人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

サン・ラ究極の一曲!

サン・ラ・アーケストラ・フィーチャリング・ジューン・タイソン - ゼイル・カム・バック (Various)

f:id:hawkrose:20210108215059j:plain
サン・ラ・アーケストラ・フィーチャリング・ジューン・タイソン Sun Ra Arkestra Featuring June Tyson - ゼイル・カム・バック They'll Come Back (Word & Music by Sun Ra) (Modern Harmonic, 2019) : https://youtu.be/ScupBPz2C90
From the Compilation Album "The Saturnian Queen of The Sun Ra Arkestra", Modern Harmonic MHCD-014, November 29, 2019

 デトロイトの伝説的プロト・パンク・バンドのMC5や、クイーンの「レディオ・ガガ」から源氏名を採ったレディ・ガガがサン・ラのオリジナル・ヴォーカル曲「Rocket Number 9」を改作してカヴァーしているのは以前に触れましたが、今回ご紹介するサン・ラのオリジナル・ヴォーカル曲はクイーンの「ウィー・ウィル・ロック・ユー」の元ネタです。とは半分冗談・半分本当(盗作提訴したら二審くらいまでは上がったでしょう)で、そのくらいサン・ラにはキャッチャーなアンセム的ヴォーカル曲もあるというのが今回の本題です。サン・ラ・アーケストラに女性ヴォーカリストのジューン・タイソン(1936-1992)が参加し、やがてレギュラー・メンバーになったのは1968年~1969年にかけてのことでしたが、当初サン・ラ(1914-1993)は女性メンバーの正式参加(それまでにも一時的参加の女性メンバーはいましたが)には難色を示していました。バンド内での色恋沙汰を懸念してですが、アーケストラの演奏と渡りあえるタイソンの実力と、タイソンがすでにアーケストラの音響・ステージの専属スタッフの夫人だったことから問題なかろうとタイソンは正式メンバーとなり、1971年のヨーロッパ~エジプト・ツアーからライヴにも参加するようになります。以降タイソンは1992年11月に乳癌で逝去するまでアーケストラのヴォーカリストを勤め、1992年7月4日に行われたアメリカ独立記念日の無料フェスティヴァルがタイソン最後のステージになりました。一昨年2019年11月にリリースされたコンピレーションCD『The Saturnian Queen of The Sun Ra Arkestra』はタイソンがリード・ヴォーカルを勤めたサン・ラ・アーケストラの楽曲を集めた初のアルバムで、全17曲のうち未発表テイク5曲、既発表ながら短縮編集されてリリースされていた曲の無編集テイク1曲を含む、これまで同様の企画(アーケストラ以外でのタイソンの録音を軸にアーケストラからの曲を加えた編集盤はありましたが)がなかったのがむしろ意外な編集盤です。またこのアルバムで、収録時期は不明ながら、1971年以来ステージではコンサート中盤の区切りに歌われ、'80年代以降はエンディングまたはアンコール・ナンバーとして歌われてきた名曲「They'll Come Back」の未発表テイクが発掘・収録されたのも収穫でした。この曲はタイソン生前の20年間(そして没後も後任ヴォーカリストによって)アーケストラのライヴではタイソンのリード・ヴォーカルにメンバーの合唱、パーカッションと手拍子・足踏みだけのアカペラで歌われることになりましたが、初発表時にはインストルメンタル曲で、ライヴ・レパートリーに採用されるに当たってサン・ラ自身によって作詞されたものです。

◎Sun Ra and his Solar-Myth Arkestra - They'll Come Back (BYG, 1971) : https://youtu.be/3kbntjmJKMg
Recorded at Arkestra's Rehearsal Space, Between 1968-1970
From the Album "The Solar-Myth Approach, Vol.1", Disques BYG Actuel 40-529340, 1971

 もともとこの曲がインストルメンタル・ヴァージョンでも完成度が高く、人類の遺伝子に直接伝わってくるような純粋で雄大な曲想を持つ曲なのはスタジオ録音版からも伝わってきます。アーケストラのオーケストレーションもまるで億単位の時間の中で生まれては消えてゆく無限の生命の営みのはかなさを葬送する天上の音楽のような和声を奏で、これほど美しい曲はあるだろうかと涙が浮かびます。この曲はほとんどジャズやブルース、ゴスペルを越えて黒人音楽のルーツそのものを感じさせる伝承歌の域に達しており、またサン・ラもアーケストラのアンサンブルによるビッグバンド・ヴァージョンはこの完璧な初録音だけでやり尽くした思いがあったのでしょう。同ヴァージョンを収録したアルバム『The Solar-Myth Approach, Vol.1』はフランスのアンダーグラウンド音楽専門レーベルBYGの依頼に応じて提供した未発表曲集で、1968年~1970年録音と時期もメンバーも特定できませんが、この「They'll Come Back」1曲・4分弱だけでもアルバム1枚分以上の密度があります。「They'll Come Back」の前では白人ポピュラー音楽の「明日に架ける橋」や「レット・イット・ビー」「イマジン」などは児戯に思えるほどです。1971年、歌姫ジューン・タイソンをメンバーに加えたサン・ラ・アーケストラはヨーロッパ諸国のみならずエジプト公演まで含む長期の海外公演を行います。YouTube上にアップされているものから1971年ツアーの「They'll Come Back」を引きました。すでにこの曲はジューン・タイソンのアカペラ・ヴォーカル曲にアップデイトされています。以降もこの曲はアーケストラの歌姫ジューン・タイソンのソロ・ヴォーカル曲としてアカペラで歌い継がれます。ヴォーカリストのアカペラでもジューン・タイソンのソロではなくサン・ラ・アーケストラのサウンドになっているのは驚異的なことです。サン・ラにとってもタイソンにとっても最晩年のライヴ・アルバム『Friendly Galaxy』で聴けるライヴ・テイクはメンバーの大合唱とパーカッション・アンサンブルを交えて6分あまりに及ぶ最高のヴァージョンで、この時期すでにサン・ラは不整脈脳梗塞による病状から半身不随になって車椅子でステージを勤めており、初期アーケストラ以来のメンバーたちもしばしば入退院を余儀なくされ、タイソンも翌年に逝去するので、サン・ラ生前のアーケストラの最後は刻々と近づいていました。病床のタイソンが抜けた1992年10月21日の1時間程度のステージがサン・ラ最後のライヴ出演になり(翌月ジューン・タイソンは逝去します)、郷里で療養生活に入ったサン・ラは1年半の闘病後1993年5月30日に逝去しました。79歳の誕生日(5月22日)を迎えて1週間後のことでした。葬儀・埋葬式ではアーケストラの現存メンバーが追悼演奏し、ヴォーカル曲の「Interstellar Low Ways」「We Travel The Space Ways」、そして「They'll Come Back」が歌われました。

◎Sun Ra & His Intergalactic Solar Research Arkestra - They'll Come Back (Live in Delft, Holland 1971 Part 2) : http://youtu.be/VwVchG2xK6s
Recorded live at Technische Hogeschool, Nieuwe Aula, Delft, The Netherlands November 11, 71
From TV Broadcast (Sound only)

◎Sun Ra Arkestra - They'll Come Back (Transparency, 2010) : https://youtu.be/zZeSsoRVvFI
Recorded live at Tearro Giulio Caesar, Rome, Italy, May 3, 1981
From the Album "Live In Rome", Transparency Records 0315 (2CD), 2010

◎Sun Ra - Friendly Galaxy (Leo, 1993) : https://youtu.be/TI6b5BY4HxI
Recorded live at Banlieues Bleus, Salles des Fetes Marie, Montreuil, France, 11 April 1991
From the album "Friendly Galaxy", Leo Records LR188, 1993

 サン・ラ没後もアーケストラはサン・ラの遺志を継ぎ、サックス・セクションの重鎮だったマーシャル・アレン(1924-)をリーダーとして新旧メンバー混成でコンサート活動、レコーディング活動を続け、今年96歳を迎えてなお現役のアレンを中心にほぼ毎年の海外公演、アメリカ国内公演を行っています。最後は現在のメンバーによるサン・ラ・アーケストラの「They'll Come Back」の2019年4月、ウィーンのコンサートでの客席撮影映像を引きます。現在の女性リード・ヴォーカリストの隣に立って歌っているのが昨年、95歳のマーシャル・アレンです。観客撮影とはいえ映像の説得力は絶大で、タイソンとサン・ラもこのようにしてステージに立っていたのかと彷彿させる感動的な動画です。

◎Marshall Allen's Sun Ra Arkestra - They'll Come Back (Audience Shooting Movie, Live in Vienna, April 28, 2019) : https://youtu.be/qLkoWkj04SE