人生は野菜スープ~usamimi hawkrose diary

元雑誌フリーライター。勝手気儘に音楽、映画、現代詩、自炊などについて書いています。

復刻・千田光全詩集(4)

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今回は千田光の経歴から。本名森岡四郎、1908年東京生れ。幼くして父を失い、多くの兄姉に囲まれて育つ。小学卒で就労、親類の縁で詩の同人サークルを知り、「キネマ旬報」編集補佐から北川冬彦の知己を得る。

『発作』

私の数歩前にあたって、私は実に得体の知れぬ現象を目撃した。それが実際私に堕ちかかっていようとは。が私は不図この光景を嘗てこの洞穴にもまして暗い道の上で、経験したことがあるように思える。何故なら、この道は正確なところ発掘市のような廃れた町に墜ち込んでいる。
私が顔をあげると鳥が羽をおとして行く、軍鶏のような少年が私を追越す。私はこの少年をとりたてて気にしなかったが、と思い乍ら私は歩いていた筈だ、と考えて歩いている私の眼前に、突然それらの現象が一塊となって現れたのだ。
私は鏡でも撫でるかのように前方を探ぐった。未だある未だある、そうして秒間を過ぎると私は更に驚嘆すべき発作に撃れる。それはというとこの道の先で一人の老人に遇うのだ。老人が私に道を乞う、私の親切な指尖がある一点を刺した時、老人の姿は私の指尖よりも遥か前方を行くのだ。私は未だ遇わなければならない筈だ、片眇の少年に。少年は兇器を握っている。兇器の尖には人形の首とナマリの笑いが吊下っているのだ。その少年は私に戯れると見せかけるのだ!戯れると見せかけるのだ!
(「詩・現実」1930年6月創刊号/前出『夜』改作)

次は次々作『誘い』とともに実験的な短篇サイレント映画を連想させる一篇。

『海』

一人の男が、流木にしがみついたまま、海の上で眠っていた。次いで現れたのは水平線上の白い塊だった。雲足にしては余りに早い速力だったので、尚お凝視していると、それは紛れもない一団の鳥であった。鳥は既に眠った男の真上にまで来た。すると突然鳥の一羽が眠った男をみつけると、一層羽音を高めてその眠った男を強襲した。一羽二羽と続いた。眠っていた男は一唸りすると、パッと眼を見開いた。流木の上に立った。無数の鳥との無惨な格闘はかなり長い間続いた。しかし一際大きく唸ると男はそのまま流木の上に斃れて了った。羽までを赤く染めた鳥共が、再び一団となった時、男の死骸は海底に斜めに下りて行った。軍港をとりまいた山の上では、巨大な望遠鏡が雲の動静をうかがっていた。
(「詩・現実」1930年9月)