしてるんだもの。
まあ私は選択科目までは取れなかったので、一般科目だけでした。
何があるの?とアリス。
まず結い方に巻き方から始めて、とウミガメモドキ、それから算数を一通り。足し足し算に引き引き算、掛け掛け算に割り割り算。
足し足し引き引き?掛け掛け割り割り?そんなの初耳よ、何それ。
引き出物は知ってるか?グリフォン。
ええ、お祝い返しのことでしょ。
なのに引き引き算がわからないとはどういうことだ、とグリフォン。
(58)
他には何の授業があったの?とアリス。
そうですねえ、とウミガメモドキ、やつ当たりとか、それから濡れ衣とか。あとはヨガ体育で、老いぼれアナゴから週に1回習います。体育ぜんぶをヨガのやり方でくねくねグルグルやりますから、わけがわかりません。
どんなふうにやったの?とアリスは少し興味が惹かれました。
覚えるどころかできもしませんでした、とウミガメモドキ、なにしろ体が硬いもので。
体育は知らないが、とグリフォン。でも古典の授業は受けたぞ、老いぼれカニからな。知ってるだろ?
私は習いませんでしたが、とウミガメモドキ、ラテン語とギリシャ語を古典こてんに習うそうですね。
そう、とグリフォン、そうなんだよ……。そう言うと、グリフォンとウミガメモドキは前足で顔を覆って悲しみました。
それで、とアリスは慌てて、1日に何時間授業があるの?
1日目は8時間、とウミガメモドキ、翌日は4時間という具合です。
それっておかしくない?とアリス。
だって時間割だからさ、とグリフォン、1日ごとに半分に割るんだよ。
アリスは暗算してみて、なら5日目は割り切れなくなって休み?
その通り、とウミガメモドキ。
でもそれだと、とアリス、6日目からはどうなるの?
時間割の話は止めよう、とグリフォン。歌を教えてあげようか。
「♪夜はスープで温まろう
魚もお肉もいらないよ
スープがあれば満腹さ」
アリスはぽかん、と聴いていましたが、するとウミガメモドキがアリスに、まさか海の底で暮らしたことがないのか?と訊きました。
ないわよ、とアリス。
するとまさか、とウミガメモドキ、エビを見たこともないとか?
食べたことはあるけど、とアリスは慎重に、だから何よ?
それなら見たことないわけか、とウミガメモドキ、ノリノリのエビのフォークダンスを。
何なのそれ?とアリス、それってどういうダンスなの?
まずエビたちが、とグリフォン、波打ちぎわに沿って1列になり……
そうじゃなくて2列!とウミガメモドキが訂正しました。アザラシにウミガメにサケもみんなが。そして邪魔なクラゲどもをぜんぶ追い出したら……
そんなことにばかり手間がかかるんだ、とグリフォン。
2歩前に出て、とウミガメモドキ。相手はエビだがな、とグリフォン。エビを取り替え、元の列に戻る。
それから投げます、とウミガメモドキ。
エビを!とグリフォンは叫ぶと、ぴょんと飛び上がりました。
(59)
海の遠くにエビを投げるほど勝ち、とウミガメモドキ。そしてエビを追って飛び込む、とグリフォン。海のなかで方向転換して、とウミガメモドキ。それからまた別のエビに取り替える、とグリフォン。
海辺に戻ってそれで一周、とウミガメモドキは言うと、グリフォンと一緒に興奮してしばらく飛び跳ねましたが、じきにまた腰をおろしてアリスをじろり、と見ました。アリスは仕方なく、まあ、悪くないダンスだと思うわ。
するとウミガメモドキが、だったら見てみる?アリスは断りきれないので、仕方なく、ええぜひ!と言いました。
グリフォンさん、それでは一周やりますか、とウミガメモドキ。エビなしでもダンスなら。歌の方はお任せしますよ。
「♪マダラはおよぐ、サメはせまる
海の波間に投げられて、エビをつかんでざぶざぶと
早くみんなで踊りに行こう
早くみんなで踊りに行こう
マイマイ貝が言うことにゃ、これから行っても間にあわない
間にあわないんじゃ仕方ない、エビをつかんでまた投げる
これじゃみんなで踊れない
これじゃみんなで踊れない
だけどマダラが言うことにゃ、遠回りでも陸はある
遠いも近いもやる気次第、諦めないでがんばろう
早くみんなで踊りに行こう
早くみんなで踊りに行こう」
……ごくろうさま、とアリス、面白いダンスだったわ。それと変なマダラの歌も。
そうそうマダラと言えば、とウミガメモドキ、ご覧になったことはありますね?
ええ、よく見るわ、食事……とアリスはあやうく口を滑らせるところでした。
一緒に食事するほどの仲でしたら、とウミガメモドキ、ひと目で相手がわかりますね?
そうね、とアリス、尾びれを口にくわえていて、全身パン粉がまぶしてあるわ。
パン粉は何かの勘違いですよ、とウミガメモドキ、海の中ではパン粉なんかぜんぶ流れてしまいます。でも口に尾びれをくわえた奴はたまにいるな。
そういうわけで、とグリフォン、マダラはエビと一緒に踊りに行くんだが、海に放り投げられて、時間をかけて海に落ちるが、落ちながら口に尾びれをくわえて、そのまま尾びれをくわえたまま、っていうことさ。
解説ありがとう、とアリスは内心やれやれと、不思議でとても面白い話だわ。マダラのことは私も初めて聞くことばかり。
それならマダラの名前の由来は知ってるか?と調子に乗ってどや顔のグリフォン。
知らないし考えたこともないわ、とアリスは辛抱強く応えました。
(60)
それならマダラ(Pacific Cod)の名前の由来は知ってるか?と調子に乗るグリフォン。
アリスは当然、急に英語なんて反則じゃないのと思いましたが、そこは英国少女のたしなみです。考えたこともありません、とアリスは辛抱強く応えました。
グリフォンはマジ顔で、ブーツを海洋(Pacific)に浸すからさ。
ブーツを海洋に浸す?
そうさ、とグリフォン、ブーツを海洋に浸したらどうなる?つまりしょっぱい海水を革にたっぷり膨めばさ。
ずっしりの真っ黒になるんじゃないの普通は、とアリス。
ところが海のブーツを海洋に浸すとマダラになるのさ。どうだい。
どや顔のグリフォン。アリスはこの野郎いい加減なこと言いやがってとあきれましたが、普通のブーツとどう違うの?
ミジンコやエビを食って生きてるが、サメに出会うと食べられる。
だったらサメになんか近づかなければいいじゃない。
ところがそうはいかない、コバンザメってやつがいる。
はあ?
まさか海では文無しでも生きていけると思ってはいないよな、とグリフォン。金のあるところコバンザメあり、さ。
コバンばかりがお金じゃないでしょう?とアリス。
何様だお前は、とグリフォン、だったらあんたから話題を出せよ。
アリスは当惑しましたが、今日は変なことばかりだったわ。ウサギ穴には落ちるわ、小人には捕まるわ。
そんなのみーんな自業自得じゃん、とウミガメモドキ。
はっはっは、とグリフォン、ちょっとばかり可愛ければ何でも許されると思っていると、歳を取ったら辛くなるぜ。
私らも歌ったんだから歌で話してほしいな、とウミガメモドキ、小人に捕まった一件を歌って聴かせてくださいよ。
ほら早く、とグリフォン、カラオケなら用意してあるよ。
いきなり歌えと言われても、とアリスはあまりに勝手なリクエストに腹を立てましたが、カラオケから流れてくる「津軽海峡冬景色」についつい乗せられてしまいました。つまりアリスがカラオケにつられるままに歌うには、
「♪私はアリス~(以下24行略)
~…………。」
もういい、わかった、とグリフォン、そろそろ裁判の時間だぜ。
裁判の時間って?とアリス。
ハートのジャックの裁判さ。
トランペットのマーチが鳴り響きハートのキングとクイーン、トランプの兵隊がやって来ます。白ウサギも礼服で出てきて、ジャックは鎖で縛られ、兵隊たちに囲まれておりました。
第六章完。
(五部作『偽ムーミン谷のレストラン』第五部・初出2016年1月~6月、全八章・80回完結)
(お借りした画像と本文は全然関係ありません)